第16話〈決戦のあの空へ〉

 浩一おじさんの訃報があった翌月である6月6日の浩くんの誕生日には、好きな戦艦である長門の絵を書いた手作りのメンコをあげた。

 本当はもっといいものをあげたかったが物資が少なくなってきており、丁度メンコ遊びが流行っているそうで喜んでもらえてよかったが……


 6月25日には戦争拡大による労働力不足で「学徒戦時動員体制確立要綱」が閣議決定され……学校報国隊の強化、戦技・特技・防空訓練が始まり、女子は救護訓練を行うことになった。


 『欲しがりません勝つまでは』のスローガンが紙芝居にまで書かれるようになったご時世的に、昨年のお祭りや七夕のような日々を過ごすこともなく……

 ヒロとの共同制作の漫画には打ち込んでいたものの寂しい夏を過ごしていた。


 そんな1943年の8月12日……

 「金属類回収令」が強化されて「金属回収本部」が設置され、東京では「金属回収工作隊」が編成されて国民が持つ鉄や銅・青銅製品の他に鋼や鉛なども回収対象となり、回収が強行された。


 マンホールの蓋や鉄柵、銅像や寺院の仏具や梵鐘などの回収は既に始まっていたが、家庭の鍋や釜、洗面器、そしてブリキの玩具までもが対象で……


 誕生日に浩一おじさんから送られた戦艦長門も対象になった浩くんは回収の人達の前で泣きじゃくっていた。

 僕もヒロ達と一緒に「父親の形見なのだから見逃して下さい」と頼み込んだが、「今は皆が我慢している時だ」とのことで特例は緩されず……

 浩くんが大事そうに抱えていたブリキの戦艦長門は取り上げられてしまった。


 大人だけでなく小さな子供の……しかも亡くなってしまった父親の形見まで取り上げる政府のやり方に、僕は疑問を感じずにはいられなかった。


「何で? 何で持ってっちゃうの? 僕の宝物なのに……」


 泣きじゃくる浩くんの頭を撫でながら、僕はある話を思い出した。


「長門はね……関東大震災の時に正式な出向命令が出る前に、いち早く救援物資を積んで助けに来てくれた立派な船なんだ……だからあの船もきっと日本を助けに行ったんだよ」


 浩くんは泣き止んで真っ直ぐに僕を見つめた。


「知ってる…………僕の長門は誰かを助けられるかな? 生まれ変わってもカッコイイかな? 溶けて形が変わっても大切にしてもらえるかな?」


 ブリキが兵器に変わってしまう事を知っていた僕は、「そうだね」と言いながら浩くんを抱き締めることしかできなかった。


 浩一おじさんの戦死広報は8月末頃になってようやく届き……

 静岡の連隊の所属だったという浩一おじさんは、『ガダルカナル島にて腹部盲管銃創により戦死』という短い文字のみでその訃報を伝えられた。

 隊の皆に慕われて後輩を庇って死んだ素晴らしい人だったのに……定型文が並ぶ中に書き込まれた死を知らせる文章はたった20文字だった。

 戦死広報を仏壇に備えて涙を浮かべながら手を合わせる純子ちゃん達の横で、ヒロは「何もできなかった」と悔しそうに拳を握り締めていた。


 ヒロが変わっていったのは、その頃からだった。


 1943年9月16日……

 ヒロに誘われた僕と純子ちゃんの三人は、公開されたばかりの『決戦のあの空へ』という映画を見に行った。


 霞ヶ浦海軍航空隊から海軍飛行予科練習部を独立させたという土浦海軍航空隊が舞台で、『若鷹の歌』という軍歌が映画の中で訓練予科練生が作った歌として出てきた。

 面倒見のいい姉と身体の弱い弟が予科練生と交流する中で入隊を決意する物語で、ヒロや他の観客は熱心に見入っていたが……攻撃精神や犠牲的精神を植え付ける国策映画に見えて僕は余り好きになれなかった。

 見終わった後の感想は三者三様で……


「予科練の制服の七つボタンかっこええのう……土浦に行ってみたくなったわ〜海軍は食べ物に困らないらしいで?」


「でもハンモックに寝るのや、走ったり水泳や相撲で訓練するの大変そうだよ」


「訓練場でウサギを大切に育てていた先輩が魚雷を抱えた体当たり戦闘攻撃で亡くなった話は悲しかったわ」


 すっかり映画の虜になってしまったヒロが「姉役の原田節子さん可愛らしかったな〜」と言うと、純子ちゃんが「松竹三羽烏の高田みのりさんも素敵だったわ」と怒ったように言うので二人の間にいた僕は頷くしかなかったが……

 内心はヒロの言葉にモヤモヤしていた。


 僕には大打撃を受けて少なくなってきた兵力を補充するために、海軍少年航空兵育成機関の予科練を宣伝する海軍のプロパガンダ映画に見えたが……

 家族が戦死したりで敵を討ちたい者達には、若者が厳しい訓練に打ち込み勇ましく戦場に向かおうとする姿は心を打つものであったようだ。

 そこには家族・親族を失った者とそうでない者で、戦争に対する意識の違いが少なからず影響していたのであろう。


 純子ちゃんが帰った後、僕はヒロを自宅に誘い……眠る前に初めての喧嘩をした。


「ヒロ……お前変わったよな……戦争に邁進している今の日本を変えたいんじゃなかったのかよ」


「なんじゃ急に、えらい剣幕で……」


「戦のない世の中を作ろうとした坂本龍馬みたいになりたかったんじゃないのかよ!」


「仕方ないやろ! 今はもう、戦争を始めた……真珠湾攻撃を発案した連合艦隊司令長官が戦死する時代なんや! 家族を守るには戦うしかないんや!」


「本当にそうなのかな? 戦争を終わらせる方法ってないのかな?」


「お前は本当に甘いやつだな……でも喧嘩なんてしてられへん! せめて今描いてる漫画は完成させて純子の誕生日祝いに渡すぞ……もし戦争に行ったら最後かもしれんしな」


「そんなに弱気になってどうする……お前は純子ちゃん達の側にいてやれ! そうじゃないと皆、悲しむ」


 僕の声が聞こえていたのか分からないままヒロは寝てしまった。


 『決戦のあの空へ』の最後には予科練の卒業式の場面があったが、読み上げられた卒業証書の日付は昭和18年である1943年8月15日だった。

 その2年後の1945年8月15日を迎えるまでに日本は悲劇的な状況を迎え、多大な犠牲を払った末に負けることになるなんて映画に熱狂していた人達は誰一人思っていなかっただろう。


 僕達も関わることになる学徒出陣の日は、刻々と迫っていた……

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