第10話〈お揃いの誕生会〉
1942年11月8日の夕方……
「それではこれから光ちゃんと源次さんの合同お誕生日会を始めます! 光ちゃんは1週間遅れ、源次さんは1週間早いけど、二人とも誕生日おめでとう~!」
「あ、ありがとう」「おおきに~」
僕は先月末に純子ちゃんから「11月8日は播磨屋に必ず来るように」と言われて不思議に思っていたが、理由は僕達の誕生日の丁度真ん中の日だからで誕生日会をするからだったとは……
「あ~よかったわ~当日に何もなかったから忘れられたと思てたわ」
「ごめんね光ちゃん、びっくりさせようと思って……わざと知らんぷりしてたんだ。15日は源次さん実家に帰るって前言ってたし、食堂は七五三の日だと忙しくなるかもしれないから丁度真ん中の今日がいいかなって」
僕はその言葉を聞いて、前にヒロの誕生日祝いを純子ちゃんに相談した時……ヒロは祝われるのが嫌いだから何もしないでと言われたのは驚かせるためだったのかと合点がいった。
それから静子おばさんと純子ちゃんと浩くんは、沢山のご馳走と御赤飯を運んできてくれた。
おばさんはサツマイモのお菓子も用意してくれていて……
「お祝いと言ってもいつものオカズをまとめて出しただけだし、砂糖が少ないからおイモの蒸しパンのようなものだけれど……高田さんも遠慮せずに沢山食べて下さいね」
物資が少なくなってきているはずなのに、その中で色々工夫してお祝いの準備をしてくれたことが嬉しかった。
「そうだ食べる前にプレゼント……じゃ敵性語だからお誕生日祝いって言った方がいいかしら? ってどっちでもいいけど、はいコレ、二人ともおめでとう!」
「ありがとう」「ありがとさん」
純子ちゃんから受け取った贈り物の箱の包を開けると……
「Gペンだ……コレ欲しかったんだ! 漫画が描きやすいって前に聞いたから」
ヒロとは授業と授業の合間に少しずつヒロが今まで描いた漫画の清書をしたり、新しい漫画の下書きのようなものを作っていた。
「僕もちょっとお小遣い出したんだ~」
「二人ともありがとな! 文字書く時も使えるし源次と色違いなんが、めっちゃ嬉しいわ!」
Gペンのペン軸は色違いになっていて、ヒロが青で僕が赤……僕はお揃いというものが初めてだったので本当に嬉しかった。
それから僕は沢山のご馳走を頂きながら、前から気になっていたことを尋ねてみた。
「そうだ、純子ちゃんは誕生日プ……じゃなくてお祝い、何がいいの?」
「純子、何でも欲しいものを言ってごらん? その代わり自分でお金を出して買うんやで」
「なんでよ! それじゃ意味ないじゃない!」
「お金がナイチンゲールでございます~なんて冗談冗談! 楽しみに待っとけ!」
僕が(ヒロはもう決めているのか)と感心し、(何にするんだろう)と気になっている間に話題は変わり、結局何がいいかを聞きそびれてしまった。
誕生日会もお開きになった帰り際、僕はヒロに誕生日の贈り物を用意していなかった事に気付き……初めてヒロを自分の家に誘ってみた。
「僕まだヒロにお祝い渡してなかったからその代わりと言っては何だけど、今度うちに来ない? なんかご馳走するよ」
「ほんまか? 源次のうち行けるなんて嬉しいわ~じゃあ今から行こか~」
「えっ、今から? まあいいけど、ご馳走するの明日の朝飯でいいのなら」
都電で僕の家に向かう途中、ヒロはずっとはしゃいでいて……「修学旅行みたいや」と子供のように喜んだ。
アパートに着くと物珍しそうにあちこちキョロキョロして興奮冷めやらぬ感じで大変だったが……時間が遅かったので僕達は川の字ならぬ二の字に布団を並べて寝る前に色々な話をした。
まさか急に来ると思わなかったので来客用の布団があって本当によかったが……
「ねえ、ヒロはなんで漫画家になりたいって思ったの?」
「俺、両親おらんし方言も
「明るいヒロがいじめられてたなんて意外……」
「せやろ? 漫画が好きで見様見真似で自分で描いた漫画がクラスのやつに見つかって爆笑されて……おかげで友達ぎょうさんできて、気が付いたらクラスで一番のお調子者の篠田くんになっとったわ」
「そうなんだ……僕あんまり漫画読んだ事なくて……どんな漫画が好きだったの?」
「特に『のろくろ』が好きでな、よう一人で読んどったわ……ずっと続いとったのに去年の10月号で終わってしもたけどな」
「えっ、そうなの?」
「このご時世に漫画なんて雑誌に載せるな~とか、『のろくろ』が終われば雑誌の売り上げが減って用紙の節約になる~とか言うた役人もいたらしいで? つらい時こそ皆の希望になる作品が必要やのに」
「そうなんだ……ねえ初めて描いた漫画ってどんな話だったの? 見せてくれたやつに入ってた?」
「いいや、小学校の頃のはさすがにボロボロやからな……初めて書いた漫画の主人公はな、空に憧れとって真っ白な飛行機で空を飛んでいくんや」
「何だか素敵だね」
「その飛行機で大事なものを探しに行くんやけど、その先で大事件が色々発生するんや~飛行機の風でカツラ飛びます事件とかな?」
「なんじゃそりゃ~やっぱりヒロの発想はすごいや……それをそのまま漫画にするなんて僕に出来るのかな? ヒロの話が面白過ぎて、僕の絵では力不足なんじゃないかって時々思うんだ……」
「そんなことはない」
「ヒロの下書きの絵には躍動感があるのに……僕には動きのない、ただ止まっている絵しか描けない……僕の絵には多分ヒロみたいに人を感動させる力なんてないんだよ」
「大丈夫、お前は大丈夫だ!」
「でも僕、自信ない……」
「お前なら出来る! ほんまはな……七夕の短冊に『日本一の漫画家になれますように』って書いたけど、本当は世界一のって書きたかったんや……いつか俺達の漫画で世界中の人のことを幸せにできたらええよな」
「ヒロお前って…………最高の馬鹿だな」
「なんやねん~全否定するなや~」
「いや褒め言葉だよ……世知辛い時代になって色々な国が自国の利益ばかりに固執する中、お前は世界全体をみている……本当にお前は坂本龍馬みたいなやつだな」
「それ……俺にとって最高の褒め言葉やわ」
「僕……立教に入れて……ヒロに会えて……よか……」
「俺もよかったわ。最高の漫画の物語を思い付くには勉強せなあかん思て大学入って……って言うのは大げさで半分言い訳やけどな。源次……やっぱり覚えてへんか? 俺が立教に入れたんは……」
ヒロが何か言いかけていたのが気になっていたが……僕は深い眠りに落ちてしまった。
次の日の朝、先に起きた僕は形に残る贈り物も渡せたらいいなと思い、まだ寝ているヒロをモデルに貰ったばかりのGペンで肖像画を描いた。
ゆっくり起きて僕の作った質素な朝食を美味しそうに食べるヒロは、寝ぼけ眼で寝癖姿も相まって……なんだか可愛い3歳児に見えた。
「はいコレ、寝てる間に描いた誕生日プレゼント」
「おおきに~やっぱ源次は絵、上手いな……もうGペン使いこなしとるやん」
「そうでもないよ」
「俺らもとうとう来年は20歳やで? 来年も誕生日会、一緒にやろうな~楽しみやな」
僕達は来年も普通に誕生日が迎えられると信じていた。
その1年後の10月……
今まで免除されていたはずの20歳以上の理系や教員養成系以外の学生・生徒の徴兵が決まり、文学部だった僕達が戦地に送られることになるなんて……
夢にも思っていなかったんだ。
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