第2話
場所は移り、ここは城から徒歩三十分の場所にある居酒屋。
焼き鳥の焼ける音、匂い、周囲のガヤガヤとした喋り声が、僕をあるべき現実に引き戻す。
「おいコルト! もっと飲めって! 今日はお前の大抜擢を祝う飲み会なんだから!」
すっかりできあがった顔をした僕の兵士仲間、ヨギ=モカカが上機嫌な声で叫ぶ。
彼は非常に気のいいやつで、デカい図体のわりに繊細な気遣いができ、僕のことを出来損ない呼ばわりしない数少ない友人の一人だった。
側近兵士の審査を受けたのだって、彼の「ダメで元々、ギャンブルだと思って受けてみろよ」という後押しのおかげだ。
僕の合格を知ったヨギは、すぐさま居酒屋の前で僕を胴上げして喜んでくれた。少しくらい疑ってもおかしくなさそうなのに。そのお人よしぶりはたまに心配になる。
「いやあランクCになったときも驚いたけどよお、今回のはさすがに予想付かなかったぜ」
「……多分誰も予想してなかったと思うよ」
僕は苦い声でそう答え、ジョッキに入った赤ワインのソーダ割を一気に呑む。困ったな、全然酔わないぞ。
「物好きとは聞いてたがなあ、まさかコルトを選ぶとはなあ……お姫様、中々見る目あるぜ」
ヨギは姫様について何か知っているらしい様子だった。
多分、僕が情報に疎すぎるのだろう。
「それはどうだろう……」
「相変わらずのネガティブぶりだなあ、お前。選ばれたってことはそういうことだよ。お前を合格させた途端、AランクBランク兵士の審査を打ち切るなんて、余程気に入られたんだな」
ヨギは今日、地元の母親を医者に連れていくとかで側近兵士の審査には参加していなかった。普通Cランク兵士が合格するような審査ではないし、不参加だったのは彼だけではない。
ただ、兵士の間では、『もしもCランクから合格者が出るならヨギ以外にはいない』という噂が立っていた。まさかその友人の、冴えない半獣人が合格するだなんて。
「姫様、あんまりエリートが好きじゃないみたい」
「へえ、ますますセンスあんなあ」
「センス、か。なんか姫様もそんなこと言ってたっけ。イケメン兵士と駆け落ちする姫なんて、最後の晩餐にカレーを選ぶようなもんだ……みたいな」
僕がさっきの会話を思い出しながらそう言うと、ヨギは「がっはっは」と豪快に笑った。ヨギはこの言葉の真意を理解しているらしい。
「おもしれえなあ、姫様」
「変人なのは間違いないよ。……はあ」
そしてその変人と、明日からは基本的にずっと一緒に過ごすことになる。
「変人……って考えると気が滅入るかもしれないけどな、俺もお前も、俺とお前以外の人間からしたら結構変わり者だと思うぜ? 結局普通とか異常だとかって、他人を簡単に扱うための口実って感じするしよ」
「……そうだね。ヨギの言う通りだ」
ヨギはたまにこういう、思いもよらないほど鋭いことをさらっと言ってのける。
君の方が姫の側近には適任だよ、なんて失礼な言葉がつい口をついて出そうになる。
「とにかくよ、初任給もらったら俺にも酒くらい奢ってくれよな」
僕もまだ詳細を聞いていないが、側近兵士の給料は、そこらの兵士とは比べ物にならないほど高いらしい。
だからこそ、僕よりも彼の方が適任だと思ってしまうのだけど。
「他に奢るあてなんてないし、しこたま飲んでくれ」
「おうよっ! それに関しては任せとけ!」
ヨギは袖をまくり、力こぶをつくってみせる。よく鍛えられた彼の腕は、半獣人の僕よりもよっぽど力を秘めていそうだった。
とにもかくにも、せっかくの機会だ。
悲観していても何も始まらない。
「おっ、いいねえ! 世にも珍しいコルトの一気飲みだ!」
少し弱まった炭酸が喉を、若いブドウの匂いが鼻腔を突き抜ける。遅れてやってくるアルコールの浮遊感とヨギの声援が、僕の明日からの日々を励ましてくれるような気がした。
逆張り王女と狼兵士 日々曖昧 @hibi_aimai
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