第十一話
「せっかくなら部屋とか見ていきますか? なんて―――」
乾いた笑いを浮かべる雫を前に、二人は言葉を失っていた。
しかし同時に、土御門はもう一つの可能性のことも頭に浮かべていた。彼女とその旦那さんが、本来いるはずの娘を忘れているという可能性だ。
それを見極めるためには、まだ情報が足りない。こんな状態の女性に対して質問を重ねる、というのも酷に感じてしまうが、ここは心を鬼にする場面だ。
土御門は覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。
「そうですね、色々とお部屋もみせていただけると、こちらとしても嬉しいですね」
「あ、ああ、そうですか。なら、そうですね。分かりました」
提案はしたが、きっと本気ではなかったのだろう。雫は少し慌てた様子を見せてから、姿勢を正して家中を目で追っていた。
その様子に少し怪しさを感じたのか、蘆屋は貼り付けたような笑顔を受かべながら土御門と雫に割って入った。
「そうだ、細かい話も色々とみせていただきながらにしましょうか。座りながらだと眠くなっちゃうでしょう、この時間帯だと」
こんなシリアスな話をしているときに眠くなるのなんて君くらいのものだろう、と土御門は突っこんでやりたくなったが、その後押し自体には感謝していた。
「そうですね、じゃあ、まず和室の方から紹介しますね―――」
雫は机に手をついて重たい腰を上げたように見えたが、一度立ち上がると意外にもすんなりと二人を和室に誘った。
二人は立ち上がりながら目を見合わせ、お互い彼女のつかみ所の無さに顔をしかめていた。
「ここは和室で、基本的には客間として使っています。それと―――先ほどお話ししたような子供用のおもちゃとかが置かれてますね。ここにあるのは少し大きめのものが多いです。二階に持っていくのが大変で―――ほら、あのおままごとのやつとかもそうですね」
部屋の端には最初に土御門が目にした玩具が置かれていた。きっとあれがおままごとをする為のおもちゃ、というやつなのだろう。
表面がなめらかな木を様々な形に加工し、それらを組み合わせて作られた小さな台所のような玩具は、大人が見てもその機能美に目を見張るものがあった。
その周りにもいくつか大きな玩具が転がっていたが、それらは紐で繋がっただけの木のブロックや、金属に木のボールが通されているだけのもの、といった具合で、少し対象年齢が下がるように感じた。
「すいません、少しいいですか」土御門が小さく手を挙げた。
「はい、なんでしょうか」
「この部屋だけを見ても、おもちゃの種類はとても多いですよね。その対象年齢もバラバラのように思えます。それはなぜなんでしょうか」
雫は土御門の疑問を前に、本気で頭を悩ませているようだった。まるで初めて聞かれたかのような反応だが、こんな疑問、誰でもこの場を見たら思いつくだろう―――土御門は心の中でそう呟きながら雫を見つめていた。
「それは―――先を見据えて、ですかね。大体小学校低学年くらい、までのものが揃っていると思います。そっから先は、何が起こるか分からないじゃないですか。ゲームにしても、その子がゲームより本の方が好きって言い出すかもしれないし。
なので、好みがはっきりしてくるまでの期間のものを先に集めているんです」
なるほど、確かにそれなら納得、と頷いている蘆屋の横で、土御門は真顔のまま玩具を睨み付けていた。
もう一つ、気になることがあるが―――それはまた、子ども部屋とやらに行ってからにしておこう。土御門は顔だけを雫に向けた。
「そういうことですか。確かに理にかなっていますね。これから生まれてくる子も安心だ」
「そう言って貰えて嬉しいです。私と夫の変な趣味がいつか実を結ぶといいなーなんて―――あ、次子ども部屋をみせますね、二階にどうぞ」
雫に案内されるまま、土御門と蘆屋は階段を上った。階段は思っていたより急で、蘆屋も小声で「怖いですねーこの階段」と呟くほどだった。
その代わり、といってはなんだが、一段一段には滑り止めのようなものも張られており、壁には頑丈そうな手すりが取り付けられていた。
「これ、奥は私たち夫婦の部屋となっています。子ども部屋は手前の部屋で―――ここはトイレです」
「二階にもトイレがあるんですね、夜になっても安心だ」
「そうなんです、でも私たちあまり夜にトイレに行くタイプじゃないので、このトイレが役に立つのはあと数十年後かもしれませんね」
「それは間違いない。それまで健康に生きなくてはですね、ははは」
蘆屋は雫に一本取られた、といった様子で大声で笑っていた。それに吊られて雫も控えめに笑っている。
こういう所が蘆屋の良いところでもあり、悪いところでもあるんだろうな。土御門もふっと笑いながら二人を見つめていた。
「あ、そうだ、子ども部屋ですよね。どうぞ、お入りください―――といっても、お恥ずかしながら普段あまり掃除していないので、靴下が汚れてしまうかもしれませんが―――」
「構いませんよ、ねえ、土御門さん」
「え? ええ、まあそうですね。大丈夫ですよ、お気になさらず」
急なパスで土御門は慌てながらフォローを入れていた。その間にも雫は扉に手をかけ、埃が舞わないようにかゆっくりと扉を開けていった。
カーテンは閉め切られ、部屋に差し込む光はカーテンの隙間からの陽光と、土御門らが立っていた扉から差す光のみで、全体的に薄暗く陰気な印象の部屋に見えていた。
雫が「すぐカーテン開けますね」とカーテンを優しく開くと、部屋にはまばゆい光と共に小さな妖精のように空中を舞う埃が広がった。
「ほんとごめんなさい、埃っぽくて。お二人ともハウスダストアレルギーとかは大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫です―――ガホッ、ほんと、アレルギーはないんで」蘆屋は下手に咳を我慢しようとしたせいか、変な音の咳が出ていた。
「私も問題ありません。しかし、これは少し換気をした方が良いかもしれませんね」
「そうですね、少し窓を開けますので、そこの扉も開けっぱなしにしておきましょうか」
雫がそう言って窓を開け、しばらく風の通り道を作っていると、一分も経たないうちに部屋中に舞っていた埃の濃度が大分落ち着いたようにみえた。
その機を見計らって、三人は抜き足差し足気味で部屋の中に入った。
子ども部屋には全体的に赤系統の家具が並んでおり、カーペットもカーテンも、ランドセルなどの小物も、主に女児向けといった配色だった。
机や椅子には何かのキャラクターのシールのようなものが張られており、そこかしこに落書きしたような跡が残っている。
そして机の上や本棚には一定数の本が並んでおり、それらも生まれてから小学校低学年くらいまでをカバーできるほどのジャンルの広さだった。
「ここが子ども部屋です。埃が積もっていたことを除けば、まるで誰かが住んでいたみたいでしょう?」
全くもって、その通りだ。二人は心の中で呟いた。
「ああ、そう、ですね。ほんと、すごいです。コツコツ集められたんだなあって、僕感心しちゃいますよ―――」
「えへへ、ありがとうございます」
蘆屋に褒められて姿勢を低くしている雫に、土御門は机の側に寄ってある箇所を指さして尋ねた。
「この机や―――そちらのベッド。これは誰かからのおさがりだったりするんですか? これら以外にもいくつかおさがりのようなものも見られますが」
「えっ、どうしてですか」雫は驚いたように目を見張っていた。
「いえ、明らかな使用形跡が見られますので。新品を放置していただけでは、落書きやシールが増えたりすることはないでしょう? そのような形跡があるので、不思議だなと思いまして。流石に新品の時からこういうデザインなのだ、という風には思えませんでしたし」
雫は「あー、なるほど」と手を叩き、ベッドの枠組みに触れて言った。
「このベッドと、その勉強机セット。これらは土御門さんの言うとおりおさがりです。知り合いに子どもが成人した方がいて、その方に譲って貰ったんです。私たちの趣味を知っている主婦さんとかが、使わなくなった本とかをくれることが結構あって、この部屋にはそういうものも沢山あるんですよ」
「え、でもこのシール、ポケモンですよね。しかもこれ、一個前の世代のやつじゃないですか? 結構新しい―――ほんの二年前とかのやつのはずですけど」
「ああ、そういうシールとかは私と夫が時々貼ったりするんです。買ったパンに付いてきたりとかするじゃないですか。その度にこの部屋のどこかに貼ったりとかしてるんです」
蘆屋の疑問は土御門も思っていたことだったが、これもまた綺麗にスルーされてしまった。そのどれもが若干の違和感を持ちながらも、全うな理由であることもまた事実だった。
蘆屋が口を曲げている中、土御門は雫の方をまっすぐ向いてずっと気になっていたことをぶつけた。
これがこの家で得られる中で最大の矛盾だ、土御門は多少意気込んでいた。
「雫さん、さっきから思っていたことなのですが―――なぜ全ての子ども用品が女の子用なのでしょうか。色合いだけならまだしも、そこにかかっている服。それは間違いなく女の子用ですよね。
一度そう思うと全てのおもちゃも女の子用に見えてくる。これは気のせいでしょうか。第一、この家には男の子用の子ども用品はあるのでしょうか」
雫はしばらくだんまりを決め込んでいた。蘆屋は険しい表情で土御門と雫を睨み付けている。どうやら蘆屋はこの事実に気が付いていなかったらしい。
少ししてから雫はとぼとぼと歩いてタンスにかけられていた服を手に取り、それをじっと眺めた。
どう答えるつもりだ、土御門は雫の口から発せられる言葉を心待ちにしていた。
「どうして―――なんでしょうね」
「―――へ?」土御門は明確な答えが来ると思っていたせいか、気の抜けた声を漏らしてしまっていた。
「分からない、というのが正直なところですね。いつの間にか、といった方が良いのかな。中々子どもができなくて、こうして子ども用品ばかりを集め始めた頃。私たちはいつの間にか女の子用のものばかり揃えていました。
その最中、こういうベッドとかの大きなものまで知り合いから貰っちゃって―――それが総じて、女の子用のものばかりだったんです。
そうなると余計に男の子用のものを揃えるのもなんか変な気がして―――それからはそれまで以上に女の子用のものばかりを揃えるようになったんです。それが今の今まで続いてるって感じですね」
雫は女の子用の服を抱きしめて微笑んでいた。
これはあくまで土御門なりの受け取り方でしかないが、きっとベッドや勉強机などが送られてくるより前は、ほんとうになんとなくだったのかもしれない。
最初に生まれてくる子は女の子が良いなーみたいな会話から、初めに買う子ども用品は女の子用に寄っていった。そんなところだろう。
しかしこれでは土御門の疑問は消えない。この家に来てから、犬神の仮説を否定するものも肯定するものも見つかっていないのだ。
土御門は内心焦っていた。雫に「なるほど、納得です。生まれてくるのも女の子だと良いですね」と微笑みながらも、目線と心はこの家全体の違和感を探すことに全力になっていた。
そのとき、蘆屋が唐突に本棚を指さしながら雫に話しかけた。
「雫さん、この本たち、少し見てみても良いですか。どんなものがあるのか気になりまして」
「ああ、いいですよ全然。好きに見てください。絵本とかも色々とあるので」
「ありがとうございます、助かります」
蘆屋は小さくお辞儀して、本を一冊手に取ってはパラパラとめくり、ある程度見たら本棚に返す、という動作を繰り返し始めた。
いきなり本に目を付けて、一体どうしたというのだろう。土御門が首をかしげていると、次は雫の方が土御門に声をかけた。
「あの、私もずっと気になっていたことがあるんですけど―――」
「ええ、はい。なんでしょう」土御門は何かを聞かれる準備をしていなかったこともあり、内心動揺していた。
「前回の電話もそうなんですけど、お二人は一体何の捜査で私たちのことを調べているんですか? 私たちの家族関係についてのことを調べて、何かに繋がるとは思えないのですが―――」
土御門は「ああ―――」とごまかしながらも、頭をフル回転させて言い訳を考えていた。確かに雫の言う通りだ。こんな調査、警察じゃなかったら怪しいにも程がある。
少し首を回して本を調べている蘆屋を視界に入れたが、彼はこちらを向く素振りすら見せず、ひたすら本の確認を進めていた。説明はそちらでお願いします、とでも言いたげだ。
土御門は少し考えた末に、正直に話すことにした。
しかし全てではない。自分らの調査が正当なものであることさえ伝われば良いのだから、断片的にでも納得して貰えればそれでいいのだ。
「実はこの調査、先日保護された女児の身元を調べる為のものなんですよ。その子は自分の名前は分からないそうなんですが、苗字だけははっきりと覚えてましてね。そういう経緯で、その子が"魚谷"という苗字だということが分かったんです。
その子が保護されたのが日柱村側の猿手山だったので、きっと猿山市か日柱村の子だろう、と考えた私たちは、魚谷という苗字を調べた結果、雫さん夫妻が候補に挙がった訳です」
「はあ、なるほど―――」
雫はぽかんとしており、その話を理解するのにも時間がかかっているようだった。
説明が少し早口だったかな、と土御門が反省しそうになっていると、雫は「でも」と少し辛そうな表情を浮かべた。
「なんか―――辛いです、そんなの。その子の身元候補は他にどれだけいるんですか」
「雫さん夫妻と、もう一人は―――生涯孤独を貫いている魚谷という苗字のご老人が猿山市に一人、といった具合ですね。そちらの線は薄いと思われます。たとえ何かを戸籍上で詐称しているにしても、年齢が合わないのでね」
「そうですか―――」
雫はうつむいて何かを考えるように唸ると、すぐに顔を上げて力のこもった目で土御門を見つめた。
「これはまだ夫に確認してみなければ分かりませんけど―――もしその子の引取先が決まらない、なんてことがあったら、私たちにも協力させてください。
私、これは何かの縁だと思うんです。その子からしても、苗字が変わらないっていうのはありがたい話だと思いますし」
土御門は目を見開いた。彼女はこんなことを考えていたのか。その底の見えない優しさに、土御門も蘆屋も頬が緩んでしまっていた。
「そうですね―――あくまで我々の仕事は彼女の本当の家族を探すことですが、どうしても力不足なところもありまして。もしもの時には、雫さんの優しさに甘えるときも来るかもしれません。その時はぜひ、力を貸していただけると幸いです」
「もちろんです。それまでは、お二人も頑張ってくださいね」
「はい、全力を尽くします」
土御門は雫と手を取り合い、固い握手を交わしていた。その横でそわそわしていた蘆屋も、土御門の後で雫と握手を交わして照れくさそうにしていたのだった。
「それでは、お邪魔しました。本日は協力感謝します。失礼します」土御門は形だけの敬礼をして、最後に警察らしさを出してみせた。
「いえいえ―――あ、それと、思ったより夫の帰りが遅くって顔を出せなくてすいません。多分あの人、どっかで寄り道しているんだと思います。今度駐在所行くときには、土御門さんに浮気調査を頼もうかな」
「ええ、それは私の領分ではないのですが―――いや、本日のこともありますしね、できる範囲で協力しますよ」
土御門と雫は冗談を言えるほどの関係になっており、土御門からすると今後何かあったときに頼りやすい雰囲気でいてくれるのは非常にありがたかった。
蘆屋は少し前に軽く挨拶をして車の方へと向かっていたが、どうやら雫が蘆屋に抱く印象もそんなに悪くないようで、土御門は二重に安心していた。
「それでは、また」
「はい、引取先の件も、分かり次第連絡します」
土御門は蘆屋が持ってきた車に乗り込みながら、雫に最後の別れを告げた。蘆屋もその様子を運転席から微笑ましく眺めながら、小さく頭を下げていた。
車を走らせた後も、二人の話題は魚谷家のことで埋め尽くされていた。
「いやー、なんともいい人でしたね。きっと旦那さんもいい人なんだろうなあって感じがしましたよ。なんというか、ほっこりする感じ」
「そうですね。彼らを疑わなくてはならない、というのが一層辛くなります」
「え、なんか疑ってるんですか。何を聞いてもスムーズに答えてくれたし、変なところも特になかったでしょう」
蘆屋は驚いて声のボリュームが上がっていた。この様子だと、蘆屋は魚谷夫妻を一切疑っていなかったのだろう。土御門は少し心が痛んでいた。
「それはそうなのですが、だとしたら彼女の両親がとうとう分からなくなるでしょう」
「でも最後には里親みたいな話だって出てたじゃないですか。娘を認知しようとしない親がそんなことする理由はないと思いますがね」
蘆屋が口を尖らせていたのを見て、土御門は大きく息を吐いた。
「もし、彼らが何らかの理由で娘の存在を隠していたとしたら。これは良い機会だと思いませんか」
「はい―――?」蘆屋の声がワントーン下がった。
「彼らは娘を娘と認知できない理由があった。だからある程度育った娘を家から出し、警察などに娘を見つけて保護して貰って、その後で自分らが里親として彼女を迎えようとした。
それなら、産んですぐのときに彼女の存在を隠していたことを、追求されることもないでしょう」
「うーん、その為にあれだけの言い訳を準備していたと?」
「いつか警察が家に来ることも想定内だったのでしょう。だって娘に自分の苗字を"魚谷"と言うように指示していたんですから」
蘆屋は渋い顔をしたままハンドルを回していた。何が何だか分かっていないようだ。
「魚谷と言わせなければ、警察に家宅捜索をされることもなかったのでは―――?」
「里親募集はこの村だけではなく、きっと全国区に出されるでしょう。母数は多い方が良いですからね。蘆屋警部は数多ある里親募集の中から、自分の子どもを見つけるのがそんなに簡単だと思いますか?」
「それが目印だ、ということですか」
「そう、しかも警察が家まで来れば、娘が保護されたことを調べなくても知ることができる」
蘆屋は運転しながら天を仰いでいた。
「はえー、賢いですねえ彼ら。僕てっきり彼らは結構抜けてるのかと思ってましたよ」
「なぜです、利口そうな方だったじゃないですか」次は土御門が顔をしかめた。
「だって、彼ら今年の教科書をあそこに置きっぱなしにしていたんですよ。しかもちゃんと"魚谷"って名前まで書かれたものを。あの言い訳を使うなら、それがおかしなことだってことくらい分かりそうなもんですけどね」
「"魚谷"だけでしたか、書かれていた名前は」土御門は蘆屋に迫った。蘆屋はその勢いに驚き、少し身を引いて窓ガラス側に寄った。
「まあ、そうですけど。大体そんなもんでしょう、めんどくさいですよフルネームなんて。僕もそうだったし」
「そう、ですか―――」
土御門はそれを聞いてどこか落胆していた。なぜだろう、それはよく分からなかったが、その名前すら分かれば何かが前に進みそうだった気がしたのだ。
なんだろう、思考がまとまらないな―――結局私はあそこまでいって何を得たかったのだろう。
そんな土御門の目を覚ますように、蘆屋がぶっきらぼうに土御門に話しかけた。
「そういや、阿久津君はどうだったんでしょうね。郷土資料館、たどり着けてますかね」
ああ、そうだった。阿久津君には郷土資料館で猿山市の伝承について調べて貰っていたんだった。
土御門は慌ててケータイを取り出して、着信履歴を確認した。そこに阿久津の名前はない。
郷土資料館に行くまでに二十分―――少し迷ったとして三十分。少なく見積もっても、阿久津が郷土資料館に着いてから三時間は経っている。
土御門は連絡先から阿久津を選び、コールボタンを押してケータイを耳に当てた。
そこまで調査が難航しているのなら、その旨を聞かなくてはならない。
コール音が二回ほど鳴るよりも前に、食い気味に電話は繋がった。
「土御門さん、調査、終わりましたか」阿久津はどこか息が上がっているようだった。
「あ、ああ、ついさっきね。そっちはどうだい―――」
「ほんと! 助かりました。ずっと館長に捕まってて、さっきなんて絵本の読み聞かせされてたんですよ? ようやくこの電話で呼び出しがかかったって言って逃げれますよ―――」
「は、はあ―――そうか、気をつけて帰ってきなね」
土御門は相変わらずの阿久津の声を聞き、少し安心感を覚えていた。
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