第十話

「すみません、少し電話します」


 土御門は蘆屋が運転する車の助手席で、おもむろにケータイを取り出した。


「別に良いですけど、なんですか。奥さんですか」

「いないと分かってて言ってますよね。違います。先ほど電話をくれた大門家の方々ですよ」土御門は渋い顔をして蘆屋を睨んだ。

「はは、すいません。そうですか、どうぞどうぞ」


 あれから小一時間ほど時間が経ってしまっている。土御門からしたら怜治やそのお婆さんのことがどうにも心配だった。

 それに、少し聞いてみたいこともある。土御門は怜治のケータイの番号にコールしてケータイを耳に当てた。


 意外にも早くコール音は鳴り止んだが、それからしばらく物音しか聞こえない時間が続き、電話が繋がってから十数秒後でようやく人の声が土御門の耳に届いた。


「はい、もしもし大門です。怜治は今だめになっとるから、怜治に用ならかけ直してくれんかね」電話口の老婆の声はどこか不機嫌なようだった。


「もしもし、先ほどぶりです。私です。土御門です」

「おお、あんたか。なんじゃ、なんか用かね」

「用、といいますか、先ほどの仕事が一区切り着いたので、少しお話でもと思いまして。先ほどのこともありますし、私としても心配で」


 土御門がそう言うと、電話先では大きなため息がマイクにかかった音がした。


「ああそうかい。心配もなにも、あれからなんも変わっとらんよ。だから困っとるんだけどねえ。あの子は未だにノイローゼ気味になっとるし―――まるで母親をみとる気分だわ。ああ、あの子の母親ね」

「そうですか―――」


 たとえそうであってもあまりそういうことは言わない方がいいのでは、と思ったが、土御門はあえて口には出さなかった。


「で、あんたが電話かけてくるなんて、こっちの状況が聞きたいだけじゃあないんだろう? 何か聞きたいことがあった、違うかい?」

「あはは、流石ですね。でも本当に心配だから電話をかけたようなものなのですよ、聞きたいことがあるのはほんのついでです」

「ふは、そんな心遣いはいらんよ。心配してもらってあの子がまともになるわけじゃあないしね。それで、なんだい。聞きたいことってのは」


 むせるように笑った老婆は、思いの外落ち着いた様子で土御門との会話に応じていた。

 それにどこか安心した土御門は、包み隠さず聞きたいことを聞くことにした。


「それでは遠慮なく。私と阿久津君が前回伺ったときに、犬神の伝承を教えていただいたと思うんですが」


「ああ、そうだね。まさかまた教えてくれというんじゃなかろうね。別に構わんけどもね」

「いえ、そうではなくて。純粋に、あれ以外にも伝承があったりするのかな、というのが気になりまして―――というのも、前回話し忘れていたこととか、お婆さまがどうでもいいと思って話から省いたものがある、とかがあれば教えていただきたいな、と思った次第なんですが」


 土御門の言葉に、老婆は喉を鳴らしながら唸っていた。


「そこまでのものはない、と思うがねえ―――いや、一つ―――といってもこれは話という話はないんだがね」

「いえ、今はどんな話でも耳に入れておきたいのです。是非教えてください」


 老婆が一瞬渋った、土御門はその隙を見逃さなかった。

 こういう小さな情報が、いずれ調査するときの最後のピースになったりするのだ。だからこそ話は、味が全くしなくなっても聞き続けることに十分な意味がある、と土御門は考えていた。


「いやあね、伝承の中に猿神の話が少し出てきただろう? うちの家の記録だけかもしれないんだが、犬神様が来るまでの猿神の伝承がね、どこにも見当たらないんだよ」

「はあ―――? それはただ犬神様の伝承が生まれてから伝記を書き始めた、というだけのことなのでは?」土御門は首をかしげた。


「だから話という話ではないと言ったんだ。だがね、見る人が見れば、なんだか違和感があるらしいんだよ。まるで誰かが意図的に当時のことが書かれたものを消したような痕跡があるとかないとか―――ま、これを聞いたのも私が若いときの話さ。記憶も曖昧だしねえ。


 ほら、話すほどのことじゃなかっただろう? 聞きたいことはこんだけかい?」


「そうですね、ちょっと待ってくださいね」


 その時書かれたものを消したような―――か。痕跡の有無は昔の話だろうし信じるかは置いておくにしても、当時の人間が覚えたその違和感は、はたして無視して良いものだろうか。

 ―――しかし、老婆も既に自信がないところをみても、これ以上そこを追求したところで出てくるものはないのも明白だろう。


 土御門は息を吐いて、電話口に問いかけた。


「最後に質問なのですが―――もしも、もしもですよ。今うちの村や猿山市で不審死の死体が見つかった場合、それは猿神の仕業だと思いますか」

「お前さん、犬神様の伝承の何を聞いとったんじゃ。当たり前じゃろうて、そんなもの。だから早う祠をどうにかしないといかんのよ」

「そう、ですよね、ありがとうございます―――あ、そろそろ次の場所に着きそうなので、私はこれで失礼しますね」

「ああ、はいはい、そうかい。あんまり心配せんでもええからね、祠の再建だけ急いでくれたらいいんだから。頼むよ」


 土御門は「はい、勿論です、はい、ありがとうございました」と相手に伝わらないお辞儀を繰り返しながら電話を切った。

 蘆屋は終始無表情で車を走らせており、時々気になる単語が聞こえると目だけを一瞬土御門に向ける、くらいのものだった。


「どうでした、新たな謎でも生まれましたか」

「そんなポンポンと謎が生まれたら困ります。ただの事情聴取ですよ、別に何か分かったわけでも、分からなくなったわけでもないです」


 蘆屋のどこか他人事な態度が少し癇にさわりながらも、土御門は表情を崩さず窓の外を眺めた。

 

 ふとしたときに思う。自分は今、とことん無駄なことをしているのではないか、と。どちらかといえば論理的な思考を好む自分が、今はずっと人を喰らう神とやらの情報を集めている。挙げ句の果てにはそれを探し出そうとしているのだ。

 普通に考えて、正気じゃない。客観的に自分を見つめるもう一人の自分が、声を上げているのが分かる。


 そんなものがいるはずがないんだ。全部全部、何かの間違いなんだ。お前がしようとしていることは、ユニコーンを捕まえると話す少年や、白馬の王子様を待ち望む少女と何ら変わらないのだ、と。

 分かっている。そんなことはとうの昔に分かっていた。数年前、この調査を断念したときから、ずっと。


「蘆屋君、一つ聞いていいかな」


 突然昔ながらの呼び方で呼ばれたことに、蘆屋は驚きを隠せないでいた。そしてそれは土御門も同じことで、表情には出さなかったが、心の中では蘆屋に頼ろうとしている自分に心底驚いていたのだった。


「懐かしいですね、その呼び方。しっくりきます。やっぱり、立場が変わっても土御門さんはいつまでも僕の上司ですわ。きっとこれからもそうなんだろうなあ。

 で、なんですか、聞きたいことって」

「蘆屋君は―――目に見えないもの、とか、人知を越えた怪物、とか。そういう類いのものを信じるかい」


 蘆屋は唸りながらハンドルを回していた。

 土御門からしたら、すぐ答えが返ってこないこと自体が少し意外だった。今までの印象からしたら、とっくに「いないでしょ、そんなもん」といった具合で一蹴しそうなものなのに。

 

 そして十数秒経った後で、蘆屋は「まあ―――」と言葉を紡ぎ始めた。


「信じるか、信じないか、でいったら、多分信じている側に属するんだと思います。なんていうんだろうな―――地球上でもまだ人類が明らかにしていないゾーンとかって割とあるわけじゃないですか。例えば深海とか。


 僕、そういう場所って無限の可能性を秘めてると思うんですよね。調べてみるまで、何がいるか分からない。深海に潜ってみたら、巨大な人型の生命体がいるかもしれない、そうでしょう? そういう意味で、僕は人知を越えた何かってのはいると思ってます」


 土御門は目を見張っていた。彼にこんな一面があったとは―――自分の下で働いてもらっていた期間があったのにもかかわらず、土御門は今になって初めて蘆屋という人間のことを知った気がした。


「なので、僕は逆に目に見えないものは信じてないんですけどね。だって見えないのにそこにいるって言い出したら、もうそっからは妄想の域でしょ、って思いません? なので、神がそういうものだ、というのなら僕は神も信じないですね」

「なら、神が巨大な動物のような形をしたものだ、と言われたら?」


 蘆屋は眉にしわを寄せ、宙を見上げた。きっと頭の中で想像してみているのだろう。土御門が「私が言い出したのが悪いけど、運転中だからね」というと、蘆屋は焦ったように前を見てハンドルを強く握った。

 

 そして蘆屋は何かに納得したように頷いた。


「それが目に見えるなら、僕はいてもおかしくないと思いますね。そう考えると、神の概念って結構ガバガバなんかもしれないですね」

「はは、それは間違いないね」


 二人は前を向きながら笑い合っていた。懐かしさによる温かさのようなものが車内を包み、今だけはお互いが昔の関係性に戻ったように錯覚するほどだった。




「ここで間違いないんですよね、蘆屋警部」

「そのはずですけどねえ―――だって表札にも魚谷って書いてあるし」

 土御門と蘆屋は家の前で立ち尽くしていた。


「それと、もう一度聞きますが、戸籍上彼らに子どもはいないんですよね」

「それも、そのはずです。電話で聞いてもそのように言っていたので、間違いない―――はずです」


 土御門は目の前にそびえる立派な一軒家を疑いの目で見ていた。


 子どもはいない―――それなら、あの子供用の自転車や、小学校で配布されるようなプラスチックの植木鉢はなんだ―――? 実は隠し子がいます、と言われた方がこちらとしても気持ちの良いほどの状況証拠の数々が、家に入る前から二人の目に写っていた。

 電話で確認していた蘆屋も、車を降りてからずっと居心地が悪そうにしていた。


「でも、良かったですね。アポなしで乗り込んで」

 土御門がそう言うと、蘆屋は気まずそうにため息をついた。

「そうですね、これは言い逃れできないでしょうし―――ま、一応聞いてみましょうか。インターホン、押しますね」


 蘆屋が扉のすぐ隣に付けられたインターホンを押すと、家中にベルの音が鳴り響いた。そして数秒後、電話を取るような音がインターホンから鳴った。


「はい、なんでしょうか」


 聞こえてきた女性の声は少し低く、警戒心まるだしといった声色だった。どうやらインターホンも最新機器らしく、きっと土御門と蘆屋の姿がカメラかなんかで見えているのだろう。

 声が聞こえた途端、蘆屋が一気に腰を低くしてインターホンに近付いた。


「突然すいませんね、以前お電話した蘆屋というものなんですけど―――魚谷さんでお間違いなかったですかね」

「ああ、あの時の―――今日はどうされたんですか」

「いえ、前回お話伺ってから、我々も色々と進展がありまして。改めてゆっくりお話が聞けたらなーと思って伺ったんですが、今お時間大丈夫でしょうか」


 後ろから話を聞いていた土御門は、その奥さんの落ち着きように違和感を覚えていた。それはきっと、蘆屋が正体を明かしても動揺することはなく、それどころか少し安心したような反応にみえたからだろう。

 蘆屋警部だって警察であることに変わりはないのに―――土御門は怪訝な表情でインターホンと蘆屋を見ていた。


「はい、大丈夫ですよ。私しかいませんが、良かったですか」

「それでも非常にありがたいです。お願いします」

「分かりました。今行きますね」


 蘆屋が「良かった、話聞けるみたいです」と言いながらインターホンから離れると、それからすぐに足音と共に鍵が開けられる音がした。


 扉が開かれると、そこには髪を短く整えた、目元の鋭い、清潔感のある女性が靴を中途半端に履いた状態で顔を覗かせていた。


「急にごめんなさい。ここに来る前も厄介な事件にあたってまして、前もって連絡ができなかったんですが、本当に今からお話伺っても―――?」

「はい、全然大丈夫です。ちょうど遅めの昼食を取ってから夫が買い物に出て行ったので、途中で彼が帰ってくるかもしれませんが、それでも良ければ」

「全然気にしませんよ、大丈夫です。お願いします」

「いえいえ―――じゃあ、玄関で話すのもなんですし、中に入ってください。お茶、入れますよ」


 そう言われて、二人はお辞儀をしながら彼女に居間へと案内されていた。

 家の中まで入って良いのか―――? 土御門の中には疑念と困惑が尽きなかったが、彼女の立ち振る舞いからぎこちなさが見当たらないのも事実だった。

 

 家は全体的に綺麗に整頓されており、テレビの前や棚の上には夫婦の写真などが飾られていた。


 二人は言われた席に着き、彼女がお茶を持ってくるのを待っていた。蘆屋は太ももを手のひらでこすりながら時間を潰していた。


 土御門は怪しまれないように極力首を回したりはせずに、目で追える範囲で一階の部屋を確認していた。正面に位置する和室に目を凝らすと、そこには子供用の本やおもちゃなどがまとめられているコーナーまでもが用意されていた。

 

 やはり、黒か―――しかもさらっと警察を家の中に入れられるところをみるに、子どもはどこかに引き取らせているのだろうか。いやしかし、そんなことで我々の目をかいくぐれると思っているのもおかしな話な気がする。

 この夫婦には絶対にバレないという自信があるのだろうか。それだけのトリックや言い訳があると―――? 


「ありがとうございます、急に来たのにお茶まで入れて貰っちゃって」


 土御門が考え込んでいる間に、彼女は二人にお茶を配り終えようとしていた。

 土御門も蘆屋に少し遅れて「ありがとうございます」と付け加えた。


「いえ、特にすることがあったわけでもないので、気にしないでください。でもまさか、警察さんがいきなり家に来たのはびっくりしましたけどね。私なにかしちゃったのかなって」

 彼女はそう言って二人の正面に腰を下ろした。


「いえいえ、そんなことは。ねえ、土御門さん」

「ええ、少し聞きたいことがあるだけで、貴方と旦那さんをどうこうしようというわけではないですので。安心してください」


 土御門がそう言うと、彼女は「それなら良かったです―――」とだけ言った後で、何かに気付いたようにすっと席を立ち、近くの棚からメモ用紙とペンを取り出した。


 再び席に着くと、彼女はメモ用紙を一枚だけちぎってそこに何かを書き、それを二人の前に差し出した。そこには"魚谷 しずく 魚谷 安都真あずま"という文字が綺麗な字で書かれていた。


「私は魚谷 雫といいます。漢字はそうやって書きます。旦那は安都真です。前回蘆屋さんにはお名前までお話ししていなかったですよね」

「ああ、そうでした。ご丁寧にありがとうございます」


 蘆屋はその紙を土御門と自分のちょうど中間に置いた。雫はペンとメモ用紙を机の端に寄せ、誰かが喋り始めるのを待っていた。

 なるほど、私が話し始めるべきなのか。土御門は空気感を読み取って椅子に深く座った。


「そのペンとメモ用紙、こちらにいただけますか」

「ああ、はい。どうぞ」


 土御門はそこに自分の名前を書いて、雫に返した。


「挨拶が遅れました、私、日柱駐在所の土御門といいます。もしかしたらどこかで聞いたことあるかもしれませんが」

「やっぱり―――はい、何度か見たことがあります。噂でもしばしば」

「そうでしたか、本当に村の皆様にはよくしていただいて、ありがたいばかりです」


 雫と土御門は穏やかに笑い合っていた。蘆屋はその光景を見て、改めて先ほどの事件がどれだけ土御門にとって大きなものだったのかを感じ取っていた。


「それでですね、今回は私が主にお話しさせていただこうかな、と思っております。どうぞよろしくお願いします」

「はい、お願いします」土御門が頭を下げたのにあわせて、雫も小さく頭を下げた。


「それでですね、私たちがお聞きしたいのは、主にお子さんのことについてなんです」


 顔を上げた土御門の言葉に、雫は一瞬戸惑い、その後で首をかしげた。


「―――あれ、前回蘆屋さんも同じようなことを聞かれませんでしたっけ。それで、残念ですがいないんです、とお答えしたはずですが―――?」

「はい、そのことも蘆屋警部から聞いております―――おかしなことだと思われるのもわかります。ですが、改めてそのことについて聞かせていただきたいんです」

「まあ、構いませんけど―――」


 そう話す雫は若干身体をのけぞらせ、顔には呆れのようなものが含まれているようにみえた。


「まずお伺いしたいのですが、お二人はいつ頃結婚されたのですか」

「ええと、今私と彼が三十七で、結婚したのが二十八のときだったはずなので―――大体九年前、とかですかね」

「同い年なんですね、しかも九年前となると付き合いも長いんですね」

「はい、ありがたいことに何事もなくここまでこれました」


 八年、か。もし娘が小学校低学年だった場合、結婚してから一、二年で子を成した、と考えても、なんら違和感がない。

 土御門は未だに彼らが娘の存在を何かしらの理由で隠していることを疑っていた。


「それは素敵なことですね。それと、この質問で気を悪くされたら申し訳ないのですが―――」

「子どものこと、なんですよね。それなら特別嫌な気持ちにはならないので、安心して聞いてください」そう話す雫の表情に、嘘を言ったり気を遣ったりしている様子はみられなかった。


「そう言っていただけて、こちらとしても感謝が尽きません。お察しの通り、お子さんのことについてなんですが、一度もそういう話は夫婦間で出なかったのですか?」


 土御門がそう言うと、蘆屋が焦った様子で土御門を睨んだ。蘆屋が土御門にそんな目線を向けることなど普段からしたらあり得ないことだったが、今回ばかりは見逃せなかった。

 蘆屋にとってその話題は嫌な気持ちになる、ならないの問題を越えて、本人達の心の中に土足で入っていくようなものな気がしたのだ。


 しかしかくいう雫は、特に表情を崩すことなく淡々と受け答えをしていて、蘆屋もその様子に困惑を隠せずにいた。


「そうですね、普通にそういう話は出ましたよ。ですが私の身体のことだったり、二人の経済面のことだったりで、今の今までなあなあになってしまったんだと思います。

 最近は一周回ってあまりそういう話にならないこともあって、それも大分昔の話になってしまったんですけどね。年齢的にはそろそろ本気にならなくてはいけない気はしているのですが」


「そうですか、実際にそういったことを考えると色々と大変ですよね―――でも」


 なんとなくで会話を繋げながら、土御門は首を回した。改めてこの家の構造や、置かれているものなどを視界に入れる。

 このまま話題を引きずっていてもしょうがない。土御門は早速一番聞きたかったことを本人にぶつけることにした。


「こんなにいいお家、お子さんを迎える準備も万端って感じですし、いつかは魚谷さんのお子さんがこの家を存分に使って欲しいですよね。まるで既に何人かお子さんがいたみたいなものまでちらほら見られますし」


 蘆屋は目を細めて雫の出方をうかがっていた。さあ、もし我々に子どもの有無を隠しているのなら、ここが正念場のはずだぞ。どう言い訳する―――?

 

 雫は少しうつむくと、すぐに顔を上げてそんな二人を気にも留めないようにふっと笑った。その笑みはどこか自虐的で、何かを諦めているようにもとれるものだった。


「子どももいないのに、物ばっかり揃えて―――馬鹿みたいですよね。結婚してすぐの頃は、きっとすぐにでも子どもができると思ってたんです。多分。

 それから子ども用品を揃えることだけが二人の癖になっちゃって―――おかしいと思われるでしょうけど、部屋まであるんですよ。子どもができたら住まわせてあげようって」


 そう来たか、というのが二人の正直な心境だった。


「だからね、土御門さんの言うとおり、いつかはこれらを自分の子どもに使って欲しいんです。あ、そうだ。せっかくなら部屋とか見ていきますか? なんて―――」


 雫はそう言いながらも「ははは―――」という乾いた笑いを浮かべていた。

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