第三話

 阿久津が目を開けると、視界は白い四角形で埋め尽くされていた。

 段々意識がはっきりしてくると、阿久津は今自分が横たわっていることに気付いた。


「起きたか、阿久津君。良かった、目を覚ましてくれて」


 阿久津の瞼の動きをいち早く察知し、土御門が阿久津に近寄った。近くには書類の束がある。きっと阿久津が目を覚ますまでずっと作業をしていたのだろう。


「土御門さん、俺どうしたんすか」

「そうだね―――逆に阿久津君はどこまで覚えてる」そう聞かれて阿久津は眉を寄せて思い出した。

「うーん―――あ、魚谷ちゃん、あの子を送り出すところだったんだ。それで、なんかが思いっきりぶつかってきて―――それ以降の記憶が無いっす。土御門さん、魚谷ちゃんは―――?」


 土御門は表情を暗くした。阿久津と目を逸らし、神妙な表情を浮かべている。それを見て阿久津は何かを悟った。


「守れなかったんすね、俺。約束、したのに」

「いや、阿久津君のせいじゃない。あれは誰が近くにいても難しかっただろう―――それでね、あの謎の襲撃の際、君は襲撃犯に横腹を引き裂かれていたんだ。その出血で倒れちゃって、私がすぐに救急車を呼んで、救急搬送されたんだよ」


「ふん、なるほどね―――それで、何日寝てたんすか、俺は」

「あの日からすると丸一日半、だね」


 阿久津は自分の横腹に触れた。柔らかい包帯と硬めの包帯が重なり合っており、その端々には血のような汚れも付いていた。

 そして意識がはっきりすればするほど、その部分に力を入れるだけで全身に痛みが走る。


「でかいんですか、この傷」

「いや、出血はひどかったけど、深さはそうでもないらしい。君の反射神経がものをいったんだろうね、内臓も特に傷ついてないらしいよ」

「全治何週間ですか」

「精密検査も含めると、大体二週間ほどだそうだ。もしあと少し君の反応が遅れていたりなんてしたら、きっととんでもないことになっていたと思うよ」


 阿久津はふん、と鼻を鳴らしながら頭に手を回した。


 あの瞬間、俺は確かに何か大きな化け物を見た気がする。もしあれが見間違い出ないのなら、あれは一体―――


 阿久津が目を閉じて記憶を辿っていると、病室全体に雑にドアが開けられたような音が響いた。それに続いてドスドスと大きな足跡が阿久津と土御門に近付いてくる。


「土御門さあん、この報告書、原因不明の欄が多すぎてですねえ。一つ一つ説明して貰わんと―――お、起きてるねえ阿久津巡査、これは良かった良かった」

蘆屋あしや警部、ここは病院です。色々とお静かに」

「はは、これはすいませんね」


 病室のカーテンが派手に開かれ、大きな声で土御門を呼ぶ男は、スーツ姿の巨漢だった。彼は片方の手のひらを縦に振って二人に軽く謝っている。


 彼は隣の市の警察署で警部をしており、こっちの村で何かあったときにだけ派遣される土御門と阿久津の上司だった。

 以前この村に来て大声で土御門の過去話をしていったのがこの男であり、どうやら彼はかつては土御門の下についていたそうで、未だに土御門に対してだけは敬語が抜けないでいた。


「ああそうだ、土御門さん、僕は見舞いに来たんじゃないんです。

 これはどういうことですか。この一件分からないことだらけですよ、貴方らしくもない。書類もこれじゃ上に通らなくてですね、僕がわざわざここまでくることになったんですよ」


「言われなくても分かってますよ、ですが原因不明は原因不明なんです。しかしこうして被害も出てしまった。一人の女児も行方不明となってしまったんです。なので書類にしないわけにはいかないでしょう」

 土御門は少しいらついているようにみえる。こんな土御門は阿久津も中々見たことがなかった。


「そうは言われましてもね―――第一、この行方不明の女児ってのは本当にいたんですか?」


 蘆屋は書類の中から写真を取り出し、二人にみえるように差し出した。その写真には表情の硬い魚谷が写っており、これは保護施設に移る前に広報のため撮っておいたものだった。

 その写真を視界に入れた途端、あからさまに土御門と阿久津の二人だけ表情が曇り、それは蘆屋も少し感じ取っていたようだった。


「この写真の通り、彼女は存在していました。これが証拠であり、私たち二人が証人です」

「うんうん、そうですよね。で、この子は猿山東に通っている、って言ったんですよね」

「はい、そうですが―――」

 土御門が何か嫌な予感を察知したように目を細めた。


「それがですね、ここに来る前に僕も、そこの教員やら従業員やらに聞き込みをしてきたんですよ。そしたらね、誰もこんな子知らないって言うんですよ、おかしくないですか」


 土御門と阿久津は顔を合わせたが、二人とも表情は重たい岩のように固まっていた。


 彼女が嘘をついていた可能性、"猿山東"という小学校が隣の市の猿山市さるやましにある小学校のことではなく、どこか遠くの小学校を指している可能性、第一"猿山東"が聞き間違いかなにかである可能性。土御門は様々な可能性を頭の中で巡らせていた。


「これ、本当にそこにある猿山東小を指してたんですかねえ、だって教員のほぼ全員に聞いたんですよ? 生徒たちにも何人か聞いてみました。勿論全学年でね。それで誰も"魚谷"を知らないなんて、あり得ますかねえ」


 土御門は一瞬動揺したが、頭の中を流れたあのときの映像が、彼を再び落ち着かせた。彼女の細い声が土御門の脳内で鳴り響く。


―――猿山東、確か隣の市とうちの村の中間にある小学校だね

―――そうなんだ、じゃあここは日柱村?


「いや、それはない。彼女は小学校の情報を教えただけで、この村の名前を言い当てた。これはどこか遠くから拉致されただけでは分からない情報のはずです」

「でもそれは誘拐犯? が教えといたことなんじゃないですか、今自分らがいる場所を教えておけば、もし外に連れ出すときも怪しまれることが少なくなるかもしれない」

 蘆屋はあくまでその小学校に通っていたという線を信じていないようだった。


「それはどうかなあ、あのとき俺たち二人ともいましたけど、あの子ほんとに自然な感じで答えてたようにみえましたよ。ただの隣の市の子って感じで、ちっとも思い出すような素振りもなかったし。ねえ、土御門さん」

 

 阿久津の助け船に土御門は力なく「そう、ですね」と答えたが、蘆屋は変わらず信用していなさそうに唸っていた。


「とにかく、彼女の顔写真と名前は公表し続けてください。市だけでも全国区でもどちらでもいいです。ですが"魚谷"という名字の夫婦の調査、これは隣の市でも行ってください。村の方は私たちでやりますので」

「へいへい、仕事なんでね、それはやらせてもらいますけどね。見つかるとは思えないけどなあ」


 蘆屋は顔を歪めながら手持ちの書類を漁った。何枚かの書類を一つの所にまとめ、ファイルを閉じると、蘆屋は部屋の端から椅子を持ち出し、それに座りながら言った。

 

「それとね、こっからが本題ですよ。その子が言ってたっていう化け物に関しては、まあ置いといて。問題は阿久津君のそれですよ、それ。何があったのか、できる限り詳しく教えて貰って良いですかね」


 蘆屋は阿久津の傷のあたりを指さした。その指は阿久津から少し離れていたのに、触れられているような錯覚からか阿久津の身体には少し痛みが走った。

 

 蘆屋に言われて、土御門が駐在所から移動する際の出来事を事細かに説明した。その内容を聞けば聞くほど、蘆屋の顔は疑念で満ち満ちていった。


「あぁそうですかそうですか―――それより阿久津くん、ダメじゃないかしっかり守ってあげないと。君は身体を使う系の成績は良かったと記憶しているがねえ」

「いやー俺も不甲斐ないです」阿久津はそう言って「ははは」と乾いた笑いを浮かべていた。思うところはあるが、こういうタイプには突っかからない方がいいことを阿久津は知っている。


「いや、あれは阿久津君の失態ではないですよ」


 土御門がそんな蘆屋を冷めた目で訴えた。その土御門が放つ覇気のようなもののせいか、蘆屋は少し姿勢を崩した。


「でも訓練を積んだ警官が、そんな簡単に吹き飛ばされたのでしょう? 阿久津くんの問題でなければ、相手はとてつもない化け物ということになりますよ」

「だから、そういってるでしょう。相手は正体不明の化け物だと」

 土御門は呆れた調子で蘆屋に説明を重ねた。


「私はね、その正体を一切視認できなかったんですよ。少女が立ち止まって見つめた先にも、阿久津君がとっさに反応した先にもです。あれは阿久津君だったから反応できたのであって、少女の手を握っていたのが私なら、今頃私もこの世にいませんよ。


 私ができたのはせいぜいその正体を後になって探ることくらいでした。そのスピードと威力から、始めに私は車両による犯行を疑いました。しかしそれもガソリンのにおいやタイヤ痕などがなかったことから、その線は薄いと考えています。


 ならば大型の生物か、と考えたのですが、それはそれであまり現実味がない。自然界の動物が、あんなにまっすぐ人間に突っ込んできて、そのまま視認できない速度で止まらずに走り抜ける、なんてことあるでしょうか。せいぜいイノシシか、とも考えましたが、あの駐在所付近は以前からイノシシの確認情報なんてないんですよ。村の中では山から離れてる方ですしね。

 それに、第一動物が一人の少女をそこまで執拗に狙うのも不自然です」


 大型の生物、という単語が出た瞬間、阿久津の記憶の一部分が活性化するのがわかった。あれと対峙したとき? それとも少女から話を聞いたときだろうか。阿久津は頭を巡らせる。


「まあまあ、事情はわかりましたよ。阿久津くんもよく頑張ったってことで。これ、どうしましょう。僕は今のところひったくり的な感じで処理しようと思ってるんですが」

「―――まあ、それ以外どうしようもないですし、それでいいです。細かい調べはこちらで進めるので」


 大方この一件の処理が完了しようとした、その時。

「あ!!」阿久津が突然叫んだ。部屋中に声が響く。それは蘆屋が入ってきたときよりも尚反響していた。


「あ、阿久津君、ここは病室ですので」

「土御門さん! 思い出したんですよ俺。あいつに吹っ飛ばされたときのこと」

 慌ててなだめる土御門を、阿久津はそれ以上の熱量でまくし立てた。蘆屋は目を丸くしている。


 阿久津は痛む横腹も気にとめず、身体を起こした。


「俺、魚谷ちゃんが最初に向いた方向をすぐ確認したんです。そしたら確かに大っきな影みたいなのがあったんですけど、それはすぐ物陰に消えちゃって。気のせいかなーと思ってたら、一瞬鼻をきつい匂いが突き抜けたんすよ。まるで獣臭を更に凝縮した、頭がクラクラするような匂い。


 で、それが匂った瞬間に俺は風上を見たんす。だってその匂いがするってことは、風上にいるわけじゃないすか、その元が。それでそっちを向いた瞬間に、その方向から何かがあり得ないスピードで突っ込んできたんす。その後はもう土御門さんが見てたとおりなんすけど―――」


 二人は阿久津に注目していた。蘆屋は半信半疑のようだったが、純粋にこの話に興味があるようだった。


「その匂いってのが、あの子に最初に会った時にしてたような匂いと似てたんですよ。ね、土御門さん。あの子が始めに着てた服からしてたでしょ、なんか強烈な匂いが」


 土御門はそう聞いて顎に手を当てた。二人が駐在所に着いて彼女から服を脱がし、それからすぐにあの服は捨ててしまったが―――


「ああ、確かにそうだったかもしれない。私はあれを茂みの匂いだと思っていたが、獣臭だと言われればそれはそうかもしれない―――

 ともかくだ、あの服からしてた匂いと君に突っ込んできた奴とで同じ匂いがしたんだね。それは間違いないかい?」

「はい、その匂いの正体はともかく、同じ匂いがしたのは間違いないです。これはマジです、信用して貰って良いっす」


 土御門と蘆屋は顔を見合わせていた。これは二人にとって大きな情報だった。少女を再び連れ去った存在が、元々少女を捕らえていた存在と一致することを示す証言だったからだ。

 

 ふと、土御門が自分のケータイを取り出し、その場で画面を確認した。病院だからマナーモードにしていたのだろうが、何か重大な連絡が来たことは他の二人からしても明らかだった。


 阿久津と蘆屋の視線がそのケータイに集まり、三人を囲む空気は痺れていた。


「鑑識の結果が出た、あの場で広がっていた血は100%阿久津君のものだったらしい。そしてもう一つ、駐在所などで採取された彼女の毛髪から、少女のモノとみられるDNA情報が出たそうだ」


 蘆屋は目をすぼめている。これで、あの場に少女が確かに存在したという証明はなされた訳だ。それはそれで小学校の謎は残ってしまうわけだが、一つ事実が明らかになったことで阿久津と土御門は心をなで下ろしていた。


 少女と化け物の正体。そして少女の身元と安全。分からないことだらけのままその場の空気は一転することなく、蘆屋の退出によって一時閉幕という形となった。




「阿久津、ただいま戻りました」


 駐在所の扉を開いて、大きな声で呼びかけた。それに応えるように、普段土御門が使っているデスクから声と頭がこちらを覗かせた。


「ああ、おかえり。あれから中々お見舞いに行けなかったんだけど、その後お腹の調子はどうかな? 退院できている訳だし、多分大丈夫なんだろうけど」

「はい、完璧ですよ。ちゃんと塞がりました。まだ雨の日とかはちょっとムズムズしますけど」阿久津は傷に優しく触れる。

「そうか、なら良かった。でも無理しないようにね」


 阿久津が自分のデスクに荷物を置き、その後で土御門のデスクに出向くと、そこには意外な光景が広がっていた。


「土御門さん、この書類の山は一体―――」


 土御門のデスクはいつでも整頓されており、たとえ資料が膨大になってきても、机の上にそれらが溢れるということはなかった。少なくとも、阿久津が赴任してきてからは、そんなところは見たことがない。

 それが今、土御門のデスクに留まらず隣のデスクまで浸食する勢いで書類が並んでいたのだった。


「これかい? いやね、巡回とかの業務をしながら調べ物も平行して進めていたら、いつの間にかこのざまだよ。後ね」


 土御門はそう言いながら山積みになっているものの中からいくつか書類を取りだした。


「君にも、共有しておきたい情報がいくつかあったんだよ。今後に関わるような、重要なものたちばかりだ―――少し場所を移そう」

 

 土御門は必要な書類だけを手に抱え、阿久津を別室に先導した。この部屋は特に名前がついているわけではなかったが、普段不審者や補導してきた少年などの話を聞く空間として使われており、所謂尋問室のようなものだった。


 土御門はそこにつくと、中央を陣取る大きなテーブルに写真や報告書を乱雑に並べた。そこには死体の写真やその犠牲者の身元などが書かれた書類などがあり、見たところ大分古い事件のようにみえた。


「唐突だけど、阿久津君はどうして私がここに赴任することになったかは知っているかな」


 阿久津は並べられていく書類を目で追っていた。


「あくまで噂ですけど、あれですよね。この付近で不審死が繰り返されて、その謎が全く明らかにならなかったから土御門さんが呼ばれた、みたいな。それで土御門さんが赴任してきてからはそういう事件は一切起こらなくなったって話ですよね」

「それ、蘆屋さんに聞いたんでしょう?」

「そう、そうです。といってもあっちが勝手に話してきただけなんですけどね」


 阿久津が「はは」と思い出し笑いをしていると、土御門は小さくため息をついた。


「それね、正確には少し違うんだよ。不審死がぱたりと起きなくなったのは、実を言うと私が赴任するよりも一年くらい前からだったんだ。それでも過去の謎が解けていないのも事実だったから、私は以前の方針通りここに来ることになったけどね」

「え、でもなくなったなら良いじゃないですか。土御門さんの手柄ってことにしましょうよ」

「そうもいかないんだよ。これを見てくれ」


 土御門は書類の中から変死体の写真だけを取り出し、一番上に並べた。そこには年齢も性別も別々な痛々しい写真が並んでいた。

 変死体、といってもその姿はまるで人間が野生生物に食い荒らされたようにボロボロになっていた。四肢が無くなっているのが当たり前で、中には身体の一部しか残っていないようなものまである。

 

 写真とはいえ、その惨さに阿久津は顔を歪めた。


「ここから話すことは、すべて実際にあったこと、私が聞いてきたこと、いわば私から見た事実だ。でも決して、オカルト的な視点で考えろ、と言いたいわけではないことを、先に分かっておいてほしい。その上で、全部聞いてどう思ったかを聞かせて欲しいんだ」


 阿久津は困惑しながらも頷いた。そう話す土御門も何か落ち着かない様子であり、阿久津に話すことで改めて自分の中で整理しようとしているようにみえた。


「これらの死体が日柱村で見られるようになったのは、今から七、八年も前のことだ。報告書にもそう書いてあるから、間違いない。それ以前では特にこの村でこんな死体が散乱していることなんてなく、至って平和な村だったらしい。

 私も七、八年前に突然こんなことが起こるなんておかしいと思って、赴任して一年目の時に色々と調べたんだ。具体的には"こんなことが起きる少し前に何があったのか"ってのをね。だってこんなこと、なにかが引き金になっていないとおかしいじゃないか、普通に考えて。


 そしたら一つ、記事を見つけてね。この村の近く―――ほら、あそこの山だよ。あの子が出てきたという茂みと繋がっている山。あそこで大きな災害があったらしいんだよ。それが丁度八年前のことでね」


 土御門は書類の中から隣の市の新聞記事を取り出し、それを壁際に追いやられていたホワイトボードに磁石で貼り付けた。

 その記事は"猿手山の中腹 大規模な土砂災害か"という見出しで飾られており、そこには山の一部が露わとなった写真が一面を飾っていた。


「―――これが不審死と関係が?」

「まあまあ、もう少し聞いてくれ。本題はこれからだ」


 あからさまに困惑する阿久津を見て土御門は少し微笑み、その記事と共に話を続けた。


「この土砂崩れがあってから約一ヶ月後、そこを境にこの不審死が始まっているんだ。大丈夫、心配しなくても私も初めはこんな記事見向きもしなかったさ。だってどう考えても関係ないからね。

 でもこの記事の下の方、見てくれないか」


 阿久津はホワイトボードに近づいて、小さな文字で書かれている記事に目を凝らした。


「ここに書かれているのは、この土砂崩れで、ある祠が流されてしまった、というものでね。その祠をずっと綺麗な状態で保っていた家系が復旧を急いでいることが書いてあるんだよ。

 正直これだけ見ても私はなにもピンとは来なかったけどね。それでも、これ以外不審死が始まる前に大きな事件や事故がなくってさ。藁にも縋る思いでこの家系に聞き込みをしにいったんだよ」


 土御門は再び書類の山からある報告書、といってもメモ書きのようなものをすくい上げ、ホワイトボードに貼り付けた。


「私はその一家を訪ねて、話を聞こうとしたんだ。初めは拒絶されてしまったんだけど、念入りにお願いしたら奥から人当たりの良いお婆さんが出てきて、色々と教えてくれたんだ。

 これがそこで聞いた話をある程度まとめたものなんだけど―――といっても、ここで聞いた話はほとんどが神話のようなものだったんだけどね」


 土御門はホワイトボードの端から水性ペンを取り出し、実際に聞いたことを話しながらまとめ始めた。


「この村と隣の市、猿山市には共通の逸話があるらしいんだ。それが猿の神様と犬の神様の話でね。あの山って猿山市とうちの日柱村、どっちにも面しているだろう? どうやらあの山には二匹の神が宿っていて、猿山市に面している側が猿の神、日柱村に面している側が犬の神なんだそうだ。猿山市って名前も、そこから取っているんだとかで。

 それでね、一番重要なのが猿の神と犬の神の特性なんだけど―――どうやら猿の神は大昔から人を食い荒らしていたらしいんだ。それに対して犬の神はそんな猿の神から人間を助け、必要とあらば猿の神に狙われている人間をしばらく匿うこともあったそうだ」


「それってもしかして―――」


 土御門はペンで犬の神という文字と、先ほどの新聞記事を線でつなげた。


「この土砂崩れで壊れた祠、これが犬の神を奉る祠だったそうだ」



 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る