5-7 結果発表
昼休憩を挟み、結果発表の時間がやってくる。
ランチは梨那とかつ丼を食べに行った。ベタではあるが聖地を勝ち取りたいという気持ちを込めてのかつ丼である。遣都にも昼食に誘われはしたのだが、彼とあれこれ語らうのは結果が出てからの方が良いと思った。まぁ、梨那と二人きりでもプレゼンについて語ることはなかったのだが。
乃衣も人のことは言えないが、珍しく口数の少ない梨那はどう見てもそわそわしている様子だった。話題もかつ丼が美味しいという感想くらいだろうか。乃衣も「また『スタジオプリムラ』に行くことがあったら食べに来ましょう」という当たり障りのない返事をすることしかできなかった。
それくらい自分達の心はドキドキしているのだろう。
確かな自信と、先輩達のプレゼンに感心する気持ち。どちらも存在しているからこそ結果がどうなるのかがわからない。
聖地を勝ち取りたい――という思いももちろんあるが、乃衣は単純に興味があるのだ。『花束とアンドロイド』のアニメプロジェクトがどうなっていくのか。
すでに作品のファンになっているからこそ、ドキドキの中には楽しみな気持ちも含まれていることに乃衣は静かに気付いていた。
「皆さん、大変お待たせいたしました。改めまして、『花束とアンドロイド』の監督をさせていただいております。熊岡良一郎です」
午後二時。
再び会議室に『スタジオプリムラ』と『未来聖地巡礼案内所』の面々が集まる。
スクリーン横に立つのは熊岡監督だ。緊張感が漂う瞬間のはずなのに、彼の朗らかな笑みを見ているとほんわかとした優しい空気に包まれるのだから不思議なものである。
「結果を発表する前に、まずは今回のプロジェクトについてのおさらいから始めさせていただきます。スクリーンをご覧ください」
熊岡監督が手をかざすと、スクリーンに「オリジナルTVアニメーション『花束とアンドロイド』聖地巡礼プロジェクト」の文字が浮かび上がる。初めてプロジェクトに参加すると知った時の驚きを思い出しながら、乃衣は熊岡監督の言葉に耳を傾けた。
――『花束とアンドロイド』。
主人公は小説家志望の大学生、廿楽綴。ヒロインはアンドロイドのミオリ。メインになる舞台は二人がアルバイトをしている喫茶店だが、小説のネタになるような刺激を求めて綴がふらりと旅に出る。感情に乏しいミオリはいつもと違う行動に出た綴に興味を持ち、やがて旅に同行するようになった。
「『花束とアンドロイド』は大学生の青年とアンドロイドの女性の
説明する熊岡監督の隣で、スライドは綴とミオリの設定画へと移り変わる。
眼鏡をかけた背が高い男性が綴で、ロングヘアーのおっとりとした雰囲気の女性がミオリだ。熊岡監督の作品にしては大人びた印象があるな、というのが乃衣の第一印象だった覚えがある。
「二人とも口数の少ないキャラクターになります。それは二人の元々の性格であって、決して周りの環境のせいで窮屈な思いをしているからという訳ではないんです。むしろ周りが温かすぎるからこそ、自分を変えたくて旅をするようになったという感じでしょうか」
――周りが温かすぎる。
不意に発せられた熊岡監督の言葉に、乃衣は小さく息を呑む。
決して周りの環境が窮屈な訳ではない。……つまりは都会ではないということなのだろうか? と思った。しかし都会じゃないという意味では候補が多すぎる。半分以上が当てはまってしまうため、まだ期待をするのは早いと乃衣は息を整えた。
「さて、皆様もお気付きだとは思いますが、この物語は『花』を一つのテーマにしています。花のように二人の感情が色付いていって欲しい。そんな願いを込めていまして、最終話も花畑のシーンで締められたらと思っています」
と思ったら、熊岡監督から「花畑」のワードが出てくるや否や再び鼓動が騒ぎ出してしまう。乃衣と梨那としては、やはり『展望のキンセンカ畑』が浪木島で一番自信のある部分だ。
花畑だけで言えばどのペアにも負けない自信がある――の、だが。
(あ……)
乃衣は気付いてしまった。
熊岡監督は今、会場全体を見渡しながら話している訳ではないのだと。ただ一点をじっと見つめていて、その表情はすでに喜びに溢れていた。
「僕達には衝撃だったんですよ。喫茶店の中にたくさんの花が飾られているというところも、その花達が幼馴染の花屋から仕入れたものであるということも。僕達は花畑のシーンばかりを想像していたので……いやぁ、本当に盲点でした」
言いながら、熊岡監督は照れたように頭を掻く。
その視線の先には――当然のように渚と遣都の姿があった。
「夕桐渚さん。宇江原遣都さん。僕達は奈岐村を綴とミオリが暮らす舞台にしたいと思っています」
やがて、熊岡監督の口から「奈岐村」の名前が挙げられる。
今この瞬間、『花束とアンドロイド』の聖地がはっきりと決まってしまった。自分が梨那とともに辿り着いた浪木島ではなく、選ばれたのは渚と遣都ペアの奈岐村だった……なんて。
(……っ)
そんなの、悔しいに決まっている。
乃衣はそっと下唇を噛んだ。
相手が部長だから仕方がない。自分達はまだ新人なのだから仕方がない。自分だって渚と遣都が見つけた奈岐村に衝撃を受けてしまったのだから仕方がない。――という気持ちも、きっと心のどこかにはあるのだろう。
でも、違うのだ。
乃衣の中に渦巻いている悔しいという感情は、どれだけ言い訳を並べてみたところで納得できるものではない。
本当は自分達だって、浪木島の素晴らしい風景を『花束とアンドロイド』のアニメの中に連れて行ってあげたかった。『展望のキンセンカ畑』の眩しい景色に包まれながら物語の結末を見届けたかった。地元を聖地にしたいという気持ちごとひっくり返してくれた浪木島に恩返しがしたかった。
(はぁ……っ)
叶えたかった想いのすべてが胸にのしかかってくる。
こんなにも感情がぐるぐると回るのは、プロジェクトに参加するのが初めてだからなのだろうか? 何年か経ったら、一つのプロジェクトに悔しいと感じることもなくなってしまうのだろうか?
(それはそれで寂しい気もするけど)
乃衣は一人、心の中で苦笑を浮かべる。
ひたすらに悔しさを爆発させていたらようやく心が落ち着いてきた。そうだ、今は落ち込んでいる場合ではない。自分は『未来聖地巡礼案内所』の社員だ。奈岐村を未来の聖地として盛り上げていくため、自分も心を切り替えなければ。
――と、思っていたのだが。
「奈岐村の決め手はやはり喫茶店でした。どこか懐かしく温かな内装に、日中と夜で雰囲気が変わる外観。そして何と言っても花屋との繋がり。綴とミオリが暮らす場所はここしかないと確信しました」
乃衣はふとした違和感に気が付く。
さっきからずっと、熊岡監督は「綴とミオリが暮らす場所」として奈岐村を褒め称えているのだ。強いて言えば隣町の海や水族館に触れるくらいで、もう一つの重要な場所であるはずの花畑の名前すらも挙がらない。
これはいったいどういうことなのだろうと思う。
(それくらい喫茶店が完璧だったってこと……?)
何とか納得できそうな言葉を思い浮かべるものの、どうにもしっくりこない。遣都もきっと同じようなことを考えているのだろう。完全には喜び切れていない様子だった。
しかし――ただ一人、渚だけが楽しげに口元を綻ばせている。
「熊岡監督。私の勘違いだったら申し訳ないのですが……。まだ何か大きなことを企んでいますよね?」
まっすぐ熊岡監督を見つめながら、渚は自信満々に訊ねる。
乃衣は反射的に「え?」と驚きそうになった。でもその疑問符はすぐに薄れていき、代わりに心の中にあるざわめきが大きくなっていく。
芽生えてしまった期待は決して独りよがりなものではないのだと。
何故か疑いようもなく言えてしまう自分がいた。
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