5-6 自然な形

 まず二人が紹介したのは喫茶店だった。

 名前は『珈琲こーひー喫茶きっさまごころ』。

 昭和レトロな純喫茶で、商店街や住宅街から離れた路地裏にぽつんと佇んでいる。外装も内装も懐かしい雰囲気に溢れているのだが、夜になるとテラコッタタイルの道に沿って置かれたガーデンライトが幻想的な空間を作り上げていた。


 旅がテーマの作品ではあるものの、喫茶店は物語の顔になる場所だ。店内での何気ないシーンだったり、喫茶店の外でのシリアスなシーンだったり。様々な顔が見られそうで、乃衣は心の中で感嘆の声を漏らす。


 商店街には花屋もあり、花屋の店長と『珈琲喫茶まごころ』の店長は幼馴染同士らしい。喫茶店の中に飾られている花はすべて幼馴染から仕入れているものらしく、『花束とアンドロイド』における花の存在がより一層深くなりそうだ。


(……花屋、かぁ)


 乃衣はそっと渋い顔になる。

 自分達はあまりにも「喫茶店」と「花畑(花のテーマパーク)」に執着しすぎていた。『花束とアンドロイド』にとって「花」がどれだけ大切なものかは、作品タイトルや資料でわかり切っていたことなのに。


 喫茶店の中に花がたくさん飾られていて、花達は花屋から仕入れたもので、花屋は幼馴染が経営していて……。まるで作品のためのようにすべてが繋がっていて、乃衣は静かに衝撃を受けてしまっていた。



 花畑はテッポウユリが有名で、ちょうど五月の今が見頃なのだという。家庭菜園の小さな花畑で、これまた花屋の店長の従姉が個人的に育てているという繋がりがあった。


「こちらの花畑を見つけられたのは本当に偶然で、元々は別のテッポウユリ畑に足を運ぶ予定がありました。これからテッポウユリ畑に行くんですよーという話を花屋の店長さんにしたところ、『実は私の従姉がね……』と教えてくださって」

「そうなんですよ。俺達も最初は『せっかくだから』っていうノリでした。でも実際に足を運んでみて思ったんです。綴とミオリの距離感をこのこぢんまりとした花畑で表現できるんじゃないかって」


 言いながら、遣都はどこか嬉しそうに微笑む。

 ある意味で『展望のキンセンカ畑』とは真逆の場所だと乃衣は感じた。キンセンカ畑は眩しいくらいの黄色やオレンジだが、こちらは落ち着いた白。映像化を考えると少々地味な気もしてしまうが、二人の心情を表すにはピッタリの場所だと思った。



 隣町にはコバルトブルーの綺麗な海や水族館、動物園、小さな遊園地があるという。

 その瞬間、乃衣ははっとして手元の資料を見た。『花束とアンドロイド』の聖地候補の指定として、喫茶店・花畑(花のテーマパーク)・花屋・商店街・田舎感のある路地裏・遊園地・水族館・動物園・海が挙げられている。

 必須なのは喫茶店と花畑だ。でも、どの場所もシーンとして欲しい場所として提案されていたのもまた事実だった。


(浪木島は田舎感のある路地裏くらい……? 島猫も考えようによっては動物園ってことにして良いかも知れない……けど)


 乃衣の眉間にしわが寄る。

 浪木島は魅力的な場所だ。それは自信を持って言えるのだが、もう少し指定された場所を加えられたら良かったと後悔する気持ちも芽生えてしまう。薄木原町は遊園地、風ノ瀬市は商店街・遊園地・水族館。思い返してみると風ノ瀬市にもポテンシャルがあったのかも知れない。


 でも――渚と遣都のプレゼンには、提案された場所すべてが含まれているのだ。

 確かに海と水族館と動物園と遊園地は隣町の観光スポットかも知れない。しかし奈岐村から少し足を運ぶだけで、『スタジオプリムラ』側が望んだ光景のすべてを見ることができるということだ。


(凄い……)


 乃衣はただ、感心することしかできない。

 条件を全部満たした場所なんて見つけられないと決め付けてしまっていたし、隣町を含めるなんて考えもまったく浮かばなかった。

 それに、


(あぁ、そうか)


 気付いてしまったのだ。

 奈岐村には『展望のキンセンカ畑』のような衝撃的な場所はない。

 だけど同時に、違和感のようなものが一つもないのだ。まるで元々『花束とアンドロイド』のために存在していたようだ、なんて言ったら大袈裟なのかも知れないけれど。

 アニメの聖地としてはあまりにも自然な形なのだと感じてしまう。



 奈岐村は基本的に田舎の風景の印象が強い。

 しかし喫茶店だけどこか不思議な雰囲気があって、アンドロイドと合わさることでますます特別な空間になると思った。


「奈岐村は決して派手な場所ではありません。ですが私達の答えは一つでした。ここしかないのだと。ここが『花束とアンドロイド』の聖地になるのだと。綴とミオリの繊細な感情を表すのにピッタリの場所なのだと。はっきりと思うことができました」


 堂々と宣言する渚の隣で、遣都は清々しい笑顔を浮かべている。

 その表情は、高松港の待合室で「俺が選んだ場所なんだよ」と嬉しそうに語っていたあの時とまったく同じ色をしていた。


 きっと、遣都が経験したのは乃衣とは違う種類の衝撃だったのだろうと思う。

 じわりじわりと胸を侵食していくのは確かな説得力で、遣都の心は自然と奈岐村へと向かっていったのかも知れない。……まぁ、結局のところは乃衣の憶測でしかないのだが。

 乃衣には遣都の考えのすべてを察することはできない。でも、自分が遣都の立場だったら絶対にこう思うことだろう。


 ――自分の選んだ聖地では駄目だったという悔しさよりも、ここだという自信が勝っているのだと。


 だから彼は笑っていられるのだろうと思った。



 プレゼンを終えて頭を下げる渚と遣都の姿を見つめながら、乃衣はうっすらと微笑みを浮かべる。

 乃衣が梨那とともに一つの答えを導き出したように、遣都も渚とともに辿り着いた場所がある。一組一組情熱を持って『花束とアンドロイド』の聖地を見つけ出したのだ。ここには十通りの『ここだ』に溢れていて、どのプレゼンも納得できる部分があり、熱意がこもっていた。


 ここから先は『スタジオプリムラ』の決断に任せるしかない。自分達にはもう祈ることくらいしかできなくて、ただただ鼓動が高鳴っていった。

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