5-5 アニメと聖地
自分達のプレゼンが終わったのだ。
手ごたえだってあったし、もっと安心感に包まれるものだと思っていた。でもまだ結果が出た訳ではない。
それに、ラストが渚と遣都のペアだというのも気持ちが張り詰める理由なのだろう。
「最後にご紹介させていただくのは『アニメ部門』の部長をさせていただいております、夕桐渚です。……お久しぶりですね、熊岡監督」
渚と遣都がスクリーン横に立つと、まずは渚がさらりとあいさつの言葉を述べた――と思ったら、すぐに熊岡監督に視線を向ける。
「あぁ、あの時の! そうですか。部長になられたのですね」
「はい、そうなんです。あの頃は『アニメ部門』に異動したばかりの新人でしたが、今回は入社一年目の彼とペアと組むことになりました」
「あ、はい! 宇江原遣都と申します。まだまだ新人ですが、夕桐部長とともに精一杯務めさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします」
渚に話を振られ、遣都は慌てて頭を下げる。渚の落ち着いた様子も相まって、遣都はかなり緊張しているように見えた。
(うわ、大丈夫かな。遣都頑張れ……ホント、頑張れ……)
乃衣は祈るようにして遣都を見つめる。
すると、不安げに揺れる遣都の視線がこちらへ向けられた。「しょうがない。さっきのお返しだ」と思いながら頷いてみせると、遣都もまた微かに頷き返す。
やがて、遣都は覚悟を固めたように挙手をした。
「あのー……。まったくの初耳なんですけど、夕桐部長は過去に熊岡監督のアニメのプロジェクトに参加したことがあるんですか?」
わざとらしくおどおどしながら、遣都は渚と熊岡監督を交互に見つめる。
もちろん普段のエセ関西弁のようなテンションではないが、少なからず肩の力は抜けたようだ。
「ええ、そうなのよ。私が『ドラマ・映画・一般文芸部門』から『アニメ部門』に異動して初めての案件が熊岡監督の作品だったの」
「そうだったんですか……。って、こういう話はプレゼン中にするものじゃないですよね。ホント、すんませんっ!」
やってもうた、と言わんばかりに顔を強張らせながら、遣都は高速で何度も頭を下げまくる。
正直、乃衣はさっきまでの遣都の様子を意外だと感じていた。
いつも笑顔で、誰に対しても明るくて、心の底から楽しんで仕事に取り組んでいる。いつもポジティブなオーラに溢れている彼が、緊張なんかに負けそうになるなんて。確かに彼だって一人の人間だし、悩むことだってある。だけど乃衣は不思議に思ってしまっていた。
期待しすぎとかそういう訳ではなくて。
遣都なら大丈夫だという謎の自信が乃衣の中にはあったから。
「でも、ペアになってみて夕桐部長はとんでもなく尊敬できる人だって再認識できましたから。熊岡監督のアニメのプロジェクトに参加するのが二度目なら、尚更納得しましたよ! いよっ、流石です部長!」
だから、プレゼンという場でもいつも通りの輝きを放つ遣都の姿が嬉しくてたまらなかった。ついうっかりエセ関西弁が漏れ出そうで不安になるくらい、今の遣都は生き生きとしている。
幼馴染だけど。仕事仲間だけど。ちゃんとライバルとして立ってくれている。
そんな遣都のことを気付けば真剣な眼差しで見つめていた。
「う、宇江原くん? ちょっと恥ずかしいからやめてくれるかな?」
「何でですか部長。それくらい俺達が提案する聖地が魅力的だってことを伝えましょうよ!」
「それはそうなんだけどね。うぅん……」
むしろ遣都の情熱に渚が押され気味で驚いてしまう。というよりも、熊岡監督もどこか困ったような様子だ。
(あれ、何か遣都の情熱が空回りしてない? 大丈夫?)
乃衣が再び不安になるのも束の間。
若干頬が赤らんでいるようにも見える渚が意を決したように口を開いた。
「熊岡監督。当時の私はまだ実写向けの感覚が抜けていませんでした。不甲斐ない部分もたくさんお見せしてしまったと思います。ですが、あれから五年が経ちました。アニメと、アニメにとっての聖地と、聖地にとってのアニメ……たくさんのものを見つめてきたつもりです」
渚の青碧色の瞳がまっすぐ熊岡監督に向けられる。
瞬間、遣都は驚いたような表情で渚を見た。渚は自分達にとっての部長だ。今まで完璧なところしか知らなかったし、完璧なのが当たり前だと思っていた。
だけど渚にだって不甲斐ないと感じてしまう時期があって、きっとたくさんのことを乗り越えてきたのだと思う。
「わかりますよ」
「……え?」
「顔つきを見ればわかります。単に条件に合った聖地を探してきた訳ではないと。アニメの世界に興味を持って、知れば知るほどに心が躍っている……なんて。それは流石に僕のエゴでしょうか」
言いながら、熊岡監督は照れ笑いを浮かべる。
渚ははっとなり、すぐさま首を横に振った。
「そんなことはありません。確かに『アニメ部門』に異動したのは私の子供がきっかけでした。でも今は違います。……お恥ずかしながら、アニメはまだまだ勉強中です。だからこそ、新しい世界を知る度に心が躍っているんです」
はっきりと正直な気持ちを伝えながら、渚もまた照れたような笑みを零す。
こんなことを思っては渚に失礼かも知れないが、乃衣には渚の姿が子供のようにキラキラと輝いて見えた。純粋なアニメへの興味が乃衣にも伝わってくるのだ。
「その証拠を今から見せていただけるんですよね?」
「はい、その通りです」
力強く返事をしてから、渚は遣都に目配せをする。
遣都が頷くのを確認すると、ようやく二人のプレゼンがスタートした。
「それでは皆様、スクリーンをご覧ください。私達がご紹介する最後の聖地候補。それは、沖縄県にある小さな村、
――奈岐村。
それが、渚と遣都ペアによる聖地候補の名前らしい。
(沖縄か……)
意外だ。……というのが、乃衣の率直な感想だった。
大学生の綴とアンドロイドのミオリ。二人の設定資料を改めて見てみても、沖縄という結論に辿り着くのが不思議に感じてしまう。きっと、感情をあまり表に出さない二人と雰囲気ごと温かいイメージのある沖縄はあまり結び付かないと感じてしまったからかも知れない。
(…………あ)
同時に、乃衣は気付いてしまう。
渚と遣都が聖地候補に選んだ場所は沖縄県だった。つまり、遣都が選んだ瀬戸内海の島ではないということだ。
――実はこれから行くところな、俺が選んだ場所なんだよ。
高松港の待合室で清々しい笑顔とともに放たれた言葉が脳裏に浮かぶ。心の底から嬉しそうな彼の顔を思い出すと、少しだけ切ない気持ちになってしまった。
だけど、
(そっか。遣都もなんだ)
切なさとは裏腹に、じわりと胸が熱くなっていく。
遣都も自分と同じような悔しさを経験したのだろうか? 悔しさを覆い隠してしまうほどに衝撃的な場所と出会ったのだろうか?
だったら良いな、と思いながら乃衣は二人のプレゼンに集中する。
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