5-3 二人の結末
さくら猫の説明を挟んでから、乃衣はまた梨那と視線を合わせる。
最後に紹介するのはもちろん『展望のキンセンカ畑』だ。
乃衣が「負けた」と悔しさを滲ませ、梨那が「やっと自分の力で見つけられた」と涙を流した特別な場所。
夕陽と、遠くに見える街並みと、海と山……。すべてが綺麗で幻想的で、綴とミオリの姿が自然と思い浮かぶ風景だった。
そして、
「皆さんはキンセンカの花言葉をご存知ですか? 私達も今回初めて知ったのですが、花言葉は『別れの悲しみ』と『忍ぶ恋』だったんです」
乃衣がキンセンカの花言葉を口にすると、会議室の空気が変わったような気がした。特に熊岡監督や脚本家、プロデューサーの顔色に変化が訪れたように見えたのだ。
気のせいかも知れない。
単にストーリー作りに関わる人の
だけど、乃衣は気付けば自信満々に言い放っていた。
「私達は二人の恋の行方まではわかりません。確かに、いただいた資料には『様々な場所を旅して心を通わせた二人が、物語のラストに想いを告げる大事な場所』、それが花畑だと書かれていました。ですが、厳密にどういう結末になるかは想像するしかなかったんです。なので私達は考えました。二人の恋はきっと一筋縄ではいかないものなのだろう、と」
まだアニメ化の企画が進んでいるだけで、『花束とアンドロイド』は表沙汰にはなっていない。強いて言えば熊岡監督が「新作が動き出している」とゲスト出演したラジオで口を滑らせたくらいで、実際のところはまだタイトルすらも明らかになっていないのだ。だから放映がスタートするのはずっと先の話で、『花束とアンドロイド』はまだまだ決まっていないことが多い。
何度かプロジェクトに参加している梨那に言わせると、ここまで資料が少ないのは珍しいことなのだという。「こういうエンディングを迎える」という情報は少なからずあって、完結に沿った聖地を探すのがいつもの流れだった。
でも今回は違う。
このストーリーだからこの場所になった――ではなく、この場所だからこのストーリーになった、という考えもまた一つの答えなのではないかと思うのだ。
ただ単に物語の舞台になるだけではなくて、この場所だから意味があるという聖地を見つけたい。聖地からもインスピレーションをもらいながら、一つのアニメーションを作り上げていきたい。
だから熊岡監督は『未来聖地巡礼案内所』に依頼をしてきたのではないか、と。それが梨那とともに辿り着いた答えだった。
「質問、よろしいですか」
「えっ、あ……はい、どうぞ!」
梨那が背筋をピンと伸ばす。
挙手をしたのは熊岡監督だった。
先ほどまで冷静だったはずの梨那の声が裏返り、一瞬だけ会議室に和やかな空気が流れる。しかし、熊岡監督が咳払いをするとすぐに緊張感が戻ってきた。
「少し変な質問になってしまうのですが……。二人の恋の行方が悲しい別れになるのか、忍ぶ恋へと向かうのか。お二人はどちらだと思いますか?」
――えっ?
と声に出そうになるのを、乃衣はすんでのところで堪える。
いったい何と答えたら良いのだろう、と悩んでしまうのが今の率直な気持ちだ。確かに自分達は場所きっかけで生まれるストーリーもありだと考えていた。
だけど、あくまで聖地を提案する立場の自分達が結末を明言してしまうのは流石に違うような気がする。
「それは、私達が口にすることではないと思うんです」
ゆっくりと、乃衣は本心を言葉にした。しかし微かに声が震えてしまって、あぁどうしようと視線を俯かせる。
「……あ」
すると梨那がぽんと肩に手を置いた。
何故だろう。梨那だって熊岡監督を目の前にして緊張しているはずなのに、瞳は爛々と輝いていて。
そっか、大丈夫なのか。と自然に思えてしまう。
小さく深呼吸をしてから、梨那はやがて乃衣の気持ちを代弁するかのように口を開いた。
「私も桜羽さんの言う通りだって思います。私達の仕事は聖地を提案することであってストーリーを考えることではありません」
言いながら、梨那は楽しげに口元をつり上げる。
憧れの熊岡監督の質問を否定するような言葉をぶつけているのに、どうして梨那は笑っていられるのだろう? もしや無理をしているのではないかと乃衣は不安になってしまう。
しかし、そんな乃衣の思考でさえも否定するように梨那は言葉を続けた。
「初めて『展望のキンセンカ畑』へ足を運んで、頭に花言葉を思い浮かべた時……私達の心は震えたんです。『別れの悲しみ』も『忍ぶ恋』も、どちらの結末も世界観に合っていると思いました。……でも、それ以上に」
ちらりと乃衣を見て、すぐに熊岡監督と視線を合わせる。
その横顔はどこまでも自信に溢れていて、同時に無邪気なものに感じられた。
「どっちの結末になるんだろうって、わくわくしました」
梨那の言葉に、乃衣は一瞬だけ息が止まりそうになった。
今の今まで理解していなかったのだ。熊岡監督の質問の意図も、『展望のキンセンカ畑』に辿り着いた時に芽生えた本当の気持ちも。
梨那が言葉にしてくれなければ、きっと気付くことさえできなかった。
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