3-2 浮かぶ光景
喫茶店のモーニングで朝食をとったあとは、高速バスで山梨県へと向かう。
……のだが、その前に
「待ってください先輩。名古屋土産なんですよね?」
ウキウキで買い物を済ませた梨那の手にある『自称・名古屋土産』を見て、乃衣が絶句したことが発端だった。
「うん、そだよー。あたしこれ大好きなんだ」
言いながら、梨那は思い切り「伊勢名物」と書かれた袋を揺らす。
梨那が買ってきたのは餅を餡子で包んだ有名な和菓子だった。名古屋駅で買えてしまうからか、名古屋名物だと思い込んでしまっている人も多いと聞く。
しかし、三重県出身である乃衣は声を大にして言いたいのだ。
「先輩、それは三重発祥のお土産です!」
……と。
乃衣に突っ込みを入れられると、梨那はわかりやすく目を丸くさせた。「え、嘘、マジ?」と呟くその姿は、乃衣をからかっている訳ではなく本気で知らなかったようだ。
「ホントだ……伊勢名物って書いてあるじゃん……」
提げていた袋をまじまじと見つめながら、梨那はほんのりと頬を赤らめる。
梨那が照れるだなんて、珍しいこともあったものだ。ちょっとだけ可愛いと思ってしまう。
これが所謂ギャップ萌えという奴なのだろうか? と、密かに思う乃衣だった。
再び高速バスに揺られること約四時間。
恥ずかしさのせいか、梨那は少しだけ大人しくなっていた。おかげでぐっすり眠ることに成功し、風ノ瀬市を巡る準備が整った気がする。
しかし今はちょうど正午すぎ。
まずは腹ごしらえから始めようということで、山梨県の名物であるほうとうを食べることになった。
太くて短めの麺に、カボチャや大根などの野菜、キノコ類、山菜などを味噌仕立ての汁で煮込んだ郷土料理、ほうとう。山梨県に来たことすらなかった乃衣だったが、初めてとは思えないほどに優しくて、ほっとするような味だった。
聖地候補とは関係のない場所ではあるが、ついつい乃衣はパシャリと写真を撮ってしまう。
「なんかこう、心が温かくなるよねー。やっぱり山梨と言えばほうとうってイメージあるし、一応写真撮っておくのもありだね」
「ですね。こういう郷土料理がアニメに出てくるのも、地元の人にとっては嬉しいことですし」
「うんうん。アニメきっかけで郷土料理を知ることもあるし、ウィンウィンだよね」
「そう、ですね」
返事をしながら、乃衣は「食べ物かぁ」と思う。
薄木原町では喫茶『猫ノ街』の「ねこまちカレー」があるが、別に郷土料理という訳ではない。もっと地域に寄り添った料理も出せばよかったと、乃衣は今更気付いてしまった。
すると、
「薄木原町のねこまちカレーもそうだし、ほうとうもそうだけどさ。知る人ぞ知る料理だったり、郷土料理だったり、そういうのがアニメの中でも描かれるってホントに凄いことだと思う。どんな作画になんのかな? って、実際の料理を知ってる身としてはわくわくしちゃうよね」
尚も嬉しそうに微笑みながら、梨那は言葉を紡ぐ。
本人としては別に何も考えていないのかも知れない。だけど乃衣にとっては心の中を覗かれたような気分になって、はっとなってしまった。
「…………ありがとうございます」
「え、何が?」
「その、ねこまちカレーの名前も出してくれたので。私、ちょっと不安に思ったんです。ほうとうみたいな郷土料理、薄木原町では紹介できなかったので」
「ほう?」
意を決して本音を零すと、梨那は何故か得意げな表情を浮かべた。
意味がわからなくて、乃衣は訝しげに彼女を見つめてしまう。
「良いじゃん。そういうの、どんどん言っていこうよ。本音で話してくれるの、本気で作品のために取り組んでる感じがして嬉しいからさ」
「……何か、上から目線ですね」
「ふふん。先輩だから当然っしょ」
ニヤリと笑いながら胸を張る梨那の姿を見て、乃衣は思う。
容姿や口調とは裏腹に先輩らしい姿は多いけれど、彼女は時折十九歳らしいあどけなさを見せることがあるのだと。……まぁ、それを言うなら先輩に向かって「上から目線ですね」発言をしてしまう自分だってまだまだ子供っぽいのだが。
ほうとうを食べ終えた二人が向かうのは、本日のメインの一つである花のテーマパークだ。
フラワーパーク『ウィンドミル』。
それが風ノ瀬市の花のテーマパークの名前だ。
薄木原町のブーケの庭園ほど敷地面積は広くないが、イルミネーションとはまた違った武器があった。
「わあ……」
足を踏み入れるなり、乃衣は小さく感嘆の声を漏らす。
目の前に広がるのはカラフルなチューリップの海。今がちょうど見頃で、来園客の姿も多くあった。
ブーケの庭園が薔薇で、『ウィンドミル』がチューリップ。どちらにも異なる魅力があり、花畑だけで考えると甲乙を付けるのが難しいだろう。しかし、『ウィンドミル』には特筆すべきポイントがあった。
それは、異国感を漂わせる大きな風車だ。
フラワーパーク『ウィンドミル』の敷地内に足を踏み入れた瞬間、乃衣はまるで一枚の絵画を見たような気分になった。
まるで絵の主役ように鎮座する風車に、華やかに彩るチューリップ。
「……っ」
「猫塚先輩?」
「あぁいや、想像以上にメルヘンでビックリしちゃった。ほら、さっきまでほうとう食べて山梨を満喫してたからさ」
「いやここも山梨ですから。……とりあえず、写真撮ります?」
乃衣の言葉に、梨那は「ん、そうだね」と頷く。
何故だろう。心なしか梨那のテンションが低い気がして、乃衣は心の中で首を傾げた。
そりゃあ梨那だって人間だ。今朝だって昨日の疲れからかローテンションだったし、彼女だってずっとハイテンションな訳ではない。
なのにどうしてか彼女の態度が気になってしまって、つい「大丈夫ですか?」と訊ねそうになる。
「先輩」
「んー、どした?」
「私、浮かびます。この画角の中に、綴とミオリの姿が」
しかし、実際に口から出てきたのはどうしようもない真実だった。
タブレット端末で写真を撮ろうとした時、自然と『花束とアンドロイド』の主人公・廿楽綴とヒロイン・ミオリがそこにいる姿が浮かんだのだ。
キャラクターの設定資料によると二人ともあまり感情を表に出さないタイプなのに、乃衣の頭の中では微笑みを浮かべていた。きっと、先ほど梨那が「メルヘン」と表現したように、この場所から温かいプラスの感情を受け取っているのだろう。
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