2-4 立派な案内士

 駆け足でイルミネーションの撮影をした乃衣と梨那は、予約していたカジュアルフレンチのレストランへと向かった。

 モダンな雰囲気のある木目調の店内にはグランドピアノが置かれていて、自動演奏が流れている。あまりにもおしゃれな空間に怖じ気付いていると、席に着いた梨那が不思議そうに首を傾げた。


「あれ。サクラちゃん、『ブーケの庭園』には来たことあるんじゃないの?」

「いや、その……ここのレストランは初めてなので」

「そうなんだ。でもホント雰囲気良いよね、ここ。イルミネーションを見ながら食事ができるなんてさ」


 言いながら、梨那は窓の外に視線を向ける。

 ちょうどライトアップされた水辺が目の前にあって、ムード満点だ。ついつい自分なんて場違いなのではないか? と思ってしまうのは無理もない話だろう。


「サクラちゃん、何を頼もう……か」

「あ。……すみません。つい、身体が勝手に」


 席に着くや否や、乃衣はごくごく自然な動作で窓の外の景色を撮っていた。

 タブレット端末でパシャリ、スマートフォンでもパシャリ。これでようやく安心して次の作業に移ることができる。

 この一日ですっかりこういう身体になってしまったようだ。


「うぅっ、サクラちゃん……。この一日で立派な案内師あんないしになっちゃって……」

「噓泣きするのやめてください。というか、案内師って言葉があったんですか?」

「いや、あたしが今作っただけだよ? だってわざわざ『聖地になりそうな場所を紹介する人』って言うのもめんどいじゃん?」

「それは、まぁ。そうですけど」


 本当は「今作ったんかい」という突っ込みを入れたかった。

 でも納得する気持ちの方が勝ってしまい、乃衣は思わず渋い顔になる。


「まーまー、そんな顔しないの。でもホント、レストランも良い雰囲気だよね。ここもデートシーンに使えそう」

「ですね。満席みたいですし、なかなか店内の写真を撮るのは難しそうですけど」

「だねぇ。まぁ、あとで店員さんに頼んでピアノだけでも撮らせてもらおっか。とりあえず今日は疲れたし、食べよう!」


 パチンと両手を合わせ、梨那はウインクを放つ。

 目尻に引かれたピンク色のアイラインも相まって、愛らしさが爆発している。先輩らしい頼もしい姿と一緒に可愛いポーズをしないで欲しい。不覚にもキュンとしてしまって、何とも言えない気持ちになってしまうのだから。



 乃衣はハンバーグステーキ、梨那はビーフシチューを注文し、しばらく無言の夕食タイムが訪れる。疲れのせいか想像以上に食欲はあり、おかわり自由のパンとともにあっという間に平らげてしまった。


 その後はホテルへ向かい、すぐさま温泉に入る。

 乃衣の中には確かな満足感があった。大きなポイントである喫茶店と花のテーマパークはおさえているし、デートスポットも多い。

 もしかしたら本当に聖地に選ばれるかも……なんて気持ちがない訳ではなかった。


「サクラちゃん、なんか満足そうな顔してるね?」

「な、何ですか。裸で近付いて来ないでくださいよ」

「いやいやここ露天風呂だし」

「でも今は貸し切り状態じゃないですか。もっと離れてください」


 つんと顔を背け、乃衣はゆっくりと梨那から距離を取る。我ながらツンデレめいた言動をしてしまった。

 でも、仕方がないではないか。梨那はただの先輩の一人で、ちゃんと話すようになったのはペアになってからのことだ。まだ彼女との距離感を測りかねているところだし、そんな彼女と二人きりで温泉だなんて、気まずいったらありゃしなかった。


「そんなに強張った顔しないでよ。さっきまで気の抜けた表情してたのにー」

「表情まで指摘されたくないです」

「もー。なぁに? もしかして、あたしのプロポーションに嫉妬してるとか?」

「そ、そんな訳ないじゃないですかっ」


 からかうように顔を覗き込んでくる梨那に驚いて、思い切り声が裏返ってしまう。これではまるで、本当に梨那のプロポーションに嫉妬しているようではないか。

 確かに普段のスーツ姿からして胸元は目立っていたし、ウエストは細いし、お尻や脚は適度な肉付きで……。


(って、私は何をまじまじと観察しているんだ……っ)


 心の中でノリ突っ込みをしつつ、乃衣は必死に梨那の視線から逃れる。

 やはり「先輩と一緒に温泉」は自分にはハードルが高かったようだ。本当はもう少しゆっくり湯船に浸かっていたかったが、自分のコミュ力の限界もある。

 部屋はシングルを二つ予約しているため、部屋に戻ればようやく一人の時間を過ごせるのだ。早く眠って一日の疲れを取ろうと、乃衣は露天風呂から立ち上がろうとする。


「サクラちゃん、もう上がっちゃう?」

「はい。ちょっと眠気が限界で」

「そっか。……じゃあサクラちゃん、また明日ね」

「…………」


 何故だろう。

 はっきりとした根拠がある訳ではないが、梨那の猫目がどこか寂しげな色をしているように見えた。まるで金縛りにでも遭ってしまったように、乃衣の足がピタリと止まる。

 しばらく彼女の瞳を見つめてしまってから、乃衣はわざとらしく肩をすくめてみせた。


「何か言いたいことでもあるんですか」

「えっ、何でわかったの? 天才?」

「思い切り表情に出ていただけです。それで、何ですか?」


 再び肩まで湯船に浸かりながら、乃衣は少しだけ梨那に近寄る。

 改めて、梨那と二人で温泉に入っているこの状況は不思議な感覚だ。すっぴんの梨那はいつもより優しい印象があって、髪型もツインテールではなくおだんごヘアーで落ち着いたイメージがある。髪を一本結びにしているだけの乃衣はそんなに変化はないだろうが、少なからず今の梨那は新鮮な姿をしていた。

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