第二章 私の生きる意味
2-1 ちょっとだけ頼もしい背中
二人で決めた三つの候補は無事部長の渚の許可が下り、すぐさまルート決めが行われた。山梨県の風ノ瀬市と、香川県の浪木島と、三重県の薄木原町。見事にバラバラな三つをどうやって回っていくのか。
悩みに悩んだ結果、薄木原町と風ノ瀬市を二泊三日で巡り、浪木島へはまた別日に一泊二日で行くことになった。
ということで、一つ目に巡るのは薄木原町だ。
まさか初っ端から自分の故郷になるとは思わず、乃衣は当然のように強大なプレッシャーに
「まーまー、肝心の喫茶店と花のテーマパークの目星は付いてるんだからさ。気楽に行こうよ」
梨那は明るく言い放ってくれたが、如何せん乃衣は聖地候補の場所を巡ることすら初めてなのだ。緊張するなという方が無理な話なのに、つい梨那の前では強がってしまって「いえ、大丈夫ですから」と冷たく放ってしまう。
まぁ、結局梨那にはバレバレで、
「またまた、強がっちゃってぇ。あたしっていう頼れる先輩がいるんだから安心してくれて良いんだよ?」
と、ドヤ顔を向けられてしまったのだが。
そんなこんなで訪れた薄木原町~風ノ瀬市、二泊三日の旅。
新幹線とバスを乗り継ぎ、まずは薄木原町で有名な遊園地『ススキハラテルメランド』へと向かった。
長時間の移動後に早速行くのが遊園地とは、我ながら驚きのルートである。しかし、乃衣達の目的は何もアトラクションを楽しむためではないのだ。
「さて、まずはメインゲートの撮影からだね」
「はい。そのあとはアトラクションをいくつか撮って、土産ショップと、ハンバーガーショップと……っていう感じですよね」
「だねー。最後に観覧車から全体の写真を撮って、『ススキハラテルメランド』は終わりだね」
言いながら、梨那は背負っていたカーキ色のリュックから一眼レフカメラを取り出す。
ちなみに、梨那の今日の服装はデコルテの開いた白ニットにデニムのホットパンツだった。いつもはスーツ姿を見ているから違和感がある――はずなのに、むしろ見慣れた姿に感じてしまう。
(圧倒的ギャル感……)
ピンクアッシュのツインテールも相まって、ただでさえギャルっぽさのある梨那のギャル度はすでにカンストしていた。オーバーサイズのグレーパーカーに黒スキニーを合わせただけの地味な乃衣とは大違いである。
「本当は観覧車以外のアトラクションにも乗りたいんだけどなー」
「先輩、仕事ですよ」
「ちぇっ、せっかくサクラちゃんと遊園地デートできると思ったのに」
「はぁ? ば、馬鹿なこと言ってないで早く撮りますよ」
「サクラちゃんすぐ顔が真っ赤になるー。かわいー」
八重歯を覗かせながら、梨那は楽しげに笑う。
当然のように乃衣は彼女を睨み付けたのだが、まるで効果がなく「ほらほら仕事なんでしょ」と至極真っ当なことを言われてしまった。
(この人、真面目なのかそうじゃないのか、本当にわからないな)
心の中で呟きながら、乃衣はじっと梨那を見つめる。
自分よりも背が高くてスタイルが良くて、ギャル感があって。普段の口調は軽いのに一度スイッチが入るとあっという間に先輩の顔になって。まったくもってよくわからない先輩だ。
「サクラちゃん、もうちょっとこっち来た方が良いかも」
「あっ、はい」
ちょいちょいと手招きをされ、乃衣は慌てて梨那に近寄る。
通行人の邪魔にならないちょうど良い場所を探してから、梨那は一眼レフカメラを構えた。
一つ目の撮影ポイント、メインゲート。「SUSUKIHARA THERME LAND」と書かれたゲートに、客を向かい入れるように生い茂るヤシの木。雲一つない青空に、家族連れやカップルの後ろ姿。
その中に『花束とアンドロイド』の綴とミオリの姿を思い浮かべると、乃衣の口角は自然と上がっていた。
「サクラちゃんはタブレットで撮影してくれる? それが終わったら自分のスマホでもよろしく。なるべく色んな媒体で撮っておいた方が良いから」
「は、はい。……すみません、ぼーっとしてて」
「いやいや、サクラちゃんは初めてなんだから仕方ないよ。それに、初めての時なんてあたしの方が酷かったし。旅行気分になっちゃってさ」
言って、梨那は乃衣の肩をポンポンと叩く。
それからすぐに撮影に切り替えて、「こんなもんかな」と次にスマートフォンを取り出した。
「サクラちゃんも良い感じ?」
「はい、大丈夫だと思います。私もスマホの方で撮ろうかと」
「そっかそっか、良いねぇ。ちょっとこっち寄ってもらっても良い?」
「……え?」
ニヤリと微笑む梨那に、乃衣は意味がわからず首を傾げる。
すでに乃衣と梨那は隣同士に並んでいるのだ。これ以上寄るのは、単なる先輩後輩の仲ではありえないのではないだろうか。もしかしたら梨那的にはもう友達だと思ってくれているのかも知れないが、残念ながら乃衣にとってはまだ「ちょっと苦手な先輩」である。
これ以上近付くのは無理、と思っていたのに。
「はい、サクラちゃん。いえーいっ」
「へっ? いや……ちょっ」
カシャッ、と梨那のスマートフォンが微かな音を漏らす。
肩を寄せ、頬と頬がくっ付きそうになるほどに顔を近付け、メインゲートをバックに自撮りをする。――それが、この一瞬で梨那が犯した行為であった。
「あはは、サクラちゃん変な顔。もう一回撮っとく?」
「…………先輩?」
「うわ、すっごい信じられないものを見る目で見てくるじゃん。いや待って? とりあえずあたしの理由を聞いて?」
自分はそんなにも凄い顔で睨んでいたのだろうか。焦ったように弁解を始める梨那に、乃衣はひっそりと恥ずかしくなって目を伏せる。
「さっきも言ったけど、色んな媒体で撮っておくのが大事な訳よ。もしかしたら綴くんとミオリちゃんが遊園地デートで自撮りするシーンもあるかも知れない。だからこれも大切な資料って訳!」
「……な、なるほど……」
確かに理由を聞くと納得できる部分もあった。この仕事において「写真」がどれだけ重要であることなのは理解していたつもりだったが、様々なシチュエーションを想定する必要もあるのだろう。
ただ楽しいだけに見えてやはり奥が深いものだ。
「だったら最初から言ってくれれば良いじゃないですか」
「いやいや、ゆーてあたしらって女同士だよ? それでもサクラちゃんは緊張しちゃうのかな?」
「うるさいですね死にたいんですか」
「……急に中二病になるじゃん」
「~~~~っ」
あまりにも的確な突っ込みを入れてくる梨那に、乃衣の怒りは恥ずかしさで縮んでいく。確かに「うるさいですね死にたいんですか」は中二病丸出しのセリフだ。
そんなセリフを社会人が先輩に向かって放ってしまったと考えると、ますます恥ずかしくなってくる。
「くくっ、あー面白い。サクラちゃんってホントにからかい甲斐があるよね」
「…………すみません、仕事中なのに」
「うーん……。サクラちゃん、とりあえず謝るの禁止ね? まずは楽しいって気持ちがなきゃ聖地に相応しい場所も見つけられないよ」
梨那は「ね?」と言いながら、コテンと愛らしく小首を傾げてくる。乃衣が頷くのを確認すると、「時間もないし、次行こうか」と歩き出した。
「はぁ、悔しいな」
小さな声で呟いてから、乃衣は梨那を追いかける。
梨那にからかわれることも、自分の不甲斐なさも。どちらも悔しくてたまらなくて、それでも落ち込むだけでは済ませたくなくて。
乃衣はただ、ちょっとだけ頼もしい梨那の背中をじっと見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます