1-7 聖地候補

「幼馴染くんとのデート、どうだった?」

「んな……っ」


 乃衣が遣都とともにオフィスに戻ってくるや否や、梨那は何の遠慮もなしに爆弾発言をしてきた。

 せっかく固めてきた覚悟がボロボロと音を立てて崩れていく。覚悟の代わりに芽生えたのはどうしようもない羞恥心で、乃衣の声はいとも簡単にひっくり返ってしまった。


「いきなり何言ってるんですか馬鹿なんですか! 遣都……宇江原くんは幼馴染ですけど仕事仲間でもあるんですよっ?」

「でもサクラちゃん顔真っ赤だよ? かわいー」

「かっ、可愛くなんかないです。可愛いって言葉は猫塚先輩の方がお似合いですから」

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃん。サンキュー」

「~~~~っ」


 ――何故だ。仕返しをしようとしているのに、どうしてこっちの照れが増しているんだ。


 乃衣は恥ずかしさで地団駄を踏みたい気持ちに駆られる。

 しかしここは職場で、目の前にいるのは先輩で、これから大事な話をしなくてはいけない場面なのだ。

 乃衣は思い切り咳払いをして、梨那をじっと見つめる。


「猫塚先輩」

「ツインテ先輩で良いよ?」

「……じゃあツインテ先輩。あの……聖地の候補の話なんですけど」


 相変わらず「ツインテ先輩」を推したい梨那に内心呆れつつも、乃衣は本題に入ろうと口を開く。すると梨那はふっと微笑みを浮かべた。

 彼女の黒紅色の猫目が急に優しさを帯び始めて、乃衣は思わず眉根を寄せる。ついさっきまで軽口を叩いていたくせに、不意に先輩の顔を覗かせないで欲しい。


 悔しくて、でも少しだけ安心する。

 そんな、自分でもよくわからない状態になってしまうのだから。


「どう、気になる場所あった? サクラちゃん、悩んでる様子だったからさ。聖地候補のピックアップに時間かける人も多いし、なんならもうちょっと待っても良いけど……どうする?」


 問いかけながら、梨那はコテンと小首を傾げる。

 一見あざとくも思えるその仕草は、まるで乃衣を気遣ってくれているかのようで。


「いえ、大丈夫です。……一つだけ、どうしても候補に入れたい場所があるので」


 ここで一歩踏み出さないでどうする、と思った。

 自分の鼓動が速くなっていくのを感じる。自分の故郷を聖地の候補に入れたいんです、なんて言うのは勇気のいることだ。

 だけど何故だろう。この先輩ならきっと受け入れてくれる。そんな自信がじわりじわりと芽生え始めて、気付けばじっと梨那を見つめてしまった。


「ふぅん」

「な、何ですか」

「いや、そんな顔もできるんだなぁって思って。あたし、好きだよ。その顔」

「……うるさい、ですよ。何なんですかまったく……。先輩も候補決まってるんですよね? 早く会議室に行きますよ」


 梨那の何とも言えないドヤ顔から逃げるように、乃衣はそそくさと動き出す。

 顔が熱いのは梨那の言動が変にストレートすぎるせいだ。決して自分がちょろい訳ではないと、必死に言い聞かせる乃衣なのであった。



 二人で小会議室に入り、向き合う形で席に座る。

 プロジェクトが発表された昨日とはまた違った緊張感があって、乃衣は密かに息を呑んだ。


「すっごい緊張してんじゃん。大丈夫?」

「……バレてましたか」

「まぁ、アニメの聖地が懸かってるんだーって思うとプレッシャーあるよね。まずはあたしの選んだ場所からで良い?」

「は、はい。お願いします」


 どうやら緊張しているのは筒抜けだったようだ。

 恥ずかしく思いながら乃衣はコクコクと頷く。「よしきたっ」と明るく呟きながら、梨那は二つの資料を机の上に出した。


 一つは山梨県の風ノ瀬かぜのせ

 山梨県と言えば果物のイメージが強く、果物を使ったスイーツが楽しめる喫茶店も多いらしい。資料の中にはまるで絵本のように可愛らしい喫茶店もあって、思わず目を惹かれてしまった。


 もう一つは瀬戸内海に浮かぶ浪木なみきじま

 島猫が有名で、隠れ家的な店が多いらしい。キンセンカの花畑もあり、ちょうど今の時期が見頃なのだという。


「私、島って行ったことないです」

「へー、意外だねぇ。ってことは、船にも乗ったことない感じ?」

「はい、そうなんです。……なので、ちょっとだけ楽しみです」


 梨那の紹介した場所はどちらも惹かれるものがあった。特に浪木島は何もかもが新鮮で、フェリーでの移動でさえもわくわくしてしまう。


「ん、良かった。あたしも後輩とペア組むの初めてだからさ。これで微妙な反応されたらどうしよーって思ってたよ」

「そんなことは、全然……。どっちも素敵だと思います」


 不意に零れ落ちる梨那の苦笑に、乃衣はすぐに首を横に振る。

 確かに梨那は一年先輩なだけだし、見た目もギャルで口調も軽い。だけど二つの場所を紹介している時の梨那は生き生きとしていて、自信に満ち溢れていた。不安に思っていたことが不思議なくらいだ。

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