1-4 幼馴染

 ほんの少しだけ打ち解けることに成功した乃衣と梨那は、二人でこれからの計画を立てた。

 まずは作品の条件に合った場所をいくつかピックアップすること。

 予算を考えると巡ることができる場所は三ヶ所で、最初にそれぞれが推したい場所を探すことになった。


「言っておくけど、後輩だからって遠慮しなくて良いからね。少なくとも三つのうち一つはサクラちゃんが決めて良いから、そのつもりでよろしく!」


 と、梨那からは言われている。

 三つの場所が決まったら部長の渚に提出。旅の日程とルート決めをして、実際に三つの地を巡り、最終的に一つに絞り、取材をしてプレゼンをする――という訳だ。


 わくわくする気持ちももちろんある。

 しかし、最後にプレゼンが待っていると思うと緊張してしまうのが現実だった。


(って、今はそんな先の心配をしてる場合じゃないか)


 梨那と一旦別れて自分のデスクに戻ってきた乃衣は、PCの前で頬を叩いて気合を入れる。

 何かを不安に思うより、今は自分にできる精一杯をしなくては。乃衣は『花束とアンドロイド』の資料を片手に、「喫茶店」と「花畑」が魅力的な場所を探し始める。


 しかし、日本というのは実に広いものである。

 自分の出身地である東海地方から攻めようとするだけで途方のない時間が過ぎてしまいそうだ。更には「この喫茶店の雰囲気良いかも!」と思っても花畑や花のテーマパークがなかったり、「この花畑……幻想的なシーンになりそう!」と思っても近場の喫茶店がチェーン店しかなかったりする。

 確かにチェーン店をモデルにした場所が出てくるアニメ作品も多いが、これは喫茶店にスポットを当てた作品だ。やはりここは特別な雰囲気のある喫茶店にしたいところだ。


(特別な喫茶店、か……)


 ふぅ、と息を吐きながら乃衣は天を仰ぐ。

 乃衣にも一つだけ、特別な喫茶店が存在する。高校生の頃まで毎週のように通っていた、いるだけでほっとする喫茶店。いつの間にか生活の一部になるような、そんな素朴な部分があると良いのかも知れない。


(んあー、難しいぃ……)


 ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしりながら、乃衣はデスクに突っ伏す。

 梨那から伝えられた期限は明日の昼休憩後だ。だからまだまだ時間はある。焦らなくても良いんだぞと自分に言い聞かせながら、乃衣はPCとのにらめっこを続けていた。



 ――これで良いのだろうか。


 翌日の昼休憩前。

 自分なりに二つの候補に絞ることができて、乃衣はそっと伸びをする。

 多分きっと、これで大丈夫のはずだ。だけど「これだぁ!」と力強く言えるものでもなく、乃衣は一人渋い顔をしてしまう。


「乃衣、ちょっとええか?」

「ん、何、どしたの」

「やー、その。昼飯、一緒にどうやろかと思ってな」


 珍しく歯切れの悪い様子の遣都に声をかけられ、乃衣は内心首を傾げる。

 彼は幼馴染だし、休憩時間に世間話をすることはあった。しかし昼食に誘われるのは初めてのことで、彼の態度も含めてやっぱり不思議に思ってしまう。


「いやでも私、今日もお弁当持ってきてるんだけど」

「そんなら俺もコンビニ弁当でも買うから大丈夫やで。いつもどこで食べてるんや?」

「すぐそこの公園だけど」

「……一人でか?」

「うっさい」


 まるで煽るような視線を向けてくる遣都に、乃衣はキッと牙を剥く。

 ちなみに遣都の瞳は二次元のキャラクターかと見紛うほどの糸目である。きっと黙っていたら謎の強キャラ感があることだろう。しかし開眼率は非常に高く、奥には意外にもつぶらな瞳がある。


 その瞳が、乃衣には不安定に揺れているように見えた。


「悩みがあるなら聞くから、その代わり……」

「乃衣の話も聞けって話やろ?」

「うん、まぁ、そんなところ。……ほら、コンビニ寄るんでしょ。早く行くよ」


 大袈裟に腕時計を確認する素振りを見せてから、乃衣はそそくさと動き出す。「おう」と自然体な返事をする遣都の姿に、乃衣は想像以上の安堵感を覚えていた。



 乃衣の膝の上には、自分で作った甘めの卵焼きに、たこさんウインナーに、お気に入りの冷凍からあげに、作り置きしておいたほうれん草のおひたしが彩りよく詰められた弁当がある。

 一方、遣都の膝の上にあるのはボリューム満点の幕の内弁当だ。


 子供達のボール遊びをする声が響くのどかな公園で、乃衣と遣都は二人並んでベンチに座っている。

 この公園は脳をリフレッシュさせるための大切な場所だ。新社会人の乃衣にとって、この一ヶ月は慣れないことの連続だった。だからこそ一息吐ける場所があるというのは安心できるもので、一人ぼっちの昼食の時間も寂しさはない。


「はぁーあ」


 だけど今は、隣に遣都がいる。

 幼馴染で、オタク仲間で、腐れ縁の宇江原遣都。

 幼い頃から一緒にいすぎて、職場まで同じになると知った時は「大丈夫だろうか?」と思っていた。よく知る人物が近くにいることで仕事がやりづらくなるのではないか、と。


 でも、蓋を開けてみれば良い距離感を保てていると思った。時々世間話をするくらいで、必要以上に関与はしない。


 それに。


「俺さぁ、夕桐部長の言う通りにしか動けてないんだよなぁ……」


 こうして、悩んだ時は愚痴を零すことができる。

 遣都がエセ関西弁を封印するのは、相当参っているという証拠だった。頭を抱える遣都の背中をポンポンと叩き、乃衣は笑う。


「遣都もそういう風に悩むこともあるんだ」

「そりゃそうだろ。俺だってただの人間だぞ」

「エセ関西弁じゃない遣都、違和感凄いけど」

「うるせぇ。こういう時までエセ関西弁だと格好が付かないだろ」

「はいはい、わかったわかった」


 からかうような口調で、乃衣は遣都の背中をさすり続ける。

 だったら普段からエセ関西弁を使わなければ良いのに、とは思わない。

 馬鹿みたいに明るいのが遣都の魅力で、エセ関西弁もとっくにその一部になってしまっている。心配ごとと言ったら、本当の関西人に聞かれたら大変だということくらいだ。

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