第1話 初めての狩り

「……は?」


 真は呆気に取られ、開いた口が塞がらない。

 目覚めると……目の前には数ヶ月前にに見ていた光景が広がっていたのだ。自分のいる場所はキャラクターの見た目を設定する、最初の宿屋やどやの受付だった。

 内装はボロボロ。隙間風がヒューヒューと音を立てている。少し肌寒さを感じる。

 俺以外は長髭を生やした受付の爺さんしかいない。爺さんは頬杖をつき、うたた寝している。


 「さすがに、飲み過ぎた……みたいだな、ははは」


 乾いた笑いがこぼれてしまう。目の前の状況がよくわからない。

 とりあえず、宿屋の中をうろちょろする。テーブルや壁を触ると硬い感触がある。動かそうとすると重さを感じることがわかった。


 (俺、コントローラーを持ったまま寝てたっけ?)


 『ANW』のコントローラーは物を持った際に振動する。しかし、重さなどは感じることはできない。


 (まぁ夢なんだからなんでもありか)


 とりあえず外へ出てみよう、そう思いドアに手をかける。ふと左を見ると、自分の姿が映った写し鏡が目に入った。


「おっ! 俺の夢、すげーリアルに再現されてんなぁ……1000時間もプレイしたから脳が細密に覚えてんだろうなぁ」


 自分が着ている服は豪華装備装着前の普段の装備だった。

 対属性魔法効果のある赤いマント。速さの上限解放のある茶色いブーツ。切れ味が究極まで鍛え上げられた最高級の片手剣。即死打撃軽減の胸当て。

 俊敏性がピカイチな、こだわり装備のままだった。実際に自分自身で装備できたことに胸が熱くなる。

 年齢は18歳で設定していたからか、肌艶が良く、そこそこのイケメンになっている。身長も175くらいのちゃうどいい感じだ。現実より少し身長が高い。ありがたいもんだ。


(せっかくの夢だもんな〜モンスターでも狩りに行ってみるかな)


 真が入り口を開けた時、後ろから声をかけられた。


「ちょっと〜お客さん! 料金払っ……ベチョッ!」


 急に宿屋の爺さんが話しかけてきた。行っている途中で入れ歯が外れ、地面に落ちた。それをすぐに拾って口に入れる。


(うわぁ……汚ねぇ)


「料金払ってねーんだけど!?」


 何事もなかったように爺さんは料金を請求してきた。唾のついた指をこちらに向けてくるので後退りしてしまう。

 支払おうと思い、ポッケに手を突っ込む。だが財布は無い。そもそも、お金の払い方がわからない。メニューを開く方法がわからないからだ。


(ゲームだとすぐに外へ出られたんだけどな……夢だから内容が変わってるんだな)


「お客さん〜お金ないのかい! なら、裏山でモンスターでも狩ってお金稼いできな! この、文無しがっ!!」


 爺さんに怒鳴られた後、店からつまみ出されてしまった。

 この村は冒険の始まりの村、『チュート村』だ。始まりというより、チュートリアルのための村だ。キャラクターはほとんど出てこない。

 じゃり道を歩いていると、

『称号:文無しの男を取得しました』

『装備効果:金が手に入らないと取り消しができないよ〜ん』

「…………ウゼェ」


 脳内に音声が流れ込み、頭上にいらない称号が現れる。こんなに腹立つ称号などなかったはずだ。本来称号はメニューを開いて装備することができた。だが、夢の中だからか、メニューは一切開かない。


(くそ、どうやってこれ外すんだよ! 装備効果の開発者、絶対性格悪いだろ!)


 不幸中の幸いは、この村にははほとんど人が出歩かないところだ。他のプレイヤーにこの称号が見られることはないだろう。


(とりあえず、モンスターでも狩って金を手に入れる必要があるな。確かこのまま丘へ向かえば裏山があったな)


 ◇◇◇


 真は裏山に到着した。中央には大きな樹木がある、ただただ広い草原だ。快晴ということもあり、ピクニックするとしたら気持ちが良いだろう。

 そんな草原を見渡していると初期モンスターウサッピが数匹、駆けているのを見つける。見た目はまんま白うさぎなのだが、柴犬の一回りくらい大きい。

 初期の頃は自分の素早さが低いため、剣を当てることが困難なモンスターだった。レベルが600ある俺にとってはすぐに倒すことができるモンスターだが、敢えてここは初期の方法を試すことにする。

 この草原で一番大きい樹木の根元に寝ているウサッピを発見する。片手剣を抜き、ゆっくりと足音を立てないように近づく。


(こんな戦法も夢だからできるなぁ〜結構緊張するもんだな)


 徐々に近づいていると、膝らへんに何か柔らかい温かいものが当たっていることに気がつき、足元をみる。


「……え、あれ? エンカウントしないな」


 膝には2匹のウサッピが擦り寄ってきていた。普通なら戦闘画面に移るはずだが……視界は何も変化しない。わかるのはウサッピたちが非常にもこもこしていて、やわらかいことだけだった。

 片手剣を鞘に納め、撫でてみる。

「ピィー」

 愛らしい鳴き声の後、お腹を見せてきた。実家の猫を触っているような撫で心地だった。いつの間にか樹木で寝ていたウサッピも近づいてきたため撫でてやった。


「ちょっと待って? 俺こんなに可愛いやつら……経験値のために切りまくってたのか?」


 少し……というか、かなりの罪悪感を感じた。今までは狩った後に肉や毛皮がドロップされ、それを売却して初期装備を購入したりしていた。これからANWをやる時はこいつらを狩るのが後ろめたくなってしまうだろう。

 ウサッピたちを撫でまくっていると丸くなり、寝てしまっていた。スピー、スピーと寝息を立てている。

『称号:もふもふマスターを取得しました』

『装備効果:愛らしいモンスターを撫で続けるとたまに眠らせることができるよ〜ん、知らんけど』


 再び、脳内に音声が流れ込む。やはり夢だからか、よくわからない称号を取得してしまう。

 起こさないようにそっと立ち上がり、その場から離れることにする。


(……そうえば、草原の先には小さい横穴があったよな。そこのモンスターを倒そう)


 草原を抜けると、横穴が見えてきた。


(ここのモンスターも初期にしては、素早いんだよな。あっちが気がつく前に、こっちから襲撃を仕掛けなくちゃな)

 いつでも剣を抜けるよう慎重に横穴に入る。


(確かここのモンスターは……体力が低いけど素早さがある、大きい緑色のトーカゲだったはずだったな。すぐに仕留められるはずだ)


 横穴を進んでいくと、モンスターの気配があり、大きい岩場に身を隠す。こっそりと顔を出し、様子を確認する。どうやらトーカゲが一匹、奥で眠っているようだった。


「これなら、すぐに狩ってドロップアイテムを売却できるな」


 剣を抜く。姿勢を低く駆ける。トーカゲが起きてしまう前に一気に距離を詰めた。

 真は勢いを乗せ、飛びかかった。


「くら……えっつ!?」


 ーー剣がトーカゲに突き刺さる数センチ手前で、真は手を止める。


「えっえぇーー。……こんな仕様無かったじゃん。こんなの、狩れないって」


 トーカゲのお腹の下には卵があった。

 今にも生まれそうなひびの入った卵がいくつもあったのだ。このトーカゲはこれからマザートーカゲになり、ベビートーカゲを育てていくことになるのだ。


「画面越しでは何も思わなかったのになぁ……目の前に命があるとこうも手を出せないもんなんだな」


 剣を鞘にしまう。トーカゲを起こさないよう、静かに横穴を出ることにする。


 いつの間にか外は雨が降っていた。風は強く、遠くから雷が聞こえる。


(あのウサッピたち、濡れて寒がってないかなぁ)


 真は完全にモンスターに情を抱いてしまっていた。黒い雨雲をしばらく見つめていると、唐突に火柱が上がるのが見えた。その方角はウサッピたちが居た方だった。

 真は居ても立っても居られなくなり、火柱が上がるところへ走り出していた。


ーー「お! 夢なのにちゃんと熱いな〜火のグラフィックもクオリティが高い。さすが夢だなぁ」


 草原に着くと、あの大きな樹木が燃え上がっていた。ANWは高度なグラフィックで有名なVRゲームだったがここまで現実に近い表現ではなかった。

 さすが夢。

 周囲を見渡してみたが、近くにウサッピたちの姿はなかった。


(よかった。きっと自分たちの巣に帰ったんだな)


 そう思い、溜め息を吐く。チュート村に戻ろうと、振り向いた際に何かを踏んでしまう。

 足を上げると、地面には丸焦げた屍骸が2体あった。


「っつ!? お前たち……もしかしてウサッピ、なのか?」


 しゃがんで屍骸を触ろうとする。しかし、触る前に屍骸が光だし、アイテムへと形を変えた。

『ウサッピの焦げた皮:安く売ることができる。特に使えるものではないゴミ。はやく売った方が吉』

『ウサッピの焦げた肉:食べると体力が極少量だけ回復する。まじで美味しくないし、普通食べない』


 アイテム上に説明が現れる。それを読んだ真は拳を地面に叩きつける。拳は突き刺さり、地面が抉れる。何か熱いものが頬をつたって落ちた。

 真は地面に落ちているアイテムを拾い、そっと抱きしめる。脳裏にもふもふとした触り心地が過ぎる。それと同時に、ウサッピたちを狩った奴への殺意が湧いてきてしまう。樹木は明らかに何者かによって燃やされた痕跡があったからだ。

 真はポケットにそれを突っ込む。目の前にウサッピの焦げた皮と肉をドロップしたことが表示された。


(あぁ、こんな気持ちになるならもっと強いモンスターを狩りに行けばよかったなぁ……)


 立ち上がった時、ふとウサッピたちは3匹いたことを思い出した。探知スキルを使いたいがメニューの開き方が全くわからない。


「メニュー表示! こいメニュー! 開けメニュー! オープンメニュー!」


 色々なポーズで叫んでみたがメニューは視界に現れなかった。その時、

 

「ピィーー!」


 森の方角からウサッピの鳴き声が聞こえた……ような気がする。


「今助けに行くからなウサッピーー!!」


 真は森の中へ突撃するのだった。

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こんな異世界に転生なんてしたくない! マインドフルネスERA @gennki1031

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