〜幕間《まくあい》〜 第45話 旅先の甘い苺ミルク

【この話は、旅の途中のひと場面。

 弥生とフリード様、ある二人きりの夜――。】




 夕方、フリード様の愛馬の前に相乗りさせてもらい、森や山々を超えやっと目的の街の宿に着いた〜。

 私は距離が密着してるフリード様に終始ドキドキさせられっぱなし!

 もうっ、心臓がもたないよ。

 だって耳元で「弥生お前、……ほんっと可愛いな」とか「この美しい景色だってお前の輝きには敵わないな」とか……囁いてくるんだもの。

 冗談なのか本気なのか分からないしっ!

 私の反応を見て逐一楽しんでるって感じで、その妖艶ささえ漂う美形な顔で悪戯な表情を浮かべたりしちゃってさ。


 見渡せば海岸沿いの港町は美しい白と青を基調とした建物が建ち並んでいた。

 白波が穏やかに打ち寄せ、潮騒が宿の部屋にまで届く距離です。

 海から吹く風が存外熱をはらんでいる。

 そうかと思って窓から外を眺めていたら、風向きを変え爽やかな海風が吹き出して。

 さっきまでの山手の方から吹き下ろしていた風が止んだ。


「フリード様、急に涼しくなってきましたね」

「風が冷たさを帯び向きが変わったな。……天気が一時いっとき崩れるかもしれん。弥生、外を眺めるのは構わんが、裏手の山岳方向の雲行きが怪しくなってきたらここの窓は閉めておけ」

「雨が入り込むからですか?」


 フリード様は椅子に座り愛用の刀剣を磨いていた手を止め、すくっと立ち上がり、窓辺にいる私の方に歩いて来た。

 私のすぐそばに来て、フリード様は窓枠に手を付き外をゆっくりと見渡した。


「ああ、そうだ。ちょうど潮目も変わり頃のようだな。潮位が上がる上に雨が降り出せば波が高くなるだろう。弥生、荒れた海には近づくなよ?」

「はい……」

「どうした? 顔を隠して。ちゃんと聞いているのか?」


 きゃっ、フリード様の顔が近いっ!

 つい、意識しちゃう。


「えっ! はっ、はい。……さっきから精霊たちが騒がしいですもんね」

「悪戯好きのする風の精霊は時々暴れたくなるそうだから、お前、誘われて宿を出ないよう気をつけろよ」


 チラッとフリード様を仰ぎ見ると、しっかり視線が絡み合う。

 近距離で彼に優しげに微笑まれてしまうと、私の心臓はドクンっと跳ね上がった。


「きっ、気をつけます〜」

「なんだよ? さっきからその反応さ……。今さら俺のそばが恥ずかしいのか? プッ……、クスクス。おかしな奴だな」


 からかうように笑ってフリード様がその美しいお顔を近づけてくるものだから、ますますどうしようもなく照れが襲ってきた。

 私はするりと抜け出すようにフリード様の横から移動する。


 魔法カバンの中から、保冷効果のある魔道具の水筒を探した。

 それにはフリード様と私にって、いただいたドリンクが入っている。

 中身はというと……。

 護衛としてという役目プラス料理の見聞を広めるためにフリード様の従者として付いてきたローレンツ料理長とアーロン副料理長。二人からの差し入れ。さっきそれぞれが私たちに、滋養と体の疲れを取る効果のあるお手製の薬草茶をくれたの。

 これはドラゴニア皇国ではポピュラーな回復茶らしい。


 私とフリード様は、泊まり宿のお部屋で晩ご飯をいただくことになったのだけれど、ローレンツ料理長とアーロン副料理長は宿の隣りのレストランと港町の酒場を見て回るんだって。


 主であるフリード様が泊まる宿の近辺の様子を、警護する二人が探ってくるみたい。

 怪しい人物や街に不穏な動きが無いか、不審な事件が起こっていないかなどを聞き込みするという。

 今回に限らず、毎回フリード様が視察に入る街や村や他国の時だって、常に周囲の情報を把握するのは必須だそうだ。

 フリード様はドラゴニア皇国の皇帝という立場上命を狙われることもしばしばだなんて、すっごく心配。

 いくらフリード様が強いって知っていても、予想していない不意打ちとかあったら怪我をしてしまうかもと思うと胸がぎゅっと痛むんだ……。変装だけじゃ、本気でフリード様を亡き者にしようと画策しているような悪い人たちの鋭い観察眼を防ぎきれないんだよね、きっと。


 私は心配な気持ちが次から次へと降ってくるのを打ち止めるべく頭を振ってから、気持ちを切り替えるようにティーポットとカップを魔法カバンから取り出した。

 茶器はいくつか持ってきたの。

 気分転換も大事だし、料理ごとに器を変えたりするのはけっこう大切だと思う。

 私、フリード様の気分を少しでも明るく軽くしたいもん。だから、その雰囲気に似合うと思ったティーセットを選んで、宿の簡素なテーブルに並べた。


「うーん、いい香り! フリード様、これ、ペパーミントティーに近いですね」

「……草原に生えてる野草の匂い、だな」

「ふふっ。フリード様ったら、野草って……。まあ、たしかに野草でしょうか。いや、栽培してるものかもしれませんよ」

「どっちでも俺の好みではない香りには違いない」


 私はしかめっ面のフリード様に笑ってしまいそうになったけれど、気を取り直して回復薬草茶を飲もうとカップを口に近づける。

 ふわっと爽やかな香りに癒やされる。

 私が【鑑定】をすると、ミントに近い香草で出来た茶葉でリラックス効果が高いと出た。

 体にも効き目があり、魔法力が微々だけど束の間高まるみたい。

 期待するおもな効力の一つには心の安寧だ。


「やだっ、フリード様! ププッ、さっきよりものすっごい顔してますよ?」

「仕方がないだろうが。すっげえ匂いだよな。女どもは特にだが好きなやつ多いよな。よく好んでそんな鼻にツーンとくるもん飲むぜ。俺は嫌いなんだよ、苦手なの、そういう薬草茶」

「フレーバーティ、美味しいのに。……ふふっ、フリード様はしかめっ面も美しいですけどね」

「はあっ!? 斬るぞ、弥生。いや、……今すぐ口づけてその余計なことをよく喋るお前を黙らしてやろうか?」

「なんでなんで。そうなるんですかー。喋る私のほうが付き合いやすいくせに! それに、だってだって、フリード様色気が凄いんですって。イヤがるのも魅惑的ですぅ〜。フリード様の意に反してでしょうが、駄々っ子みたいに拗ねてるのもかえって妖艶さがダダ漏れに溢れちゃうんですね。ちょっと私にイジワルさせてくださいよー。薬草茶、一口飲んで?」

「イヤだっつってんだろーが。」


 上目遣いでフリード様を見上げると、ジトッとした視線と出合う。


「やだー。フリード様、ちょっとだけ。ねっ?」

「なんでそんなに薦めるんだか……。まったく、弥生にそんな顔で言われちゃあ仕方ねえなあ。ちょっとだけだぞ?」

「やったあっ。だって私の【鑑定結果】もフリード様の心身の現状の疲れを10%取りますってあるんですよ? そりゃあ、薦めたくもなりますって」

「その程度の回復で俺は気が進まんがな。……回復ポーションの方が味がマシそうだ」

「フリード様ったら、なんか小声でぶつくさ言ってます? とにかく飲んでみましょうよ。もしかしたら食わず嫌い飲まず嫌いってこともありますよ? 口にしてみたらめちゃくちゃ好みかも〜」

「…………」


 フリード様はおずおずとカップを握り、ごくっと一気に飲み干した。


「……マズッ!」


 なっ、なんか可愛いっ。


「プハッ。な、なんですか! ヤバいですよ、フリード様。私、甘いキュンっと一緒に背筋がぞくぞくってしてきてますけどぉ。フリード様のその顔、萌えキュンします。眉間に寄った皺がまたそそりますねー」


 私はフリード様の眉間に人差し指をそっと触れた。

 背が高いフリード様のそんなところを触れるのは貴重だ。今はベッドのきわに並んで座っているから容易に届いてしまう。


「弥生、からかうのも大概にしろよな?」


 ズイッとフリード様が私に近寄り、手首を掴まれる。


「きゃっ。ちょっ、ごめんなさい。フリード様、怒りました?」

「いいや、怒っちゃいねえよ」

「……じゃあ、あのっ。……ねえ、フリード様。私にからかわれるのはお嫌いですか?」

「うぐっ、……ずりぃぞ。弥生のその顔こそ、俺の胸がとくんっと高鳴る。こんな風にじゃれ合うのは弥生となら悪くない。からかって煽って、俺がそれを許すのはお前だけだ」

「……ひゃあっ」


 不可抗力とはいえこんな姿勢……。ベッドに仰向けに転がってしまった私の顔を見下ろすフリード様、熱に浮かされたみたいに赤い顔してる。そして瞳の奥に甘く情熱的な光が灯って。


 私とフリード様の間に流れる甘い甘い雰囲気……変に緊張しちゃう。


 手を伸ばせばフリード様のどこにでも触れられる。

 フリード様の顔が私に近づく……、キッキスされちゃう〜!?


「フッ、フリード様っ!! 苺ミルクはお好きですかっ!? いっ、苺ミルクを飲みましょう。ねっ、ねっ? 美味しいですよ〜っ!」

「なんだよ、藪から棒に。……ふははっ、俺から逃げる口実か」


 私はフリード様を押し退けてがばっと体勢を起こした。


 慌てて苺ミルクを作る材料をソファに置いておいた魔法カバンから取り出していく。


「ふーん、苺ミルクか……。弥生が作るならなんでも美味そうだが、甘そうだな。……楽しみだ」

「美味しいですよ。新鮮な苺、凍らせておいたんです。冷たいシェークでもホットでもいけます。フリード様は温かいのと冷たいの、今夜はどっちが飲みたい気分ですか? ……フリード様?」

「……しばらくこうさせてくれ。盗賊退治や激務が続いたんだ。ここんとこ殊の外特にさ、忙しかっただろ? もう俺、限界。弥生、お前が足りない」


 後ろからぎゅっとフリード様に私は抱きすくめられてしまう。

 抱きしめられた箇所から、どんどん熱を帯びていく。


「し、しばらくってどのくらいですか?」

「さあ」

「フリード様、『さあ』って……。甘えん坊ですね」

「仕方がないだろう? お前のことが好きなんだから」

「えっ! えっ、えっと〜」

「この距離で色々と我慢するの大変なんだぞ。それもこれも弥生、お前が可愛すぎんだ。魅力がだだ漏れすぎるお前が悪い」


 ひょっ、ヒョエ〜ッ!!

 甘すぎる、甘すぎますよ、フリード様ったら。

 私はフリード様からの過剰な愛情に溺れてしまう。

 絆され、溺愛が身も心も溶かして、体温が伝わり蕩けさせる。


「心地よい。……お前からの温もりが俺にちょうどぴったりとくる。お前の寄越す人肌とは気持ちいいな」

「ふっ、フリード様! 人肌が気持ちいいって……なんかやらしいんですけど?」

「はあっ!? やらしいかぁっ? 仕方がないではないか。他にこの状況の俺達の関係でしっくりとくる言葉が見つからなかったんだからさ」

「で、フリード様?」

「んんっ」

「いつまでこうしているんですか」


 本当は私だってこうしていたい。

 あんまり素直になっちゃうと止めどなく欲望が溢れちゃいそうで。きっと我慢できない。

 もっと抱きしめて、フリード様。もっと強く。

 もっと一緒に居たいの。本当はもっともっとずっといっしょにいたい。

 言ってしまったら、願ってしまったら、切なさが溢れて溢れてフリード様を愛しい気持ちが止まらなくなる。

 願ってしまえば、もしかしたらフリード様は全力で私の望みを叶えようとしてくれるかもしれない。

 フリード様をこの世界に置いてきぼりにしていきたくないとか、自分のわがままをぶつけてしまいそうになる。

 ――それはいけないことだ。

 だって、フリード様はこの世界にこのドラゴニア皇国に絶対に必要不可欠な存在の人だから。


 節度は脇まえないと。

 私のためにもフリード様のためにも。

 いずれ私たち、離れる運命なんだ。

 生きる世界が違うんだもの。

 私、きっと泣いちゃうだろうから。


「フッ……その凍った苺がほどよく溶けるまで――かな」

「もおーっ。前も言いましたけれど、フリード様。私を不意打ちに抱きしめてくるの止めてくださいよね。特にバックハグとか心臓に悪いです」

「弥生、どうして心臓に悪いのだ?」

「胸キュンしすぎて! ドキドキさせられすぎて心臓がドコドコドコーって早鐘みたいになるからですよっ」


 私がそう言うと、フリード様は最初くすくす笑ってからすぐに吹き出して大笑いした。


「フハハハッ。お前っ、本当に面白いやつだな。弥生といると感情が昂ったり揺すぶられたり、色んな思いが湧いてきてな。俺はすごく楽しいぞ」

「そっ、それは良かったです……ね〜」


 なんかなんかね、悔しいけれど。きっと私のほうがフリード様に楽しいって気持ちもらってる。フリード様といると、いつだって色んな感情がたくさん湧いてぐるぐると目まぐるしくって忙しい、胸が騒がしい。


 フリード様が好きだ。好きですっ! 

 甘くも切ないって気持ちもたくさん湧いてくる。


 じっとフリード様に抱きしめられて。

 凍っていた苺はすっかり溶けていた。

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【ドラゴン覇王の料理番】ただの料理好きJKが異世界召喚転移をさせられたので家族を捜し出してのんびりスローライフを楽しもうとしたら冷酷無慈悲なくせに甘党なイケメン皇帝の専属料理人に任命されちゃいました! 天雪桃那花 @MOMOMOCHIHARE

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