第44話 風のドラゴンの村里へ。弥生、さらに完璧な男装騎士に変身!

「弥生、今しばらく俺にしっかり掴まっていろ。着いたぞ、風のドラゴンの里村だ。うむ、……どうやら敵の襲来はまだのようだな」

「ここが、風のドラゴンの村里……!」


 私は来たことがない異世界なのに、このドラゴンの村里はどこか懐かしい。

 日本の田舎って感じの木造の建物や山々に川、田畑に海が広がる。

 巨大な風車と水車がいくつも回っている。


 なかでも目を惹かれたのは風を受けて泳ぐ色彩豊かな竜の形の大きな旗々だった。


「鯉のぼりみたい」

「んっ? 鯉のぼり……?」

「ああ、はい。私の住んでいる国では春に鯉を描いてかたどった布を空に泳がすんです」

「池や川に住む鯉を描き空に泳がすとは、実に優雅なもんだな」

「鯉は滝に昇り荘厳な龍に姿を変えると謂れがあるんです」

「ふーむ、面白い。そこの風のドラゴンの旗は単に目印であろうがな」


 悠長なことは言っていられないのに、風のドラゴンの里村があまりにのどかな雰囲気だもんだから、ついほっこりしてしまった。


「堂々と来訪を告げさせよう」

「来訪を告げさせる……?」


 フリード様が「火炎竜」と一言放つと、彼の肩辺りから魔法の炎で出来た真っ赤なドラゴンが紅蓮の軌跡を起こしながら、里村に飛んでいった。


「使い魔みたいなもんだ。さて弥生、お前は用意があるのではないか?」

「用意……ですか?」

「とぼけるな。ミントとバジルから何か渡されていなかったか?」

「ああ、そうでした!」

「はあ〜っ、まったく。……まあ、お前がいると無駄な緊張がほぐれる」

「それ、馬鹿にしてます? フリード様」

「いいや。褒めている」


 フリード様、ほんとですか?

 呆れ顔に見えますけど?



 私の肩掛けの小さな魔法ポシェットには魔法の小瓶がいくつか入っている。

 それはミントさんとバジルさんに、彼女たちが野営基地を出立する直前に渡された物なんだ。

 以前に貰っていた変身道具より、ずっと強力な変身が出来るらしい。


『ヤヨイ様! ヤヨイ様のために私たちはより高度な男装が出来る魔法を習得いたしましたから』

『そちらの妖精の加護アンクレットに詠唱を共に仕込ませておましょう。ヤヨイ様は魔法力は微弱ですが念じれば魔法が発動いたします』

『魔法の小瓶を思い浮かべて……「男装騎士になれ」と願ってください』


 私は今がその時だと思ったので、フリード様の了解を得て、念じてみた。

 とたんに体に鋭い痛みが奔って、力がみなぎって……背が伸びた!?

 ……あと、……見なくても分かる……胸がぺたんこになって……膨らみが無くなった!


「ほぉ……、より弥生は少年騎士っぽくなったってわけか」

「あっ、あの……フリード様。地面に下ろしてください」


 心なしか、自分の声も少し低く変わったみたい。

 それになんだか、フリード様にお姫様抱っこされてるままで、体の変化を感じ取られるのが恥ずかしい。


「いや、下ろさないね。フーリュンと葉月に会うまではこのままだ」

「ええっ、だって。なんか……」

「んっ? なんだ? 弥生。そうモジモジとせず、言いたいことはいつもの様に俺にはっきりと言え」

「あの、……すっかり男の子になったんです、私」

「だから?」

「どうも居心地が悪いというかなんと言いますか。上手いこと言葉にはっきり出来ないから、もどかしいのですが……」


 敵が潜んでるかもしれないと思っているからか、フリード様はゲラゲラとは笑わなかったが、密やかにくすくす笑い声をできるだけ押し殺すためか口を腕で隠した。


「可愛い弥生が、さてどこまで俺と同じ男になったのか、俺としてはかなり興味をそそられるな」

「冗談でもそういうこと言わないでください。今の私……たぶんほとんど完璧に男子です」

「上々じゃねえか。ミントとバジルに頼んだだけあるな。魔法による変装術はかねてからの研究対象だ。心配なんだよ。……その、……お前、魅力的だから。俺は賊どもに襲われて拐われるリスクと手痛い目に合わないようにしたかったからな」


 フリード様ったら、そんな風に心配してくれてて。だからミントさんとバジルさんに変装魔法をより強力にするよう頼んでたんだ。


「だが、野蛮な賊は野獣だ。女だけでなく美しい少年を襲う好き者もいるから、充分に注意しろ。……分かってんのか?」

「分かってます、フリード様」

「ニヤけてんぞ」

「ああ、ごめんなさい。これでも真剣なんです、だけど」

「だけど?」

「フリード様が私のこと、たくさん心配してくれてるんだなって思うと。……こんな緊迫ムードのなかだし、不謹慎ながらも……あの、……ちょっと嬉しくって」

「なっ!! ばかだな、そんなセリフ言われると照れるだろうが。……歯止めがきかなくなるから、可愛さをだだ漏れにすんな」


 フリード様はぷいっと横を向いてしまい、私からは表情が見えない。

 だけど、耳や首が熱をもってほんのり朱に染まっていた。




 空中を飛んでいるフリード様と抱えられた私――。

 ゆっくりと地上に降下する。


 風のドラゴンの村里の簡易的な丸太の門の前に行くと、血相を変えたフーリュンくんとお姉ちゃんが全速力で走って駆けつけてきた。


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