第十話 下仁田ネギ・それってどういう意味ですか?
「あらためまして。あけましておめでとうございます、主任。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いかしこまって新年のあいさつをしたあと、わたしと主任は陶器のタンブラーをかちりと合わせて乾杯した。
「というわけで。年末商戦もおつかれさま」
「主任もおつかれさまでした。やりきりましたね!」
「うん。やりきった。これでようやく、おいしい酒が飲める」
大晦日と同じく、ドリームシティは元旦も閉店が早い。主任の家のこたつにごちそうを広げ、慰労会兼新年会兼祝勝会がスタートした。
霜降り牛肉、中トロと鯛とサーモンのお刺身、
ローズモールと西川さんに完全勝利したお祝いに、食品フロアの各部門から、大量の高級食材をプレゼントされた。
一応、稲城さんにも「新年会に来ないか」と声をかけたけれど、今日は丸山さんと過ごすそうだ。もちろん、もらったお祝いは稲城さんと山分けした。いまごろ彼らも、ふたりで仲良くパーティをしているだろう。
青果自慢の
「んー! 霜降り肉も下仁田ネギも、とろっとろですねぇ」
「ヤバいな、霜降りと下仁田。口の中で一瞬でなくなる」
「高級食材はやっぱりひと味ちがいますね」
ふたりで「おいしい、おいしい」と言いながら、あっという間にすき焼きを平らげる。
ちなみに、主任の家にはすき焼き鍋などないので、わたしのティファールとイワタニのカセットこんろを持参した。
主任には「まさかこのティファール、四個とか五個セットの、取っ手がはずせるフライパンじゃないよな?」と聞かれたが、じつはそのまさかである。
また「独身の家になんでフライパンが四個も五個もいるんだよ」と呆れられちゃうから、ナイショ、ナイショ。
お酒は、唐島主任が六月に漬けたというブランデー梅酒だ。さすが青果主任。梅仕事もばっちりやっている。
お湯で割ってホットでいただく。南高梅を使った贅沢な梅酒は、とても甘く芳醇で、何杯でもぐいぐい飲んでしまいそうだった。ああ、おいしい。あったかい。お腹も頭もぽわぽわする。
そういえば、青梅の季節には、主任はまだ萌さんとつき合っていたんだっけ。
お刺身やテリーヌをつまみながら、わたしは酔った頭で考えた。
萌さんと別れてから、主任には新しい恋が訪れたんだろうか。職場ではそんなそぶりは見せないけど、もしかしたら好きな女の子ができてたりして。
もし主任に新しい彼女ができたら、こういう食事会や試食会をするのも遠慮しないといけないな。でもそれって、ほんのちょっぴり寂しいかも。
「ほら、瓜生。座ったまま寝るな」
主任に軽く肩を叩かれ、目を開く。年末商戦の疲れもあって、いつの間にかうたた寝していたみたいだ。
「大丈夫か? 自分の部屋まで帰れる?」
「はーい。らいろうぶれすぅ」
自分でもろれつが回っていないのがわかる。立ちあがろうとしたけれど、足に力が入らず、くたくたと床に寝そべってしまった。
「ぜんぜん大丈夫じゃないだろ。……あー、もう。今日はうちに泊まってけ。わたしのベッド貸すから。あ、こら。床で寝るな。風邪引くぞ」
主任がわたしに肩を貸し、ベッドに寝かせてくれる。
「しゅみましぇん、しゅにん……。おじゃましまーしゅ」
「はいはい。ちゃんと布団かけて」
主任がかけてくれようとした羽毛布団を片手で押さえ、わたしはもう片方の手でマットレスをぽんぽんと叩いた。
「ほら、しゅにんも、いっしょにねましょ。しゅにんのベッドなんれすから」
唐島主任は、呆れたように大きなため息をついた。
「あのなあ……。わたしがビアンだって知ってるだろ?」
「らって、しゅにん。『女なら
「いいから、酔っ払いはもう寝ろ。おまえは明日休みだけど、わたしは七時出勤なの。はい、おやすみ!」
主任はそういって、ばさりと掛け布団をかけてくれた。
ふわふわの羽毛布団からは、かすかに唐島主任のにおいがする。羽毛のぬくもりに包まれて、わたしは夢と現実の間を揺らぎながら、ゆっくり眠りへと引き込まれていった。
「やっと寝たか。意外と酒癖悪いな、瓜生は……。これからは、あんまり飲ませないようにしよう」
これは夢なのか、現実なのか。主任が苦笑いしながら呟いていた。
「まったく……。女なら誰でもいいってわけじゃないから、困ってるんだよ」
それってどういう意味ですか?
主任にたずねようとしたけれど、甘い睡魔に絡め取られたわたしは、すうっと眠りに落ちてしまった。
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