第九話 金時にんじん・迎春リベンジ

「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 翌一月一日。元旦の朝礼で、唐島主任が今年最初のあいさつをした。出勤しているわたしと稲城さん、バイトさんふたりも、背筋をしゃんとのばしてあいさつを返す。

 ほんの数時間前、年末商戦の健闘を喜び合っていたのに、年を越しただけで、とても清らかな空気になるのが不思議だ。


 パートさんたちは、今日は全員休んでいる。十二月にがんばってくれたことへの感謝もこめて、元旦はゆっくり休んでほしいと、主任が全員を休日にしたのだ。


 戦場のようだった昨日までとは打って変わって、今日青果売り場にはほとんどお客さまの姿はなかった。

 みんな、三が日にのんびりするためにおせちを作るのだから、元旦早々野菜を買いに来るひとはほぼいない。ちらほらお年賀用の果物と鍋用の白菜やネギが売れるくらいで、社員三人とバイトふたりの少人数でも暇なくらいだ。


 年末できなかった什器じゅうきの大掃除をしていると、唐島主任のポケットに入った業務用携帯電話が鳴った。


「はい。青果、唐島です」


 主任が電話を取るとき、「青果、唐島です」と応答するのが、わたしはとても好きだ。

 青果部門はスーパーマーケットの顔。その部門を統括する主任の、凜とした誇りを感じるから。


 いつかわたしも主任として、「青果、瓜生です」と電話に出る日が来るのだろうか。いやその前に、さっさと野菜ソムリエとらないと。もうすぐリベンジ試験を受けるから、がんばって勉強しよう。


 そんなことを考えながら、通話している主任を眺める。とつぜん彼女は稲城さんの方を向いて、にやにやと笑い出した。主任の視線を感じたらしく、稲城さんは不気味そうに後ずさる。


「はい。もちろんです。よろしくお願いします」


 主任は電話を切り、含み笑いをしながら、稲城さんを呼んだ。


「は、はい。なんでしょうか、主任……?」


 稲城さんは、不審そうに主任に歩み寄る。


「いま、ダイニングの主任から電話があってさ。あっちも暇でたまらないから、お年賀ラッピング要員に、丸山さんを派遣してくれるって」


 丸山さんの名前を聞いたとたん、稲城さんの顔が、ぼっと赤くなった。


「そういうわけで、留守番頼むよ、稲城。わたしは瓜生と一緒に、競合店調査行ってくるから。いくぞ、瓜生」

「はい! さっさと邪魔者は消えましょ、主任」


 真っ赤になって照れている稲城さんを残し、わたしと主任はローズモールへ向かった。


 前回は別々に入ったローズモールの食品フロアに、ふたり一緒に足を踏み入れる。

「迎春」の販促物はドリームシティと似たようなものだけれど、ローズモールの青果売り場には、まだ年末商材の八つ頭やくわい、金時にんじんが、山のように残っていた。

 うちの店同様、今日はローズモールの青果売り場にも、お客さまはほとんどいない。値引きシールの貼られた商品たちは、まったく売れていく気配がなかった。


 食品フロアの奥に、フェミニンな服を着た女性がいた。リビングブライト・ローズモール店・食品課課長、篠井香さんだ。

 篠井さんは、くやしそうに唇を噛みながら、わたしたちをにらんでいた。

 彼女に勝ち誇った笑顔を向け、わたしと主任はきびすを返した。


「勝ちましたね」

「うん。ドリームシティの圧勝だ」


 噛みしめるように言って、わたしと主任は、軽くこぶしをぶつけ合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る