第七話 シルクスイート・年末商戦本番
十二月二十五日の営業を終えると、ショッピングモールは一夜のうちにクリスマスから迎春モードに切り替わる。
わたしたち青果部門も、赤と緑のクリスマスディスプレイを撤去し、紅白のお正月の販促物を取り付けていった。
紅白幕で什器の足元をおおい、「迎春」と書かれたシーリングパネルやペナント、白と桃色の玉を連ねた餅花で、売り場を飾りつける。
クリスマス色が消え、正月モードに切り替わった売り場に立ち、わたしは
十二月のはじめから二十五日の今日まで、日割予算はほぼ毎日達成している。西川さんが作った前年同日までの実績も、しっかり上回っていた。
今年も残すところあと六日。この六日間でさらに売上を積み上げ、西川さんと篠井さんに、目に物見せてやりたい。
十二月二十六日から三十一日の間は、これまでの一年とはまったく違うものを売る。いわゆる正月商材だ。
たけのこの水煮やレンコン、お雑煮に入れる小松菜、せりなど、ふだんから店頭に並んでいるものは数量を増やして発注してある。
一年でこの時期しか見ない、八つ頭、百合根、くわい。なます用の金時にんじんと三浦大根も、質の良いものを戸塚さんが買い付けてくれた。
里芋は、伊予ブランドの高級ラインを用意してある。果物にも、お年賀用の箱入り市田柿やベリークイーン、紅まどんな、高級メロンがスタンバイしていた。
少しくらい高くても、正月には縁起物を食べて、良いスタートを切りたいと誰もが考えるものだ。お客さまの楽しいお正月をサポートするために、ドリームシティ青果部門は全力をあげて、最高品質の商材を取りそろえた。
そして、二十五日の夜に、課長に要求していた焼きいも機が搬入されてきた。
わたしは、鮮魚の田代さんを
「青果の女性陣は、みんな気が強いよなあ」と、田代さんは苦笑いしながらも、焼きいも用の電源を準備してくれた。
いまのわたしにとって、「青果の女は気が強い」は、賞賛に等しい。唐島主任に少しでも近づけたという証拠だから。
二十六日からは、元通り唐島主任が売り場を統括する。
主任の指示で、早朝、荷受け場から荷物を運び込み、どんどん品出しをしていった。パートさんたちもおしゃべりなど一切せず、馬車馬のように働いている。
開店後には、いつも以上にたくさんのお客さまが、先を争うように来店した。
次々売れていく野菜をカットし、おせち用の食材を売りまくり、お年賀用の果物の接客をし、ダイニングからの応援部隊にラッピングしてもらう。
わたしは品出しの合間に、紅はるかと紅あずま、そして至高の焼きいもシルクスイートを、フル回転で焼いていった。焼きいも機の近くには、食品フロアの会議で宣言したとおり、青果の部門コードで仕入れた栗の甘露煮も置かれている。
「いらっしゃいませー! ただいま、焼きいも、焼き上がりました! 焼きたてほかほか。シルクスイートと栗の甘露煮を混ぜるだけで、手軽に栗きんとんができあがります。どうぞ、ご利用くださいませ!」
甘いにおいに引き寄せられたお客さまたちが、焼きいも機の前に列を作る。
軍手をはめた手で紙袋にいもを入れ、「熱いのでお気をつけてお持ちくださいませ」と、お客さまにどんどん手渡していった。
わたしの
焼きいもが売り切れたら、次のいもをマシンにセットし、いそいで売り場の品出しに戻る。
人波をくぐって商品の補充をし、大声で呼び込みを続け、お客さまに声をかけられれば笑顔で接客をした。
手を止めればくらくらと天井が回るくらい忙しい。集中して働いていると、時間の感覚も忘れてしまう。
「瓜生、休憩行ってこい」
唐島主任に声をかけられ、とっくに昼を過ぎていることに気がついた。
バックヤードを足早に歩き、階段を駆け上がって、休憩室に飛び込む。年末商戦用に店長が用意してくれた仕出し弁当をかっこんで、景気づけに自販機の冷たいレモネードを一気にあおり、腕まくりしながらまた売り場に戻っていく。
年末のスーパーは、まるで戦場だ。去年のわたしは「みんなが休んでるのに、どうしてこんなに働かないといけないの」と、内心不満をいだいていたけれど、今年の年末は違う。
販売計画どおり、どんどん売れていく商品。いいお正月を迎えるために、縁起物の野菜を買っていく大勢のお客さま。去年の売上を超えるために、一丸となって働く青果の仲間たち。
ランナーズハイみたいなものなのだろうか。頭がのぼせるくらいのこの忙しさが、楽しくてたまらない。
たくさんのお客さまの向こう、緑色のスカーフをした唐島主任が、目にも止まらぬはやさで品出しをしていた。「いらっしゃいませー!」と呼び込みをする彼女の声が、心地よくわたしの耳に届く。
人酔いでくらくらした頭で「主任はかっこいいなあ」と思った。
このひとを勝たせるために。最高の売上を叩き出すために。わたしはこの年末商戦を戦い抜く。
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