第六話 白菜・青果で一番忙しい月
十二月の青果売り場は、一か月通してずっとかきいれ時だ。
寒い季節定番の鍋食材に加え、初旬から中旬にかけては果物のお歳暮需要がある。お歳暮が一段落すると、冬至のかぼちゃと柚子の出番だ。クリスマスイブには、ケーキに使うイチゴが売れる。
日々売るべき商品がめまぐるしく変わる。青果部門でもっとも忙しい一か月がスタートした。
白菜やネギ、大根、きのこなどの鍋やおでんの食材は、常にボリューム感が出るよう陳列する。一方で、お歳暮用の果物も、じゅうぶんな種類と量を準備した。
箱入りのミカンは数種類そろえ、迷っているお客さまには試食をしていただく。
「まるでゼリーのようだ」と近年話題の高級柑橘「紅まどんな」が、商品部からの陣中見舞いで届き、クルー全員で試食した。
高級な果物は、一点だけで高い売上と利益を確保できる。味と食感の特徴を頭に叩き込んだわたしたちは、自信を持って接客し、着実に売上へとつなげていった。
「瓜生、稲城。ちょっと来てくれ」
パソコンスペースにいる唐島主任が、わたしたちを呼んだ。
「わたしは、戸塚さんと年末商材のラインナップ練るのに集中するから、しばらくの間、稲城と瓜生メインで売り場を回してほしいんだ」
「え?」
「わたしは一切口を出さない。瓜生は野菜、稲城は果物。発注も売り場の運営も、ふたりで考えてやってみてくれ」
稲城さんはすぐに「はい」と答えたが、わたしは唐島主任の指示に、足がすくむ思いがした。
「野菜をわたしひとりで……、ですか?」
ダイニングバーで、主任は西川さんに「あんたの作った前年実績を塗り替える」と
「大丈夫だよ、瓜生。いまのおまえは、もう主任がつとまるくらいの実力はついてる。自信を持て」
わたしの恐怖心を見て取ったのだろう。唐島主任は優しく目を細めた。
「二十六日以降の年末商戦本番では、わたしが指揮をする。それまで瓜生は自分が考えたとおりに、通常発注と売り場の運営をしてくれ。わたしは、瓜生の判断を信用してる」
唐島主任が、ダメ社員だったわたしを、こんなに信じてくれている。
わたしは、大きく息を吸ってから、主任の目をしっかりと見つめた。
「わかりました。やります」
「まかせたよ」と言って、主任はわたしと稲城さんの肩を叩き、さっそく商品部へ出かけていった。
唐島主任が外出するとすぐ、わたしはパソコンスペースを借りて、デスクにいろいろな資料を広げた。
去年の品目別の売上データ、卸値の変動予測表、週間天気予報、近隣の小中学校の給食献立表と行事予定表。最近テレビで特集された食材リストや有名料理研究家のレシピ。SNSで話題の料理。
商品部に出張している戸塚さんからは、送り込み商品の事前連絡が毎日届いていた。
以前、西川さんからとつぜん送られてきたトマトとは違い、戸塚さんは質のいいものを低い原価で送り込んでくれる。定年まで東海事業部の
わたしはレイアウト図を広げ、ペンを持った。
明日、一番目立つ場所に置くのは、チラシ商品のネギ三本束と、戸塚さん送り込みの舞茸大パック。この棚だけで最低三十万円は売る。
鍋料理の材料をスムーズにカゴに入れてもらえるよう、白菜や春菊、水菜につなげる導線を作っていく。加工食品部門と競合してちょっぴり心苦しいけれど、青果の部門コードで仕入れている鍋スープのレトルトパウチも、白菜のそばに配置した。
どの棚で何万円の売上を作るか。日割予算を達成できるよう、売価と値入率を考慮しながら発注品目と数量を決めていく。
稲城さんの果物レイアウトとわたしの野菜レイアウトを突き合わせて、売り場全体の買い物導線も考える。
稲城さんは、紅まどんなと高級イチゴ・ベリークイーンを、強気で売る計画を立てていた。お互いの発注案も見せ合って、ゴーサインを出した。
発注を終えると、品出しがてら売り場を回り、常に商品のボリュームを維持するよう気を配る。
「酒井さん、白菜1/4カットを二ケース、野村さんは大根半カットを一ケース作ってください。長井さんと村瀬さんは午後便が来たので、荷受けと品出しお願いします」
「あいよ、お七ちゃん」
「まかせて!」
わたしの指示で、パートさんたちがテキパキと動いた。
キャベツや白菜のカットは、芯が平らで黄色いのが新鮮な証拠だ。少しでも芯が出っ張ったり緑に変色したら、すぐに値引きをして売り場全体に新鮮さを保つ。
ライバル店のローズモールは、売価が安い代わりに品質が落ちる。いまのドリームシティは、戸塚さんのおかげで原価も低く抑えられ、商品の品質も申し分ない。チラシ商品だって、ローズモールと互角の値段で出すことができている。
チラシで集客し、うちの店の品質の高さや品揃えの豊富さをお客さまに知ってもらう。口コミで「ドリームシティは
一時間ごとに上がってくる売上速報を見ながら、こまめに商品補充や売り場レイアウトの変更をし、チャンスロスを減らす。
もし、わたしがチャレンジしてミスをしたとしても、かならず唐島主任が守ってくれる。だから、わたしは安心して、売り場の指揮をとることができた。
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