第五話 栗・作戦会議

 ドリームシティ食品フロアの事務所に、課長と各部門の主任が勢揃いしている。


 青果、精肉、鮮魚の生鮮三部門。日配、加工食品、デリカ、ベーカリー、チェッカー、サービスカウンター。住居フロアからは、洗剤やトイレットペーパーなどを扱う日用雑貨部門と、ダイニング部門の主任も来ている。

 総勢十二名。みんな、怒りをたたえた目で、各自のデスクに着席していた。


 唐島主任の他、日配、加工、チェッカー、サービスカウンターの主任は女性だ。男女とも、主任たちはみんな三十代。うちの唐島主任だけが二十代で一番若い。


 西川さんの企業スパイの件で、食品フロアの緊急会議が開かれることになった。

 この事件について、一番事情に明るいのはわたしだ。資格も肩書きもない平社員の身だけれど、唐島主任のうしろに立ち、会議に参加している。


 唐島主任が、六月の商品マスタ消失と原価情報の漏洩について、詳細な報告をする。元同僚の裏切り行為を聞き、主任たちの頭上では憤怒のオーラが揺らめいていた。

 唐島主任の報告が終わると、課長が重々しく言った。


「こんな卑劣なまねをさせて、黙っているわけにはいかない。十二月の年末商戦では、ローズモールを叩き潰す。……とくに青果」


 課長は鋭いまなざしを、わたしと唐島主任に向けた。


「青果部門で大きな売上を出し、西川に一泡吹かせてやらなければ、気が済まない。頼むぞ、唐島主任」

「もちろんです。そのために、他部門のみなさんにも、ご協力をお願いします」


 唐島主任は、他の主任たちに向かって頭をさげた。


「青果からは、なにか要望がありますか?」


 サービスカウンターの主任が落ち着いた声でたずねる。さすが、お客さまからの雑多な要望をさばいている部門だけに、場の仕切りがうまい。

 唐島主任は、すぐに自部門の要望を出した。


「十二月は、青果のクルー全員を、品出しと接客に集中させたいと思っています。なので、お歳暮の配送伝票の処理、それから年末のお年賀のラッピングに、人員を補充していただけると助かります」

「お歳暮の時期はうちは余裕がある。パートさんを派遣してもいい」


 精肉の主任が、すぐに手を上げてくれた。


「ただ、精肉もクリスマスと年末は目が回るくらい忙しい。年末はどの部門も忙しいだろうが、クリスマスの二十四日に手伝いをよこしてくれると助かる」

「わかりました。青果はクリスマスイブはそれほど忙しくありませんから、うちから何人か出せるよう調整します」

「ダイニングは、年末のラッピング要員出せるよ」


 ダイニング部門は、食器の進物包装に慣れている。ラッピングの達人たちが助けに来てくれれば、わたしたち青果は商品を売ることだけに集中できる。


 主任たちの話し合いはスムーズに進み、お互い忙しい時期に人員を出し合うことで合意した。もちろん、青果部門が一番手厚く助けてもらえることになった。


 おおかた話がまとまったところで、唐島主任が背後に立っているわたしを振り向いた。


「瓜生からは、なにか要望があるか? おまえが一番の被害者だ。なんでも言ってみろ」

「はい、ひとつふたつお願いしたいことが」


 わたしは課長を見て、きっぱりと言った。


「年末だけでけっこうです。焼きいも機をもう一台、リースしてください」


 課長は怪訝けげんそうに眉をひそめた。


「焼きいも機……? なにに使うんだ?」

「焼きいもを焼くにきまってるじゃないですか」


 既存の一台では、ふだんどおり紅はるかと紅あずまを焼く。そして、もう一台を使って、シルクスイートをフル回転で焼くのだ。


「でも、青果にはもう電源がないだろう」

「うちの隣の鮮魚の天井に、あまってる電源がありますよね? それを青果に回してください。あと、刺身の冷蔵ケースに、うちの大葉と穂じそ、小菊、紅たでも置いてくださいね。年末には刺身と一緒につまものが売れます。ご存じとは思いますが、青果は鮮魚に大きな大きなおおーっきな貸しがありますから。嫌とは言わせません」


 一気呵成いっきかせいにまくし立ててから、わたしは腕を組み、課長と鮮魚主任を見下ろした。

 昇格試験のとき、わたしの点数が自分の部下に回されたことは、鮮魚主任も知っているらしい。少し怯えた目でわたしを見上げ、「わかった。協力しよう」と請け合ってくれた。


「それから、加工食品と競合して申し訳ありませんが、年末商材の栗の甘露煮を、青果の部門コードでも仕入れさせてください。シルクスイートと一緒に販売します」


 唐島主任が、面白そうに口の端を上げた。


「シルクスイートと栗の甘露煮で、『簡単栗きんとん』ってわけか」

「はい。至高の焼きいもシルクスイートで、お客さまにアピールします」

「至高の焼きいもは紅はるかだけどな。課長、わたしからもお願いします」


 わたしと唐島主任の圧に降参して、課長は焼きいも機のリースを承諾してくれた。


「以上。各部門の主任は、バイヤーとよく相談して、質のいい商品をじゅうぶん確保するように。では、解散」


「よろしくお願いします」と全員が唱和し、それぞれの売り場に散っていく。わたしと唐島主任も、青果売り場に戻った。


 キッチンでは、稲城さんと戸塚さん、パートさんたちが、真剣な面持ちでわたしたちの帰りを待っていた。みんな、すでに西川さんの裏切り行為を知っている。


「で、話し合いはどうだったのよ?」


 二十年選手のパートさんが、鼻息荒くたずねた。


「もちろん、ローズモールを叩き潰すのよね?」


 パートさんたちは、長年この売り場を守ってきた自負がある。社員以上に、西川さんの裏切りが許せないようだった。


「当然です。お歳暮の伝票処理とお年賀のラッピングに、助っ人を出してもらえることになりました。みなさんは、販売に集中してください」


 唐島主任が伝えると、パートさんたちは力強くうなずいた。


「でも、課長は『バイヤーと相談して商品を入れろ』って言ってましたけど、西川さんがクビになって、青果のバイヤーが減っちゃいましたよね。しかも、リビングブライトにうちの原価情報や取引先も知られてるし……」


 懸念を口にしたわたしの前で、主任と稲城さんが顔を見合わせてにやりと笑った。


「大丈夫。もう、商品部とは話がついてる」


 唐島主任はそう言って、戸塚さんに頭をさげた。


「年末商戦、よろしくお願いします。戸塚バイヤー」

「引退した老兵がしゃしゃり出るのは、ほんとうは控えるべきなんだけどね。ま、この年末だけは老体にむち打ってがんばるよ」


 戸塚さんは「やれやれ」といったように、肩をすくめた。みんなが期待のこもった拍手をする中、わたしひとりが目をぱちくりさせて、戸塚さんを見つめていた。


「へ? 戸塚バイヤー……? 戸塚さんって、バイヤーだったんですか?」

「なあに、お七ちゃんったら、知らなかったの? 戸塚さん、四年前に定年退職するまで、東海事業部の凄腕バイヤーだったんだから」


 いや、ぜんぜん知らなかったし。

 唐島主任が着任した日、稲城さんが「主任と戸塚さんは面識がある」と言っていたのは、このことだったのか。他人に興味がないと、こんな身近で重要な情報を見落とすのだ。

 聞けば、戸塚さんは定年退職後、実家のある関東に夫婦で戻り、会社から請われてドリームシティで嘱託社員として働くことになったのだそうだ。


「東海事業部と関東事業部では、取引先も少し違うからね。西川くんが手土産に持っていった情報には載っていない取引先もある。昔の伝手つてを使って、ローズモールに勝てる商品を買い付けてくるよ」

「というわけだ。商材については、戸塚さんにまかせておけば問題ない。ただ、戸塚さんが売り場から抜けて、ひとが足りなくなるから……」


 主任がそう言いかけたところに、パートさんたちが割って入った。


「戸塚さんの穴埋めに、わたしたちのシフト詰め込んでもいいわよ、主任」

「わたしたちフルタイムパートだから、就業調整しなくていいし。ガンガン働くからね」


 パートさんたちが、次々と名乗りを上げてくれた。


「いままで、土日祝は子どもの世話したり、旦那の昼ごはん作らなきゃって思ってたけどさ。よく考えると、子どもはもう大きいし、なんでわたしがゴロゴロしてるだけの旦那や子どものごはん作らないといけないのよ」


 そうよ、そうよ、とパートさんたちは気炎を吐いた。


「稲城くんだって、ちゃんと自炊してるじゃない? 男だから家事ができないなんて、そんなの嘘よね」

「あたしたちの世代は『男は外で働いてるんだ、夫の世話を完璧にやれ』って言われてきたけどさ。だったら、あたしが出勤で旦那が休みの日は、旦那がごはん作って待ってるべきよね。こっちだって、パートとはいえフルタイムで働いてるんだから」


 パートさんたち、西川さんへの怒りと、いままで家庭内で感じてきた恨みつらみが混ざって、大爆発したみたいだ。


「だから、家のことなんかほったらかして、わたしたちいっぱい働くわよ。どれだけでも、シフト入れていいからね、主任」


 唐島主任は嬉しそうに破顔した。


「ありがとうございます。みんなでがんばりましょう」


 これで、十二月の販売体制は整った。

 あとは、売上を取りにいけるよう、わたしたち社員が完璧な販売計画を立てるだけだ。

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