第四話 さつまいも・もう無能社員じゃない

 きのこの山対たけのこの里――いわゆる「きのこ・たけのこ戦争」のように、この手の論争は食品フロアのあらゆる部門に存在する。


 例えば、日配にっぱい部門の木綿豆腐VS絹ごし豆腐対決。加工食品部門では、中濃ソース派とウスターソース派が覇権を争い、デリカでは男爵コロッケチームとかぼちゃコロッケチームがしのぎを削っている。


 精肉はヒレ陣営とロース陣営がり合い、鮮魚ではサーモン対マグロの刺身闘争が繰り広げられている。聞けば、ダイニングもクレラップ党とサランラップ党の二派に分かれているそうだ。


 そして、わが青果部門にも、お互い譲れない戦いがあった。

 甘い香りが漂うキッチンで、唐島主任と稲城さんがにらみ合っている。

 今年はじめて、ソレイユマート・ドリームシティ店に、業務用焼きいも機が導入されることになった。

 初の焼きいもシーズンを前に、閉店後に社員三人でいろいろな種類のさつまいもを焼き、試食会をしているところである。


 なると金時、紫いも、安納あんのういも、ハロウィンスイート、シルクスイート、べにはるか、べにあずま。

 試食した七種類のうち、原価率や流通量などの観点から、すでに四種類が予選落ちしている。勝ち残ったのは、紅はるかと紅あずま、シルクスイートの三種類だ。


 主任がす紅はるかは、水分量が多く甘みが強い品種だ。焼くと、ねっとりした食感になる。

 対して、稲城さんが推す紅あずまは、水分が少なく、優しい甘さのホクホク系。

 そして、比較的新しい品種であるシルクスイートは、紅はるかと紅あずまの中間。その名のとおり、シルクみたいななめらかな舌触りと、スイーツの甘さを持つ、しっとり系の焼きいもである。


 これらのうち、どの品種を販売するかで、主任と稲城さんが、めちゃくちゃ揉めているのだ。


「稲城。わたしはおまえの能力を評価している。が、焼きいもに関してだけは、まるでセンスがない。お客さまが求めているのは、ねっとり系の紅はるかだ」

「お言葉ですが」


 いつもは穏やかな稲城さんが、苛立ちの滲んだ声で主任に反論をはじめた。


「僕も、唐島主任のことはとても尊敬しています。ですが、焼きいもを見る目だけは、ソムリエプロとは思えません。時代はホクホク系、紅あずまです」


 データを活用しようにも、弊社で焼きいも機が導入されること自体がはじめてなのだ。わたしはふたりの間に挟まって、おろおろするばかりだった。


「で、瓜生はどっち派なんだ?」

「あずまだよね? 瓜生さん」

「いや、はるかだろ?」


 ふたりからの圧がすごい。わたしは、上司たちの剣幕に怯えながらも、自分の意見を口にした。


「すみません。……わたしは、シルクスイート派です」


 はるかもあずまもおいしいけれど、シルクスイートには勝てない。

 そのまま食べてもおいしいし、焼きたてあつあつのシルクスイートにバニラアイスを乗せれば、口の中で甘くとろける至高のスイーツになるだろう。


 加工食品で売っている栗の甘露煮かんろにを混ぜたら、そのまま手間いらずの栗きんとんにもなりそうだ。シルクスイートのおいしさや汎用性はんようせいを、お客さまにも伝えたい。

 わたしの答えを聞いて、唐島主任が勝ち誇った顔をした。


「シルクスイートなら、どっちかと言えばねっとり系だろ。稲城、二対一で、紅はるかの勝ちだ」

「なっ……! ひどいじゃないか、瓜生さん。僕より主任を選ぶなんて」

「え、ちょっと待ってください。シルクスイートはねっとり系じゃなくて、しっとり系……」


 シルクスイートを激推ししようとしたけれど、主任と稲城さんのふたりからにらまれ、すごすごと引き下がった。

 主任資格を持つふたりに、仕事だけでなく迫力でも負けた。ここで踏ん張れないところに、わたしの弱さがある。これで、わが陣営シルクスイートの勝ち筋は消えた。


 はるかだ、あずまだ、と論争を続けるふたりに向かって、わたしは投げやりに提案した。


「じゃあ、どっちも焼けばいいんじゃないですかー? 『あなたはどっち? ねっとり対ホクホク、焼きいも食べ比べ』みたいなー」


 険悪な雰囲気だったふたりが、ぱっとわたしのほうを向いた。


「それだよ、瓜生さん」

「よし、採用! お客さまに答えを聞けばいいんだ」

「負けませんよ、主任」

「それは、こっちのセリフだ」


 社員の間でこれだけ揉めるくらいだから、きっとお客さまの好みも分かれるにちがいない。ねっとり系とホクホク系を両方用意するのは、理にかなっている。


 でも。

 ふたりにはナイショでこっそりシルクスイートも焼いちゃおう。わたしはひそかに企んでいた。

 いもを焼くのは、下っ端のわたしの仕事だ。さりげなくシルクスイートの発注量を増やし、裏メニューならぬ裏焼きいもを売ってやる。


 九月に入り、焼きいもシーズンがはじまった。ねっとり系・紅はるかとホクホク系・紅あずまに紛れ込ませ、ひそかにシルクスイートも販売する。


 半月たったところで、わたしは販売実績をグラフにし、唐島主任と稲城さんに突きつけた。


「どうですか。主任、稲城さん。シルク42%、はるか33%、あずま25%。シルクスイートの圧勝です」


 小鼻を膨らませ、わたしはふたりにドヤってみせる。

 明確な数字として表れた結果を見て、唐島主任と稲城さんは悔しがった。


「くっ……。まさか瓜生が、こっそりシルクスイート焼いて、データまで取ってるなんて」

「そんな。僕のあずまが最下位。なにかの間違いだ」

「言っときますけど、『チャレンジしろ』とか『データを取れ』とか、ぜんぶ唐島主任の教えですからね」


 わたしは鼻高々で、データの紙をひらひら振ってみせた。


「主任、稲城さん。数字がすべてです。潔く負けを認めてください。至高の焼きいもはシルクスイートです!」


 悔しそうにうなっていた主任と稲城さんは、お互い顔を見合わせて笑い出した。


「たしかに、『チャレンジしてデータを取れ』って、わたしがいつも言ってることだもんな。今回は瓜生の勝ちだよ」

「瓜生さん、いつの間にかこんなに成長して。僕も油断していられないな」

「うん。わたしたちも追い抜かれないように頑張らないと。そのうち瓜生にあごで使われるようになるぞ」


 ふたりの言葉に、胸の底がじわっと熱くなった。

 いままで、ただ見上げるばかりだった主任と稲城さんが、わたしを同等の存在として認めてくれている。まだまだレベルは段違いだけれど、少しだけふたりに近づけたような気がした。


 こうして、焼きいもはシルクスイートを中心に、紅はるかと紅あずまは脇役として売られることになった。

 いつも果物を買ってくれる篠井さんにも、わたしは焼きいもをおすすめした。オーブンでも焼きいもはできるけれど、専用機で焼いたさつまいもは、格段においしい。


「じゃあ、食べ比べで三種類買っていくわね」


 あたたかい焼きいもを抱えて、篠井さんは帰っていった。彼女がシルクスイート派だったら嬉しいな、とちょっと思った。

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