第二話 ニンジン・もうひとりの「野菜ソムリエプロ」
長期休暇も残すところ二日。わたしはフルーツ姫こと、篠井さんに連絡をした。
「相談があるので聞いてもらえませんか」とメッセージを送ると、「今日は仕事で遅くなってしまうけれど、夜の十時以降でよければ、この間のダイニングバーで会いましょう」と返信がきた。
篠井さんは、いつもどおりにこやかに現れたけれど、わたしが意気消沈しているのに気づくと、すぐに表情を曇らせた。
「相談って、あまりいい話じゃないみたいね」
わたしはあまり食欲がなく、篠井さんも仕事で食べてきたというので、お酒とチーズの盛り合わせ、野菜スティックを注文した。
ちびちびとニンジンをかじりながら、「わたしのせいで、友達の恋愛がダメになってしまったかもしれないんです」と切り出した。
主任の性的指向をアウティングするわけにはいかないから、詳細はぼかし「友達」だと嘘をついた。
「でも、そのお友達は、『瓜生ちゃんが原因で、彼氏とお別れした』とは言ってないんでしょう?」
篠井さんは、わたしの「友達」の恋人が「彼氏」だと思っている。勘違いしてくれていたほうが、都合がいい。
「はい。じつは、別れたともケンカしたとも聞いていないんです。ただ、いつも元気な友達が、落ち込んでいるから。たぶん、そういうことなんだと思います」
「そうねえ……」
篠井さんは、ちょっと考えてから言った。
「まずは、そのお友達の恋がどうなったかちゃんと聞かないと、話は進まないわよね。その上で、もしほんとうに瓜生ちゃんが原因でお別れしたのなら、誠心誠意謝るしかないわ」
「……でも、話をしてもらえるでしょうか」
「ありきたりではあるけれど、そのひとに、ごはんでも作ってあげたらどうかしら?」
篠井さんの提案に、わたしは黙ったままでいた。ゆうべ、お
迷惑ではないだろうか。「おまえのせいで、萌と別れることになった」と責められはしないだろうか。それが怖い。
「そんな暗い顔、瓜生ちゃんらしくないわよ。はい、あーんして」
篠井さんはカマンベールチーズを指先でつまみ、わたしの唇に押しつける。小さい子どものように、わたしは篠井さんの手でチーズを食べさせてもらった。
優しいひとだ。きれいで、完璧におしゃれをして、野菜ソムリエプロを持っているほど仕事もできて。
このひとが、わたしのほんとうのお姉さんだったら素敵だろうな。チーズを
「いつもの明るい瓜生ちゃんでいれば大丈夫。そうだ、お友達の気分を明るくするようなお料理を作ってあげればいいんじゃない?」
篠井さんは瞳を輝かせて、わたしにいくつかのレシピを教えてくれた。
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