第三章 初夏のゴーヤと土佐あまとう
第一話 ラニーバナナ・実験店舗
ソレイユマート・ドリームシティ店は、関東の旗艦店であると同時に、実験店舗でもある。
新しい商品が開発されると、まずうちの店に投入され、お客さまの反応しだいで、全国展開したり廃盤になったりする――、という流れができているのだ。
青果売り場にも、しょっちゅう珍しい野菜や果物が投入される。
主任の家で食べさせてもらったアイスプラントもその一例だし、ドラゴンフルーツなどの日本ではあまり見ない果物も常時陳列している。
最近では、二、三日前に、調理用のラニーバナナが入荷してきた。緑色のバナナで、皮も実も固い。一般的に出回っている商品ではないため、けっこう値段も高かった。
お客さまに、「このバナナ、どうやって食べるの?」と質問されるたびに、わたしは自信のなさを隠して、「これは調理用バナナですので、加熱してお召し上がりください」くらいしか答えられない。
ほんとうは、買って試してみるべきなのだろうけれど、どんな味かわからないバナナに、お金を出す気にはなれなかった。
来店した年配のご夫婦が、珍しそうにラニーバナナの前で足を止めている。
「すみませーん」とご夫人のほうに声をかけられ、わたしは内心冷や汗をかきながら歩み寄った。
「はい、いらっしゃいませ」
「このラニーバナナって、生で食べられるのかしら?」
ほらきた。わたしは、動揺を悟られないよう笑顔を作り、いつものセリフを口にした。
「こちらのバナナは加熱用でございます。生では固いし、甘みもありません。火を通してお召し上がりください」
「どうやって料理すればいいの?」
困った。どうしよう。お客さま、ラニーバナナに
返答できずに視線をさまよわせていると、すっと隣に緑色のスカーフの人影が立った。唐島主任だ。
唐島主任は、そつのない営業スマイルで、「いらっしゃいませ」とあいさつする。
お客さまには笑顔で接しているが、わたしに向けた横顔には、怒りのオーラが漂っていた。「ちゃんと、商品知識は身につけておけ」と批難しているのが、ビシバシ伝わってくる。こわい。あとで、ぜったいに説教される。
「こちらのラニーバナナ、わたしは薄切りにしてベーコンと一緒に炒めてみました。塩コショウで味つけすると、ジャーマンポテト風に仕上がります」
さすが、唐島主任。すでにラニーバナナを購入して、自分でちゃんと試食しているのだ。自主的に野菜ソムリエプロを取得するようなひとは、やっぱり新商品に対する興味のレベルが違う。
「油で揚げて蜜をからめると、大学いもっぽくなりますよ」
果物担当のパートさんが、品出しの手を止め、話に加わった。
「へえ、そうなの。おいしい?」
「はい。火を通す時間が短いとシャキシャキで、じっくり火を通すとホクホクになるんですよ。バナナというより、お芋だと思って調理されるといいと思います。ね、主任」
「はい、そんなかんじです。あと、皮が黄色くなるまで
主任とパートさんの話を聞いて、ますます興味を持ったらしく、お客さまご夫婦は、ラニーバナナを購入していった。
「森さん、ラニーバナナ買ってたんですね。大学いも風にするなんて、思いつきもしませんでした。わたしもやってみようかな」
感心したように、主任が果物のパートさんに声をかけた。
「ここの店って、珍しい野菜や果物がたくさん入るじゃない? わたし、いろいろ新しいものを試すのが好きなのよ」
わたしはひそかに安堵の息をついた。主任とパートさんが、新商品の話で盛り上がってくれたおかげで、叱られずに済んだ。
「でも、ベリークイーンみたいな高級品はさすがに買えないから、主任がおごってくれて助かったわ。あれ以来、お客さまに味を聞かれても、堂々と説明できるようになったから」
「ああ、なるほど。最近、やたらベリークイーンの売れ行きがいいのは、接客の質が上がったからか……」
唐島主任は、少し考えてから、キッチンにいるパートさんたちに向かって提案した。
「これから新商品買うときは、モニター価格で安くするので、社員に声をかけてください。あと、主な果物は、毎日全種類みんなで試食することにしましょう」
そこまで言ってから、主任はわたしをじろりと
「瓜生、おまえもちゃんと試食して、しっかり味の特徴を頭に叩き込んどけよ」
お説教から逃げられたかと思ったのに、けっきょく叱られた。わたしは恨めしく唐島主任を見上げながら、「はい」と小さな声で答えた。
主任の提案は、職場で大好評だった。社員もパートさんたちも、少量ずつとはいえ、毎日いろいろな果物を食べられるし、お得に新商品を買っていける。
珍しい商品を買ったパートさんが、みんなに口コミレポートをしてくれるので、そのレポートをもとに、全員が自信を持って接客できるようになった。
とくに、果物は野菜と比べて、単価も利益率も高い。ドリームシティ店の売上と粗利益は、前年を上回るペースで順調に推移していた。
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