第五話 アールスメロン・青果は世界一面白い
ひな祭り当日、わたしは遅番で出勤した。
今日は、嘱託の戸塚さんがお休みで、唐島主任と稲城さんが早番だ。わたしのアイデアどおり、クリーンルームの中では、カットフルーツ担当のパートさんが、せっせとメロンのフラワーカットを作っていた。
クリーンルームから出てくるメロンのパックを、わたしはドキドキしながら冷蔵ケースに並べた。
女の子を連れた親御さんや、祖父母らしいお客さまを見かけるたびに、「頼む、買ってくれー!」と心の中で叫んでしまう。手にしたパックを戻されれば落胆し、買い物かごに入れられたのを見ては、ひそかに喜びを噛みしめた。
結果で言えば、ひな祭り発注は成功半分、失敗半分だった。
夕方十七時ごろに、メロンが売り切れてしまったのだ。フルーツパプリカも、閉店一時間前に売り切れた。つまり、アイデアは当たったけれど、発注数を読み間違えた、ということだ。
「メロン、あと五個くらい余分に取っとけばよかったな。ここまで売れるとは思わなかった。チャンスロスだ」
閉店後、売上速報を確認しながら、唐島主任が悔しそうに言った。
早番だというのに、主任も稲城さんもまだ売り場に残っている。稲城さんはバイトの子たちと一緒に、売り場の商品を冷蔵庫に片付けていた。
「まあ、はじめての試みにしては
主任はパソコンのファイルを開き、来年への覚え書きついでに、売上日報を作成しはじめた。
信じられない気持ちで、わたしは主任の背後に突っ立っていた。
うそ……。わたしのてきとうな案が当たった……?
今の時期、メロンは高価だ。フラワーカットは、ひとパック1000円以上する。発注したたくさんのメロン――しかもカットしてしまったものが売れ残ったら、かなりの損害を出していただろう。
けれど、メロンは売れに売れて、大きな利益をもたらした。売上速報では、果物だけで昨年対比103%の売上を弾き出している。
なんだろう、この気持ち。
高揚感とでもいうのだろうか。胸がドキドキしている。
今まで、やる気もなく
「さあ、日報も書いたことだし、売り場の片付けするか。瓜生も、ぼーっとしてないで行くぞ」
「あ、はい」
慌てて、主任の背を追いかける。スイングドアを出る前に、唐島主任が振り返った。
「な、瓜生。読みが当たると、気持ちいいだろ? 自分の販売計画が正しかったか、青果はすぐに結果が出る。こんなにスピード感のある仕事は、ほかにはなかなかない。青果は面白いよ」
唐島主任は、着任してから見せたことのない、優しい目をして笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます