第五十七話 私が譲れないもの

「私は、私のことで美夜子に迷惑をかけたくないの」


 私はそう言うと、スカートをギュッと握り締めた。


「わかってる。前にも言われたし」


「だったらなんで相談しなかったの?」


「相談して解決することでもないでしょ。だから、しなかったし、私が断ればいいだけのことだから」


 美夜子は淡々と言う。私はそれが気に入らなかった。私は立ち上がると鞄を持って会議室を出た。


「ちょっと、陽菜ちゃん!」


 佐竹さんが追って来たのも無視して、私はエレベーターに乗り込んだ。

 外へ出てバスを待たずにタクシーで帰ると、お母さんに「何があったの。酷い顔してるわよ」訊ねられた。


「まあ、どうせ美夜子ちゃんと喧嘩でもしたんでしょ」


 私は黙って部屋に入り、ベッドに突っ伏した。枕に向かって大きな溜め息を漏らし、拳で何度もマットレスを殴りつけた。


「拗ねてどうするのよ、私」


 私は、自分のせいで周りが迷惑を被るのが嫌いだ。それは家族に対してもそうだし、誰に対してもだ。

 そして思う。やっぱり私は誰とも関わらない方がいいんじゃないか、と。

 それは間違っていると言う自分も居る。中学の時では無かった悩みに、私は頭の中を焼き切られる様な感覚になった。

 翌日、私は早めに家を出て歩いて学校へ向かった。美夜子と顔を合わせずらかったからというのもあるし、歩いていると不思議と考え事が進むからだ。

 通知が鬱陶しいスマホは機内モードにして、音楽を聴きながら私は歩いていた。

 途中、バスとすれ違った。時間的にも、美夜子が乗っているであろうバスだ。私は黙ってそれを見送って、歩く。

 晩秋の冷たい風が吹くと、冬の足音を感じ、散るまいとする楓の葉が幾つか空へと還り、寒そうな鳩が首を窄めていた。

 ローファーの踵がなる音を曲のテンポに合わせて歩いていると、校門の前で待っている美夜子が居た。


「なんで歩いてるの」


「歩きたかったから。悪い?」


 私はそう言うと、そのまま美夜子の横を通り過ぎた。

 教室に入ってからも、私達の険悪な空気を察知したクラスメイトは近寄りたがらなかった。過るのさえ憚られていたようだ。


「昨日の事だけど」


 美夜子がそう口を開く。


「私もちゃんと言えばよかったって思ってる。でも、言えば陽菜が苦しむと思って言わなかった」


 私は窓の外を見ながら、側から見ればそれは無視をしてるように見えただろう。

 そのせいか、それを見ていた唯が、私に近付き「ちゃんと話聞きなよ!」と怒鳴った。


「聞いてるよ。答えに迷ってるだけじゃん」


 私の冷徹で鋭い目を見た唯は少し狼狽えた。


「で、でも、美夜子は悪くないじゃん!なのに何でそんなに怒ってるのよ!」


「怒ってない」


「怒ってるじゃん!」


 唯はそう言うと、机を激しく叩いた。


「陽菜ちゃんはいっつもそう。そうやって自分は可哀想なんだって決め付けてさ」


 唯は泣きながらそう言うと、美夜子がそれを止めた。


「もういいよ、唯」


 美夜子はそう言うと、唯を私から引き離した。

 私は頭を掻きむしると、教室を飛び出した。

 追ってくる美夜子を振り切り、屋上へ辿り着いた頃、今朝の天気予報通りに雨が降り始めた。

 流れてきた涙と雨が混じり合うと、私は不思議と心が晴れ渡り始めた。


「夢だったのかな」


 私はそう呟き、目を閉じる。するとその時、強い風が吹き、私はよろめいた。

 落下防止用のフェンスにしがみつくと、それを見た追ってきた美夜子が私を抱き抱えた。


「早まらないで!」


「早まる?」


 私は首を傾げていると、また一つ風が吹く。


「風でよろめいただけだけど……」


「え?」


 美夜子は理解ができていないと表情で物語る。


「だから、風が……」


 私がそう言うと、恥ずかしそうに私を離して美夜子はその場に居直った。


「昨日からずっと悩んでた様子だったから」


「まあ、それはそう」


「私のせい?」


「それは……」


 私は黙った。それは誰のせいでもなく、私のせいでもある。

 それを上手く伝えるにはどうすればいいのか、考えていた。


「私は、陽菜のことならなんでも受け止めるって決めてる。だから、昨日行ったみたいなことがあっても、陽菜を思って行動してきた。それが間違ってたの?」


「間違ってない。間違ってはいないけど……それをひた隠していたのが嫌なの。前にも言ったけど、私のせいで迷惑を被ったなら、私にちゃんと言って欲しい。言って、欲しかったの……」


 私はそう言って俯くと、美夜子は自然と私を抱きしめた。


「ごめんなさい……。私も、そこは配慮に欠けてた」


「ううん、いいの。これは私の勝手なことだから。普通、言わない方がいいって思うもんね……そう分かってはいたんだけど」


 私は美夜子の腕をそっと掴む。


「私、信用されてないんだって思っちゃって……嫌なことだけど、言って欲しかった。もしそれで、美夜子が私に言わなくて、傍に居たくないってなると嫌だから」


「そうだよね……」


 美夜子は私を離すと、俯きつつそう言った。

 不機嫌だった空から日が差すと、それにより私達はスポットライトを浴びるような光に包まれた。

 その幻想的な雰囲気から、私はまるで夢みたいだと思うと、美夜子は「夢じゃないよ」と呟いた。


「戻ろっか」


「うん」


 教室に戻ると、授業が始まっており、雨で濡れている私達を先生は叱らずに気遣ってくれた。

 昼休みになると、唯は安堵のため息を吐いた。


「よかった、二人が仲直りして」


「なんで喧嘩してたの?」


「美夜子が隠し事してたから」


「怒るくらいの隠し事はいけないよね」


 南井はそう言うと、美夜子を見たが、美夜子は何故か首を傾げた。


「あれは、陽菜の勝手な拘りのせいだから、私は悪くはない」


「私は、私の事で美夜子に迷惑かけたくないからって言ったんだよ。私が悪いだけじゃないでしょ?」


「私は平気なんだから、それでいいでしょ? だったら、逐一報告しなきゃ駄目?」


「二人……仲直りしたんだよね……?」


 沙友理は苦笑いを浮かべながらそう言うと、三宅が「ある意味、健全だと思うけどな。こうしている方が。前までだとなんか、美夜子ちゃんだけがゾッコンで、陽菜ちゃんはなんか好かれてるだけみたいに見えてたから」と言った。


「対等になったってこと?」


「そうそう」


「そっか。それならいいか


「そうだね」


 私と美夜子は顔を見合ってそう言うと、唯は「もう夫婦みたいなもんか」と呟いた。






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