第五十六話 退屈な日々

 翌日になると、私はすっかり昨日の事は忘れていた。

 私は何気なく放課後に図書室を覗いてみると、やはり前田の姿があった。


「先輩、また来てるんですね」


「咲洲さんこそ、何か調べ物?」


 私は適当に本を探すふりをしていた。


「立山さんは一緒じゃないの?」


「美夜子はノート運びに駆り出されてて」


「そうなんだ」


 私はそう言うと、手に取った本を何ページか捲ってみた。


「それ、面白いよ」


「へぇ、そうなんですね。なんでも知ってますね」


「知ってることだけを教えてあげてるだけだよ」


 前田はそう言うと、澄ましたように髪を耳に掛けた。

 私はまた数ページ読むと、美夜子が入って来て、その本をすぐに本棚に戻した。


「お疲れ様」


「お、お疲れ様です」


 美夜子は少し戸惑いながら前田にそう言うと、私の肩を叩いた。それがきっと、早く帰ろうの合図なんだろう。

 校舎を出てバスに乗ると美夜子が寄りたいところがあると言い、いつもより長くバスに揺られた。


「ここ?」


「うん」


 美夜子が入って行ったのは雑貨屋だった。


「なんでまた?」


「そろそろクリスマスだし……」


「サプライズでプレゼントとか?」


「うん」


 美夜子は店内に飾られているアクセサリー類を真剣に見ていて、話半分に聞いていた。

 だからか、恐らくプレゼントを贈る対象である私が一緒であることを忘れていた。


「これとか、美夜子に似合うんじゃない?」


「私じゃなくて陽菜に似合うのを探してて……って!」


 ようやく気づいた美夜子はあわあわとして、その場で足踏みをしていた。


「サプライズしたかったのか」


「うん……選ぶの難しいから陽菜に選んでもらおうって思ってて、贈る相手のこと忘れてた」


 私は笑いながら「それでも嬉しいよ」と伝えると、美夜子は苦笑いを浮かべていた。


「じゃあ、とりあえずこのリングのネックレス、お揃いで買わない?」


「え、今買うの?」


「うん。嫌?」


「嫌じゃないけど……クリスマスのプレゼントどうすれば……」


「じゃあ、一日美夜子券を頂戴」


「なんか嫌なんだけど……何するつもり?」


「内緒」


 私は人差し指を立てて口元にやると、そのあざとさに美夜子は悶絶していた。

 ネックレスを買った後、他の店も見て回り早くなった日没前に帰宅した。

 翌朝、美夜子は自慢げにそのネックレスを見せびらかすように首から下げていた。


「美夜子のネックレス、陽菜ちゃんがプレゼントしてあげたんでしょ?」


「うん。昨日にね」


 バス停で合流してからずっとそうしているらしく、唯は若干辟易としていた。

 私は隣の美夜子の胸元を見る。そこに光るネックレスとリング。考えてみれば、そのリングに名前が刻印されてる方がロマンチックだっただろうか。


「身につけるものを陽菜からもらったの、初めてだから」


「うんうん。そうだね。それもう五回くらい聞いたよ」


「でも、まだ陽菜に言ってないから」


「あはは……美夜子って突然思考回路が五歳くらいになるよね」


「それって大概が陽菜ちゃん関連でしょ?」


「そうそう」


 私は笑いながら相槌を打つと、こっちを見ている美夜子の頭を撫でた。


「そうしたら簡単に機嫌取れるって、何か勘違いしてない?」


「うお……今日は効かないのか」


 その日の放課後、私は久しぶりに事務所に向かっていた。

 これはいつもの定例会議みたいなもので、月に一度行われているものだ。


「あれ、美夜子ちゃんも一緒なの?」


「はい。来るって聞かなくて……あ、もしかして事前に言っておいた方がよかったですか?」


「いや構わん。どうせ付いてくると思っていたからな」


 社長はそう言うと、先に会議室に入った。佐竹さんは私と美夜子にお茶を出してくれ、私達はそれを目印にして席に着いた。


「まあ、相変わらずか?」


「乱暴な質問ですね」


「まあまあ、陽菜ちゃんも社長の性格知ってるでしょ?」


「そりゃあ、まあ」


 毎月このやり取りだ。定例会議では、近況報告と面談を兼ねたものだ。

 これは文化祭後、やろうと決まったもので、事務所と私のコミュニケーションにも繋がり良いのではと、佐竹さんが提案してくれた。

 あとは唯と沙友理についての報告もある。学校での様子や、沙友理については部活の話をしたりする。もちろんだが、本人とのやり取りはある。が、客観的に見た意見が欲しいと社長は言っていた。


「二人もいつも通りですね。ただ、唯は仕事も増えて来てて、授業に中々出られないのが続いているので、期末試験が少し懸念されますね」


「そうだな……そこのところはサポートできそうか?」


「まあ、微力ながらですが」


「沙友理ちゃんは仕事の量というか、元々開店休業中みたいなものだったし、それが継続している感じです。そのお陰で部活動に打ち込めているみたいですね」


「そろそろ大会もあるし、気合い入ってました」


 唯と沙友理の報告を終えると、私の話になった。

 佐竹さんが私に「学校はどうですか?」と訊ねると、私は「普通……ですかね?」と首を傾げた。


「特別何かあるわけでもない、平穏な日常ですよ」


「陽菜ちゃん、それだと退屈しない? 別に部活動しても構わないけど」


「じゃあ美夜子を愛でる部でも作るか……」


「何よその部……どちらかといえば、陽菜を愛でる部の方が承認されそう」


「まあ冗談はさて置き、部活か……何かすればよかったな。なんか、勝手なイメージで高校生って帰り道が楽しいってのがあって、実際は楽しいけど、思い描いてたほどじゃないなって感じてます」


「帰りにクレープ食べたりね、青春よね」


「そうです、そうです。なんせ通学路の殆どがバスなんで……」


 私がそう言うと美夜子も確かに、と呟いた。

 手元にあったお茶を飲むと、私はため息を吐いて「なんか文化祭終わってから、ずっと物足りなさを感じてるなぁ」と言った。


「それはわかる。私も、ずっとそう」


「そうだよね……確かに、中学の時は目の前の仕事に追われながらも、こなしていく充実感があったし、今は本当に文字通り抜け殻みたいな……」


「仕事、再開するか?」


 社長の一言に、私は頭を抱えた。それは、確かにここまでの文脈ではそうなるが、でも自分との約束を破ることになる。

 だが、実際にこんなもんかと納得している自分もいる。普通に学校に通って過ごす事が、尊いけれども、普遍的でこれまでの生活と照らし合わせると、幸福度は若干劣っているのではないかと思った。


「もしかしたら、そのほうがいいかもしれないです」


「陽菜?」


「え、いいの? 陽菜ちゃん」


「だって結局こうやって暇だな、今日何しようかなってなるし、バイトとかするなら、仕事再開すればって」


「駄目。陽菜はそれをしたら、そのうち仕事優先になる」


「ならないって……。それが嫌で一旦止めたんだから」


「まあなんだ……一度暖簾を出したら客がひっきりなしに来ることになる。こっちの都合なんて関係なくな。断ればそれだけ心証が悪くなる。そりゃあ、中にはこっちの事情を汲んでくれるところもあるかもしれんが」


「うーん……セーブしながらって難しいんですかね。唯とかどうしてるんですか?」


 私がそう訊くと、佐竹さんはため息を吐いた。


「陽菜ちゃん、もっと自分の人気を自覚するべきよ。さっき社長が言ってたみたいに、今は暖簾を下ろしてるからいいものの、掲げた瞬間、大量のオファーが来るわよ。現に、休んでるって周知してもオファーは来てるんだからね」


 私はその言葉に目を大きくして驚いていた。自分の人気ってそんなに……、と思ったが文化祭の時、体育館が満員になるくらいに人が集まっていた。

 メイド喫茶もひっきりなしにお客さんが来ていた。

 それらは単純に私の人気なのだろうか? その割には、学校でチヤホヤされないのは一体、何故なのだろうか。


「美夜子ちゃんはわかってるみたいね」


「はい。何度か陽菜のいない所で仲を取り持ってくれないかって言われるんで」


「そんなこと、一言も言ってなかったじゃん」


「言う必要はないでしょ」


「なんで?」


「なんでも」


 私はムスッとしてそっぽを向いた。

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