第二章最終話 星球みたいな時
少し伸びた髪を切っていた。
私は元々癖毛で、それを矯正するつもりもない。何故ならば、割と様になる癖毛だからだ。
美夜子のような綺麗な黒髪にも憧れるが、やり慣れた落ち着いた茶髪じゃないとしっくりこない。幸い、七高の校則ではこの明るさの染髪なら許される。
「うん。いつもより大人っぽく仕上げといたからね。なんか陽菜ちゃん、顔立ちも大人っぽくなってきたし、今までのだとちょっと子供っぽすぎるかなって」
「本当ですか? でも、澤田さんってお世辞が上手いって大野さんも言ってましたよ」
私がそう言うと、澤田さんは苦笑いを浮かべていた。
私は椅子から降りると、支払いを済ませて店を出た。
「陽菜」
「ごめんお待たせ」
「なんか大人っぽくなった?」
「お世辞はいいからさ」
「いや、世辞抜きで」
「そんなの……美夜子の方が大人でしょ」
私は美夜子の胸を突っつくと、美夜子は怒って私を追い回してきた。
「何やってるの、二人とも」
「唯、お疲れー」
「うん、ありがと。今日はスチール撮影ばっかりだったからクタクタだよ」
美夜子に捕まった私は「へぇ」とだけ返事をした。
「興味ないな?」
「いやいや、めっちゃある!」
私達が宿り木に入ると、演劇メンバーが揃っていた。
店内の装飾はみんなでやったらしく、クリスマスツリーを飾る星球が、温もりを演出していた。
「うわー陽菜ちゃん髪切ったの?」
「そうなんだよね。今年最後って感じで」
私は吉野にそう言うと、空いていた席に座った。隣に美夜子が座ると、麻奈美が飲み物を持ってきた。
「シャンメリーで大丈夫?」
「あ、私ジンジャエールもらえる?」
「陽菜ちゃん、大人だ!」
私は金色の泡沫を手元に寄せて、その泡を見て楽しんだ。
美夜子はシャンメリーを片手に、唯と会話を楽しんでいる。
こうなった経緯は、みんながまた集まりたいと言い出し、ダメ元で貸切にしてパーティーができないか、マスターに打診したところ、ちゃんとした予算さえ用意すればできると返答を貰い、私が出資した。
でも、飾り付けの材料費や、プレゼント代はみんなで出し合い、このパーティー一番のイベントであるビンゴ大会にみんなは気合いを入れいた。
「飲み物は行き渡ったかな?」
私はそう言うと、みんながグラスを掲げた。
「それじゃあ、乾杯!」
みんなで一斉にグラスを鳴らして飲み物を飲むと、宴が開幕した。
マスターが料理を運んでくると、歓声が上がり、ピザやチキン、それにサラダもどれも絶品だった。
「陽菜、ソース付いてる」
「本当?」
美夜子は私の口元についたソースを指で取ると、そのまま自分の口へと運んだ。周りのみんなは、それを見てもう驚くのを諦めていた。
「よーし!ビンゴやっちゃいますか!」
長谷部がそう言うと、マスターがモニターにビンゴマシンを映し出してくれた。
「このアプリ使えば簡単にできるよ」
「ありがとうございます!では、司会進行を私、長谷部菜々と……」
「咲洲陽菜でお送りします!」
私の指一つでナンバーがディスプレイに映し出され、みんなが一喜一憂している姿を見るのは楽しかった。
ビンゴした順に好きなプレゼントを手に入れられるという仕組みで、最初にあがったのは沙友理だった。
「美顔器!これ欲しかったんだよね」
「おめでとう、さゆ!」
プレゼントを渡して、私と記念撮影をし、沙友理は席へと戻る。
そこから順当にビンゴが出て、最後に余ったのは美夜子と唯だった。
お互いあと一つと言う場面、ひりつく勝負の軍配を私が握っていた。
「じゃあ、行くよ?」
映し出された数字を見て喜んだのは唯だった。
「美夜子、ごめんね」
ただ、残っていたのがギフトカードかスマホケースだった。
「いくら値段差つけるからってスマホケースは合う合わないあるからなぁ」
「私、これ合うよ?」
「本当? じゃあ私心置きなくギフトカードもらうね」
唯はギフトカードを手に私と写真を撮ったが、余りにも可哀想だったので、お店にあった色紙にサインを書いてあげた。
「うわ!何気に陽菜ちゃんからサイン貰うの初めてかも!」
「大事にしてね」
「うん。陽菜ちゃんだと思って大切にする」
唯の言葉に一同大笑いだった。
「美夜子は……」
「私、これもらってもいい?」
美夜子は私を指差してそう言うと「美夜子ちゃん、サラッとそう言うのがなんか怖いよ」と長谷部に言われていた。
「じゃあ、これでいい」
「美夜子、貸して」
美夜子からスマホケースを受け取ると、それにサインを書いた。
「これで価値は上がるでしょ。絶対フリマサイトに出さないでよね」
「当たり前でしょ」
美夜子と記念撮影をするが、どこか擽ったかった。
その後、それぞれが思い思いの楽しみ方をして、クリスマスパーティーは最後の締めに向かっていった。
「それじゃあ最後に、ケーキのお時間です!」
「待ってました!」
私と麻奈美でケーキを切り分けて配り歩くと、何故か嫉妬した美夜子も手伝い始めた。
ケーキを頬張るみんなを見ながら、私はマスター特製ブレンドのコーヒーを飲みながら、カウンターに腰掛けていた。
「陽菜ちゃん、いいの? 向こう行かなくて」
「まあ、みんな気を遣っちゃうからこっちの方がいいんですよ」
「そりゃ……お金全部出してるってのはあるけどさ」
麻奈美がそう言うと、私はコーヒーを啜った。コーヒーに包まれた口内に、甘いケーキを入れるとちょうどいい甘さに中和され、甘過ぎるのが苦手な私にとって、丁度いい甘さだった。
「それじゃあ、そろそろお開きかな」
唯がそう言うとみんなは寂しそうにしていたが、全員が私の前に整列した。
「うお……な、何?」
みんなは一斉に「ご馳走様でした!」と私に頭を下げる。
「いやいやいいよ!みんなの貴重な時間もらったわけだし。中には想い人と一緒に過ごしたかった人もいるでしょ?」
「いるのかな? そんな人」
美夜子は悪い笑い方をして、私にそう言った。なので解散になった後、その穴埋めに私は美夜子の家に泊まった。
お風呂に入ってあとは寝るだけの状態で、美夜子の部屋で座っていると、美夜子は温かいお茶を持ってきてくれた。
「ココア、苦手でしょ? この時間だし、コーヒーよりマシかなって」
「わかってるね」
美夜子とベッドに持たれながら並んで座ると、美夜子は体を寄せてきた。押された体を負けじと美夜子に寄せ返すと、向こうも意地になって押し返してきた。
そうしていると、暑くなってきたので、私は羽織っていたモコモコパーカーを脱いだ。
美夜子も同じ用意羽織を脱ぐと、押し競饅頭を続けた。
「もう……いつまで続けるの?」
「陽菜が折れるまで」
美夜子は私を押し倒して抱きつこうとしてくる。私はなんとか抵抗をし、美夜子の体を押した。
「あれ、なんか柔らかい……」
「どこ触ってるのよ」
「そっちが寄せてきたんでしょ」
私がそう言うと、美夜子は少しムスッとしてから、ベッドに座り直した。
私は立ち上がると、美夜子は私を捕まえるとそのままベッドに引きずり込んだ。
「どうしたの」
私が訊ねても、美夜子は答えなかった。
私を背後から抱きしめる状態になり、美夜子は私の首筋を嗅ぎ始めた。
「あー、陽菜の匂い好き」
「もう、擽ったいから」
美夜子がグイグイと体を寄せて来ると、私はそれを押し退けようとする。しかし、体格差もあり、美夜子に覆われるように押し倒されると、私はなす術を無くした。
美夜子は何度も私の名前を呼んで、私はその度に何か腹の底で蠢くものを感じ取っていた。
美夜子の手が私の服の中を弄り始める。痒みにも似た蠢く感覚がある場所に、美夜子が触れる事を私は期待していた。
「もうちょっと下がいい」
「ここ?」
「うん……」
臍の少し下を触れられると少し安心し、私は美夜子の頬にキスをした。美夜子も同じようにキスをしてくると、やがて唇を重ねた。
キスを終えたら、美夜子は私の上から退いて、横に寝転がった。
私は寂しさに襲われ、美夜子の腕に抱きついた。
「今日は甘えん坊なんだね」
美夜子にそう言われると、私は美夜子の胸を揉んだ。すると、美夜子も私の胸を揉み始めた。
「そろそろサンタさんが来る時間だね」
「うん……でも、靴下用意してない」
「大丈夫」
私はベッドを抜け出して着替えを始める。
ちょっとエロすぎるかなとも思ったベビードールとガーターベルトを着てベッドに戻った。
「私が美夜子へのプレゼント」
私を見た美夜子は悶絶し、今にも鼻血を吹き出しそうだった。
「え、エロい……そのガーターベルトが特に……」
「でしょ? やり過ぎかなって思ったけど、美夜子にはこれぐらいが丁度いいよね」
「……私からのプレゼント、見劣りしちゃうかも」
美夜子はそう言うと、ベッドから出てクローゼットを探り始めた。
「これ……麻奈美ちゃんに言って作ってもらった」
「胸元開いてるメイド服……エロい……」
「これも、ガーターベルトにすればいいかな」
「いいんじゃない。元々ニーソだけど、ガーターがあるとないとじゃ色気が違うと思う」
私達はまるでコスプレ大会のように衣装を見せ合って、そして抱き合った。
「ベビードールとか初めて買ったけど、なんか恥ずかしいね。ほぼ裸な気がして」
「正直、エロすぎる」
「だよね。私から醸し出てる大人の色気がね」
「うん……」
「ツッコまれるかと思ったけど……」
「いや陽菜、最近幼なさが抜けて来て、大人っぽくなってるよ」
「そ、そう?」
私は内心喜びながら、美夜子の胸元の素肌を突いてみた。
「じゃあ、また明日だね」
「うん。明日、服買いに行こ」
「いいの?」
「いいよ。私、美夜子をまた着せ替え人形にしたい。前は夏服だったし、今回は冬服でコーデしてみたい」
美夜子は寝巻きに着替え、私はそのままベッドに入った。
眠りに落ちたのは深夜も深夜。時計の針が勝手気ままに進むのを止めたくなるくらい、二人の時間が永遠になればいいのにと思いながら、私は目を閉じた。
二人で寝る時は、私はまるで抱き枕とかぬいぐるみのように、美夜子に抱かれて眠る。まるで、母の胸の中で眠る子どものようだ。
窓の外には予報通り、雪なんて降っておらず、温暖なこの街にはただ街灯の明かりが降り注ぐ。
朝になれば朝日が街を照らし、夕方になれば夕日が同じようにするだろう。
夜には月が顔を出し、朝になればまた同じ繰り返しだ。
瞬く星は私達に何かを語りかけるようにし、その言の葉を占星術師が読み取るのだろうか。
夢と現の狭間で、私はあることを思い出していた。
いつかの、夢のつづき。
幼い頃に見た夢。それはまるで今のことを言っているようで、そうでもない気もする。
美夜子が隣にいる。それが、夢の結末なのであれば、しばらくはその夢は叶ったという事になるだろう。
目が覚めた時に、美夜子の温もりを感じられますように、と私は願い、夢の世界へと旅立った。
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