第五十二話 メイド服に着られたい
「陽菜、飲み物いる?」
「うん、お願い」
美夜子はジンジャーエールを持ってきて、私はそのチョイスに笑っていた。
料理も運ばれて来て、食事を楽しむと麻奈美が遅れてやって来た。
「衣装担当の堀川です。えっと……他校の人間ですけど、携われて嬉しかったし、劇も素晴らしかったです」
「あれ麻奈美、見に来れないって」
「先生がテレビ電話で見せてくれて……」
「ああ……」
私は納得すると、椅子に座り直した。美夜子は私の隣に座り、ピザを頬張っていた。
みんなで飲み食いをしていると、明日の話になった。
「明日はうちのクラスのメイド喫茶の担当時間あるからなぁ」
「陽菜ちゃんに着てもらいたいのがあるんだけど!」
麻奈美は目を輝かせてそう言うと、衣装の詰まったスーツケースを開けた。
「これ!」
「何これ、クオリティ高!」
私は麻奈美が差し出したメイド服を見ると、そう言って驚いた。
スタッフルームにある更衣室で着てみると、生地がまず違うし、何より私にフィットした。サイズは恐らく衣装のものを流用したんだろう。
そして私のメイド服姿を見て、誰よりも興奮がしていたのが美夜子だった。
「そのまま隣に座って」
「え、普通に嫌」
「いいから、お願い!」
「ちょっとだけだよ?」
私は美夜子の隣に座ると、美夜子はスマホで写真を撮り始めた。
美夜子が撮り始めると同時に、みんな同じように写真を撮り始めた。
「こら!有料だからな!」
私がそう言ってもみんな写真を撮るのを辞めなかった。
それならばと、私はポージングに拘りだした。様々なポーズを取り、みんなのリクエストに答えていた。
「もういいかな?」
私が着替えに戻ると、美夜子は残念そうな顔をした。
「明日着てあげるから、ね?」
「うん」
「なんか二人って……」
「姉妹みたいというか……」
三宅と南井は、苦笑いをしながら私達の様子を見ていた。
私は着替え終えると、美夜子は残念そうに私を見た。
打ち上げも早々にお開きになり、私も帰宅すると、どっと疲れが押し寄せて、お風呂に入ってすぐに寝た。
次の日になると、昨日麻奈美に借りたメイド服を持って学校へ向かった。
「おはよー」
私が教室に入るなり、実行委員長が「咲洲さん、ヘルプミー!」と言って駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの?」
「今日の給仕役の子が二人病欠でさ、咲洲さん、メイドやってくれない?」
「うん。いいよ」
「え、ほんと?」
私がそう言うと、クラス全員が驚いて騒ぎ始めた。
「実は昨日に、衣装担当の子からメイド服を授かったんだよね」
私は着替えスペースで着替えると、歓喜の声が上がった。
「んー、なんか役つけようかな?」
「役?」
美夜子はそう言って首を傾げた。私は美夜子を見るなり「お姉様」と呼ぶと、さらに周囲は歓喜の声を上げた。
「そ、それはちょっと……」
「いいでしょう? お姉様」
「うっ……」
美夜子は目を右手で覆いながら赤面すると、荒くなった呼吸を治めようとしていた。
私はそんな美夜子を揶揄いながら、時間を過ごした。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
私が出迎えると、入ってきたお客様は逆にびっくりしていた。
「美夜子お姉様、こちらのテーブルにお水をお願いします」
「は、はーい」
「美夜子お姉様、オムライスを三番テーブルにお願いします!」
「はい!」
そうやっていると、まるで姉をこき使う妹のように見えてそうで怖かったが、それよりも私達の姉妹設定が刺さるお客が多かったらしい。
「すごい、昨日より売り上げいいよ」
「これも、咲洲さん効果かもね」
「そもそもあの二人が居るってのもあるかも。昨日の舞台、好評だったし」
閉店後のメイド喫茶では売り上げ分析が始まっていた。
実際に何度か声を掛けられたが、そんなに昨日の舞台が影響してるとは思えなかった。それに、大っぴらに私達が店頭に立っているとも告知していないわけだから、そうに違いないと私は思った。
「もう脱いじゃうの?」
美夜子は私にそう言うと、写真を撮ろうと言い出した。
スマホのカメラに向い、私達はポーズを取りながらシャッターを押した。
着替え終えると、教室の片付けに参加し、私は机の移動をしていた。
「それ持つよ」
「え、いいの? ありがとう」
クラスの男子がやけに優しいのは、私が咲洲陽菜だからだろうか?
「あのっ、その……お兄様って言ってもらっていい?」
ああ、なんだそんなことか、と私は思いながら「ありがとう。お兄様」と言うと、彼は嬉々として机を運んでいた。
それから一週間くらいその要望は続き、私に妹キャラをやらせたい男女が私の周りに集まって、美夜子が怒るという事件が起こった。
「皆さん、飲み物は持ちましたかー?」
実行委員の田邊の声掛けでプラコップに入ったジュースを私達は持った。
「それでは皆さん、文化祭お疲れ様でしたー!乾杯!」
その号令で私達はジュースを飲み干すと、拍手が沸き起こった。
「陽菜」
「どうしたの、美夜子」
「後夜祭、一緒に踊らない?」
「美夜子が踊るの? じゃあ私、外で見てたいな」
「それじゃあ、意味ないでしょ」
美夜子は私の手を取ると「一緒に踊っていただけませんか?」と、まるでリーゼロッテのように言うと、私もそれにセリスティアとして応えた。
それ間近で見ていたクラスメイトが興奮し、すぐさまスマホで撮影し始めた。
「最早、このクラスの神だよね。この二人」
「うん。やっぱりうちのクラスが人気なの、この二人のおかげだよ」
疎にそういった声が聞こえた後、唯が「私もいるんですけど」とムキになっていた。
私と美夜子は手元にあったお菓子を食べながら、後夜祭までの時間を過ごした。
「そういえば、健一郎さん、感想言ってた?」
「うん……芝居はよく分からないけど、よかったって。私じゃないみたいって言ってた」
「そうなんだ」
「陽菜は? 恭子さん、見に来てたんでしょ?」
「まあ、お母さんはいつも通りだよ」
「ああ、そっか」
私はポテトチップスを一枚、口へと運ぶとそれを口の中で咀嚼した。
頭蓋に響く咀嚼音で、周りの声をかき消すように、私は咀嚼を続けた。
日も暮れようかと言う時間になると、グラウンドへ集まり、その中央ではキャンプファイアーが焚かれ、その周りに思い思いの場所に座っていた。
「唯は?」
「仕事があるから帰ったよ」
声を掛けてきた沙友理に私がそう言うと、沙友理は残念そうにしていた。
「やっぱり陽菜ちゃんは憧れだね」
「どうしたの、急に」
「だってさ、稽古中も本番中も、ずっとより良いものを求めてるじゃない。良くなるはずって可能性を諦めない姿勢というか、めちゃくちゃ勉強になった」
「良い誕生日プレゼントになったかな?」
「うん。こんなの、誰も受け取ったことがないと思う。プライスレスだけど、とても高価なプレゼントだよ。ありがとね」
「そう思ってもらえるなら、私も嬉しいよ」
篝火に照らされながら、私と沙友理はハグをした。こればかりは、美夜子も流石に許したのか、視線の向こうには微笑んだ美夜子がいた。
「それじゃあ、あとは二人で楽しんでね」
「帰るの?」
「うん……明日朝から事務所で打ち合わせだから」
「そっか……じゃあね」
私と美夜子は手を振りながら、沙友理を見送った。
美夜子は私の隣に立ち直すと、私に肩をぶつけてきた。私も応戦すると、美夜子はそのまま私を横抱きした。
しばらく私は目を閉じた。この炎の灯のせいか分からないが、とても心が落ち着いていた。
キャンプファイアーに近づく生徒や、ベンチに腰掛ける生徒、私達みたいにただ立ち尽くしている生徒。音楽に合わせて踊る生徒もいる。
「そういえば、踊る?」
「うん」
私達も合わせて踊り始めた。
「相手が陽菜だってこと忘れてた」
「なんで?」
昔にダンスの特訓をさせられたのが活きて、私は卒なくステップを踏み続けたが、美夜子は慣れてないのか覚束ない。
「……もっと簡単なのにするか」
私はそう言うと、美夜子に合わせてステップを踏んだ。
後夜祭が終わると、後片付けを手伝い、私達は帰宅した。明日が代休だと言うこともあるが、何故か興奮で眠れない。
美夜子に電話を掛けるか悩んでいると、向こうから電話が掛かってきた。
「まだ起きてたの?」
「そっちこそ」
「なんだか寝付けなくて……」
「わかる」
「美夜子もか……」
「私は、疲労感が少ないからかな。ずっと稽古してたし、それがもうないんだって思うとなんか変にプレッシャーが抜けちゃって」
「なるほどねぇ。私、わかるよその気持ち。千秋楽公演終えた後とかそうだもん。もうあのお芝居できないんだって、喪失感?」
「うん、それ」
私は体勢を変えて電話を続けた。
なんでもない話をずっとしていると、お互いに眠たくなってきて、電話を切ると同時くらいに私の意識はまどろみの中に溶けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます