第五十一話 舞台「いまだ、想いは続く」後編

 明朝、山脈越えを果たし、麓の町へと入り腹拵えをしたらすぐに出発した。


「山脈さえ越えてしまえば、王都はもう街道沿いに行けばすぐです」


「街道ですか……」


「しかし、他に道は……」


 私の懸念を、リーゼロッテとマルコスは察知した。

 マルコスは地図を開き、私は外の様子を見ていた。


「あれは……」


 遠くに見える土煙、その向こうには王都の城壁が見える。


「もしかして見つかった?」


 その集団が近づくにつれ、私達は戦闘態勢を取る。

 引き継いれていた兵を止め、一人の女騎士が前に出てくる。


「リーゼロッテ……無事だったのか」


「はい。なんとか……」


 二人は顔見知りのようで、私はなんとかその女の名を思い出そうとしていた。


「そちらは……まさか姫殿下であらせられますか?」


「イリア……でしたか?」


「はい。しかし、そのお召し物……」


「家を返してもらいに行く途中です」


 私は真っ直ぐイリアを見つめると、彼女は呆れたような表情をした。


「で、そんな私を見つけて、どうされるんですか?」


「それはもちろん……」


 イリアは馬を降りると、跪いて頭を下げた。


「イリアさんもこちら側です」


「はい。この命、姫殿下に捧げる所存です」


 リーゼロッテの言葉に続いてヘルグがそう言うと、他の兵達も同様にした。

 一気に王都へ向かうと、門番はすでにこちら側で、すんなり王都に入った。

 城下町を進軍していると、予想通り、騎士団が進路を妨げ、私達は足を止めた。


「まさか生きておられたとは……」


 行手を阻んだ女騎士のマシュリーは、すっと道を開けた。


「お待ちしておりました。殿下」


「……意外と味方が多いのですね。あなたも上流貴族の出だったはずでは?」


「そんなの関係ありません。それよりも、腐ったこの国を立て直すことのほうが先決です」


「ありがとう」


 すんなり王城へ入ることができ、私は王の間を目指した。


「まさか自ら来るとは……」


「しばらく見ないうちに、随分と肥えましたね。ヴォルグ」


「そちらこそ、物騒な装いで……」


 重そうな体を持ち上げるように、玉座から立ち上がるヴォルグ。


「お忘れか? こう見えても騎士団長ですぞ?」


 ヴォルグは剣を構えると、私も剣を抜いた。


「マルコス……貴様もわかっているだろう」


「ええ、もちろん。この国の最強は存じております」


「ならば何故止めぬ?」


 マルコスは微笑を浮かべ、リーゼロッテを見遣る。


「それでは、行きますよ?」


「望むところです」


 私は身体強化魔法を自分に掛け、ヴォルフと剣を交えた。

 肥えた体のせいか、一太刀が重い。受け止める度に体を押されてしまう。

 攻勢を緩めないヴォルフの攻撃を、私は受け止め続けた。


「この程度ですかな?」


「流石……とでも、言っておきましょうか」


 私が息を一つも切らさずに、剣撃をこなしているのを見て、ヴォルフを始め、その場にいた人間は驚いていた。

 私は徐々に壁際まで追いやられ、ヴォルフはニヤリと笑うと、これまでより重い一撃を繰り出した。


「そろそろ本気といきましょうか」


「よろしいんですか? 随分と息があがってますが」


「なにを……ぬんっ!」


 ヴォルフが振るった剣が真っ二つに割れ、剣先が飛び、カランと金属音を立てて床に落ちた。


「な……」


「硬化魔法です。今の私は鋼よりも硬い体になってますよ」


「ぐ、ぐぬぬ……」


「これは父の仇でもあります」


 私は一刺し、ヴォルフの体にあっさりと剣を刺すと、耳元でそう囁いた。


「ま、まさか……そこまで色濃く血を受け継いでいるとは……カハァ!」


 ヴォルフは血を吐き倒れた。それを見たリーゼロッテは私に駆け寄ると、私を抱き締めた。


「セリス!」


 私は改めてセリスティアとして、この国を治めていき、数多の問題と立ち向かっていく。

 私の行先には必ずリーゼロッテが傍におり、マルコスは内政に集中させた。

 貴族制は廃止に追い込み、私の役割も象徴としてのものとなった。


「私は、一度この国を失った。その痛みは未だ癒えておりません。ただ、今ここに立ち、国民の皆様にこうして話せていることを、嬉しく思います。あれこれと、多くは語りません。只々、皆様の幸せが、私の幸せであることをわかっていただければ、それだけで良いのです……」


 私は演説台にに立ちそう言うと、議場では大きな拍手に包まれた。


「議会制とは……また新しい仕組みを……」


「他国では導入してるところも聞きます。こうして、国民一人一人が政治に関わることも大切だと思います」


 マルコスは目頭を揉むと「精一杯、働かせていただきます」と言い、私に頭を下げた。


「これで私も肩の荷が降りたと言うものです」


 私はあの村に戻り、隠居した。


「姫様に治療をしてもらいたいと言う患者が、続々と訪れていますよ」


「その中にはこの村を気に入って何泊もする人がいます」


 ミラとイブ、そしてメリルは変わらず私の助手を勤めている。


「そういえばリズは?」


「まだ薬草採取から戻っていませんが……」


「迎えに行きますか……」


 私は外に出ると、男性と仲睦まじく話しているリーゼロッテを見ると振り返りすぐに家に戻った。


「セリス……どうしたんですか?」


「なんでも」


 不機嫌な私を見て不思議そうにするリーゼロッテ。


「これ、さっき旅の方からいただきました」


「旅の方?」


「ええ、南部を巡ってるようです」


「そうですか……」


 私はそう言うと、リーゼロッテが採ってきた薬草を受け取り、作業台に座った。

 乾燥させた薬草を棚から取り出し、それをすり潰すと、リーゼロッテの足首に湿布として貼った。


「流石にわかりますよ」


「あはは……」


「もうすぐ夏ですね……今年も暑くなるんでしょうか?」


「私はこっちでの夏は初めてですので……」


「そうでしたね」


 私は笑うと、リーゼロッテと見つめ合って笑った。

 幕が下り、私と美夜子はそのまま笑い合ってホッとした。

 もう一度幕が上がると、観客からのスタンディングオベーションを受け、私達は頭を下げた。

 全員で挨拶をし、舞台袖にはけると、みんな興奮状態だった。


「よかったよね!?よかったよね!?」


 興奮気味のミラ役の三宅が、イブ役の南井に問いかける。


「おい、ここであんまり騒ぐな。早く撤収するぞ」


 マルコス役の美術兼任の赤塚がそう言うと二人は劇中のように、その指示に従った。

 私と美夜子はさっさと撤収を済ませ、体育館から出た。


「はぁー疲れた!」


「でもなんか充実感はある」


 私と美夜子は楽屋がわりの調理室でぼーっとしていた。


「お疲れ様」


「唯もお疲れー」


 唯はイリア役、そして沙友理はマシュリー役を演じていた。

 衣装を脱いで体操服に着替えると、美夜子と外の空気を吸いに向かった。


「なんというか、寂しい気もする。またやりたいって気持ちというか……」


「でしょ? 私達はずっとそうやってお芝居をしていくんだよ」


 私がそう言うと、前から黒部社長が歩いてきた。


「お疲れさん。いや、よかったよ」


「ありがとうございます」


 社長はそう言うと、美夜子を見遣った。


「美夜子ちゃんも、素晴らしかった。よかったら、うちに来ないか? 今すぐじゃなく、陽菜と一緒にでもいい」


「わ、私は……上手くできる自信がないので……その……裏方として、陽菜を支えたいなって思ってて……」


「裏方?」


 社長は驚いたように言うと、私を見た。


「仕方ないですよ」


「まあ……そうか……。所属タレントのメンタルケアも社長の仕事だ。陽菜がそれで喜ぶと言うのなら……」


 社長がそう言うと、後ろから大村会長の姿が見えた。


「お久しぶりです。大村さん!」


 私がそう声を掛けると、大村会長は「陽菜ちゃん!会いたかったよー」と感激の声を上げていた。


「いやー、学生の演劇なんてどんなもんかと思ったけど、中々よかった。まあ主演がプロっていうのもあるけど」


「そんなことないですよ。みんな頑張ってましたから」


「そうか、そうだよな。なんか久しぶりに若いモンのエネルギーを感じたよ」


「そう言っていただけると嬉しいです」


 気づけば、私達の周りに演劇メンバーが集まっており、それぞれコメントに感激していた。


「で、陽菜ちゃんはいつウチに来てくれるの?」


「会長!だから、陽菜は……」


「よかったら、今すぐでもいいですよ?」


 私がそう言うと、社長は驚いたが、大村会長は「冗談だろ?」と大笑いしていた。


「それじゃあ、あんまり長居すると邪魔だからそろそろ帰るよ」


「お疲れ様でした」


 社長達を見送ると、私達も解散し、各々文化祭を楽しんで、夜になると打ち上げ会場である宿り木に集まった。





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