第十六話 作戦会議と、親の悩み
バスで合流するのは久しぶりだった。
美夜子が乗り込んできて、その後ろに唯がいる。
美夜子と二人だった頃は、二人掛けの座席に座っていたが、今は最後尾で唯と三人で座るようにしている。
「なんか久しぶりだね」
「バスに乗ることないからなぁ。富山でも車移動ばっかりだったし」
私はいつものように、車窓に流れる景色を見ながら喋っていた。
「そうだ。これ、食べる?」
唯はチョコを纏ったプレッツェルを取り出して、私と美夜子に咥えさせた。
「食べるって聞いておきながら、いきなり口に突っ込まなくてもいいじゃん」
「あはは、ごめんね」
バスに揺られてしばらくすると、いつもの最寄りのバス停に到着する。
「さゆちゃん、ここで待ってたの?」
「うん。屋根あって日陰になってるから、丁度いいかなって。なんか、一人で学校入るの緊張して……」
校門を潜ると、久しぶりの学校が何故か懐かしく感じた。
「なんか、夏休み色々あったよね」
「陽菜ちゃんだけでしょ? 私なんてそんなにトピックスないよ」
「私も……ああ、事務所が潰れたくらいか」
自虐的になった沙友理に、私は笑っていた。
「美夜子は? どうだった、夏休み」
「私はそうね、陽菜をさらに知れて、もっと好きになったかな」
「は、恥ずかしいこと言わないでよ!」
私がそう言って、顔を背けて照れて見せると「あーあ、お熱いですね」と、唯は冷ややかな目でこっちを見ていた。
「撮影現場で美夜子、完全にミーハーになってたよね」
「誰でもなるでしょ。全員、テレビで見たことある人達なんだから」
私達は昇降口で上履きに履き替えると、とりあえず職員室に向かった。
「陽子ちゃんいるー?」
唯が呑気にそう言って入っていくと、恐らく教頭先生が言ったのか、唯は「もう少しちゃんとして入ってきなさい」と、静かに怒られていた。
「で、皆んなでどうしたの?」
「えーっと……暇でさ」
「暇? なら勉強でもしなさい」
「えー、だって折角の夏休みなんだから、非日常なことしたいじゃん」
「だってじゃありません!そもそも、叔母さんからも最近お小言もらってるんですよ? 唯の成績が落ちてるって」
「それは……仕事が忙しいから……」
唯はもじもじしながらそう言うと、私に「勉強教えて!」と、両手を合わせて懇願された。
「勉強なら、美夜子の方が……」
「何言ってるの。学年トップのくせに」
「教えるのは苦手なんだよ」
私達がそう言ってると上坂先生は「そうだ。正式に演劇やることになったから」と言う。
「今から準備って大変ですね……稽古とかかなり詰めてやらないといけないし……台本ってありますか?」
「よくぞ聞いてくれました!こちらです!」
上坂先生は、自信満々で一つの冊子を私に手渡した。
「これって……」
「はい!個人的には立山さんにはカッコいい役がいいかなと思って、騎士のリーゼロッテ役を。咲洲さんは相手役のお姫様であるセリス役を担当してもらいます!」
職員室だと言うのに、やたらテンションの高い上坂先生に、教頭先生が咳払いで牽制を入れた。
「ちょっと……場所変えましょうか」
そう言って上坂先生は、うちのクラスの鍵を手に取り、教室へと向かった。
「とりあえず、他のキャストはまだ決めかねているんです」
そう言って配役の表をもらうと「あ、先生、私もやりたいです」と、沙友理は声を上げた。
「いいんですか? 演劇部の活動で忙しいと思うんですが……」
「あれ、なんで陽子ちゃん知ってるの?」
唯がそう訊ねると「え、だって、私演劇部の顧問ですから」と答えた。
「えー!そうだったの? 知らなかったなぁ。というか、この劇ってもしかして……」
「はい、オリジナルです。私が考えました!」
「大丈夫なんですか?」
「まあ、多少の粗はあるでしょうけど……」
私はパラパラとページを捲ってみる。
「フォーマットはちゃんとしてる……」
「はい。咲洲さんが出てた『夏と冬のあいだ』の台本を見てフォーマットは真似ましたから」
「なんで台本持ってるんですか……」
「実は抽選、当たったんです。ちゃんと咲洲さんのサイン入りですよ?」
「そういえば、サイン書いた気がする」
とりあえず全員で台本に目を通した。
私は慣れているが、唯と美夜子はこう言ったのはほぼ初めてだろう。
「どう? 美夜子、できそう?」
「うん……わからないけど。セリフとか上手に言えるかな」
「そこは文化祭なんだし、多少は許されるよ」
私がそう言うと、美夜子は少し唸った後「やるからには、ベストを尽くしたい」と、やる気を見せた。
「そっか……じゃあ私も、全力でやらないとね」
「陽菜ちゃんが全力出すと、全員霞んじゃうんですけど」
唯がそう皮肉ると、沙友理が後ろから「確かに!」と、唯を指差していた。
「でもさ、舞台ってそれが面白いんだよ? 役者同士の意地のぶつかり合いみたいなさ、火花散らしてやり合うのが」
「それは……プロだからじゃない? 私なんてど素人だし、セリフなんて棒読みだし」
俯く美夜子に「そこは私がしっかり稽古つけてあげるじゃん」と、私は語気を強めて言った。
「陽菜ちゃんの稽古、怖そう……」
「だよね……坂牧門下生だし」
「私は物投げないから、安心して。でも、私もやるからにはいいものにしたい。見に来た人をあっと言わせるくらい、すごいものにしたいな」
「うん、みんなで頑張ろう!」
ああ、これが青春なんだろうなと、私は感じていた。
私には眩しすぎるくらいだ。笑う唯と、真剣に台本を読み込む沙友理と美夜子。
私は、この光景に憧れていたのか、目を細めて見ていると、それはまるでドラマのワンシーンのように見える。
「どうしたの、陽菜?」
「ううん、なんでもない。先生、もう台本は持って帰っていいんですか?」
「ええ、もちろん。他の役については、こっちでも声掛けしてみるから。一応、セリフは主役二人をかなり多めにして、脇役のほうはそこまで負担大きくないようにしたから、そこまで影響ないと思うけど」
「まあ、それだけじゃないですし、なにより、美夜子が心配……」
「私も、自分が一番心配……」
私と美夜子はこれから夏休みが終わるまで、美夜子の家でみっちり特訓をすることになった。
「夏休み、色々飽きさせてくれないね」
「そうね……でも、本当にやることになるなんて思ってなかった」
美夜子は決心したように、一つ自分の中で頷いたような仕草を見せた。
「それじゃあ、帰ろっか」
「え、もう? なんか色々意見出しあったりしないの?」
「他の役が決まってないし、唯とさゆちゃんの役も決まってないでしょ?」
「確かにそうだけど……」
「ごめんなさい。半月もないくらいで仕上げないといけないけど……」
上坂先生はそう言うと、頭を下げた。
「文化祭、良いものにしたいんです……クラスのメイド喫茶もそうだけど、私はクラスの面子を見て、ずっと
「衣装とかってどうするんですか?」
「それは、演劇部のを借ります。顧問権限で了承は得ていますから」
「へぇ……根回しがすごい」
私達が帰路に就いた頃には、陽もずいぶん傾いていた。
「帰って宿題進めるかー」
「唯、まだやってなかったの?」
「だって、新学期になって勉強わかんなくなるから、今くらいにやると丁度いいリハビリになるんだよ」
「……そういう考え方もあるか」
沙友理はそう言うと「自分も頑張ろうっと」と言い、私は苦笑いを浮かべるほかなかった。
いつものように美夜子と唯と別れて、一人でバスに揺られて帰宅した。
「ただいまーって、お客さん?」
私はリビングへそっと歩いて行くと、そこには玖美子さんが居た。
「あら、おかえりなさい」
「うん……ただいま。玖美子さんがいらっしゃるのって珍しいですね」
「……陽菜ちゃん、ちょっと相談があるんだけど、いい?」
「え? どうしたんですか?」
神妙な面立ちの玖美子さんに、私は若干戸惑いながら、ソファーに腰掛けた。
「これなんだけど……」
玖美子さんが私に向かって差し出したのは、うちの事務所の封筒だった。
「昨日、美夜子宛に届いたんだけど、私、驚いて美夜子に渡せてなかったの。美夜子、こういうのに興味あるの?」
「……あるというか、私が巻き込んじゃってるのかもしれないです。美夜子、この前私が芸能界に戻らないのは自分のせいとか言い出して、自分もそっちに行けば、私も戻るんじゃないかって話てて」
私の話を聞いて、玖美子さんは少し肩を落としていた。
「それで……資料請求しただけよね?」
「多分……あ、そういえばうちの社長、健一郎さんの旧友だと聞きましたけど、ご存知ですか?」
「そういえば……」
「それで、美夜子って気付かないでスカウトしたらしいんですよ。この前、私の所用で美夜子にもついて来てもらったんですけど、その時に判明して」
玖美子さんは驚いたように私を見てから、お茶を一口啜った。
「いやね……本人がやりたいっていうなら全力で応援するんだけどね、あの子ってその、引っ込み思案じゃない? だから、そんな子がこの世界で生きていけるのかなって」
「私としても、向いてないと思います。けど、美夜子は綺麗だし背も高いしスタイルもいいし、そこら辺は向いてるんだと思います」
玖美子さんが悩んでる顔が、美夜子に似ていたので、私は笑いそうになったが「私としては、本人の意思を尊重したいです。やりたいって言えば、私も全力でサポートするつもりですから」と、一言添えた。
「ありがとう……そうね。私としても、反対したいわけじゃないから」
玖美子さんは胸の支えが取れたからか、お母さんになだれ込むように抱きつくと、それを見て私と美夜子を重ねてしまった。
「恭子ちゃん……色々教えてね」
「私なんかで力になれるかなぁ……」
「だってもう十年近く陽菜ちゃん活動してるじゃない」
「殆ど事務所さんに任せっきりだからなぁ」
お母さんはそう言うと、玖美子さんを居直らせてから私を見た。
「陽菜は昔から自分をしっかり持ってて、誰にも染まらなかったからね。唯一今、美夜子ちゃんに染まってるかもしれないけど」
「そうね。この前も美夜子と二人でなんかいい感じだったからね」
「いい感じって……どこまで知ってるんですか?」
「えー二人でお風呂入ったり、ベッドの上で……」
玖美子さんの言葉に想像を重ねたお母さんは「あら、やだぁ。そんなに進んでたのね? 孫の顔を見られるのも近いわね」と、顔を赤らめながら言ったが、私達に子どもは作れないぞと、私は突っ込んだ。
「これで親公認の関係ね」
「今度、美夜子ちゃんがうちに来たらお赤飯出さないとね」
「もう二人ともいい加減にしてよ!」
玖美子さんは笑いながら「そろそろお暇するわね」と、満足そうにして帰って行った。
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