第十五話 夏の恋人は艶やかだね

 結局、花火大会の日になっても、沙友理からの音沙汰はなかった。

 私と美夜子は宵の頃、下駄の音を響かせて歩いていた。

 金魚掬いをやりたいと言った私に、美夜子は付き添ってくれて、隣にしゃがんで見守っていた。

 掬えたと思いきや、金魚は跳ねてポイを破ってしまった。

 跳ねた弾みで飛沫が上がり、美夜子はもろに、それを被ってしまっていた。

 私の目に、それはスローモーションのように見えて大笑いしていた。

 夜店の灯りに頬を染めて、私達は練り歩いていた。


「あ、焼きとうもろこし食べいたい」


「陽菜、もうそろそろ行かないと間に合わないかも……」


「大丈夫だって」


 私は焼きとうもろこしを受け取ると、満足そうに食べていた。


「あの……もしかして、咲洲陽菜さんですか?」


 背後から声を掛けられ、私は食べる手を止めた。


「はい、そうですけど……」


「あの、私……ファンなんです!ずっと小さい頃から見てました」


 私は握手をしてあげると、それを聞きつけた人達が、私と美夜子を囲っていた。

 まずい状況だと言うことはすぐに理解し、私は美夜子の手を引きなんとか人の間を潜り抜けてその場を去った。


「はぁはぁ……大変だったね……あれ、美夜子?」


 私は、美夜子がいなくなってたことに気付かなかった。

 いつ手を離したんだろうか……私は振り返るも、そこに美夜子がいないことを再確認するだけになった。


「どうしたもんか……」


 私は、人集りから外れたところで立ち尽くしていた。

 電話をしてみても、気付いていないのか、出ない。


「おや……」


「健斗君?」


 少し離れているが、ここからでも十分花火は見える。意外と人がいないこの高台の公園は穴場なんだろう。


「折角こっちにいるからね。昔、家族で見に来たことあるんだ。帰省の時期を合わせてね」


「そうなんだ……私は、ほんと久しぶりで……十年ぶりくらいかな?」


「地元なのにかい?」


 健斗は驚いくと、ほくそ笑んでいた。


「まさか、陽菜ちゃんと花火を見ることになるとはね」


「いや……私は友人と……この前の美夜子って子と来てて……」


「はぐれちゃったのか」


 私は頷くと、健斗は「一緒に探すよ」と言ってくれ、手分けして探すことになった。

 私は、もう一度人混みに入り、屋台の辺りとかも探してみるが姿は見えず、電話も出ない。


「どこ行ったの……」


 変な予感もしたが、それは杞憂だったらいいのにと、思っていたが、まさかその杞憂が的中するとは思わなかった。

 少し道を外れたところで、男性に絡まれている美夜子がいたので、私は「こっち!」と声を上げて美夜子の手を引いた。


「陽菜……」


 そのまま私は美夜子の手を、今度は離すまいとギュッと握っていた。

 さっき健斗といた場所まで戻り「大丈夫? 何かされてない?」と訊くと、美夜子は「大丈夫……」と答えた。


「意外とああなると、体固まっちゃうよね」


「うん……」


「どうしたの?」


「助けに来てくれたから……その……嬉しいというか」


「当たり前じゃん。あ、そうだ。健斗君に連絡しなきゃ」


「健斗君?」


「うん。さっきここでばったり会ったんだ。美夜子探すの手伝ってもらってたんだよね」


「そうなんだ……」


 美夜子は、俯き加減でそう言った。

 私は健斗に連絡を取ると「よかったね。こっちは今、人が集まって大変だよ」と、無駄に爽やかに言っていた。とはいえ、もうすぐ花火の時間だから、その時間になれば解放されるだろう。


「一応だけど、何もされてないよね?」


「うん。言い寄られていただけだから」


「なんて言ってきたの?」


「ずっと、可愛いねとか、この後一緒にって」


「また典型的だな」


 私は呆れ笑いを浮かべていると、美夜子も一緒に笑っていた。

 私はその様子を見て、美夜子が大丈夫そうなことに安堵していた。


「ここから十分見えそうだから、ここで見る?」


「そうね……意外といいかも」


 私と美夜子はベンチに腰掛けて、花火が上がるのを待った。

 晩夏の夜の風はまだ暑さを伴い、私と美夜子の体を汗ばませるのには十分だった。


「喉渇かない?」


「そうだね……」


 私は自動販売機に走り、スポーツドリンクを買って戻る。

 冷えたスポーツドリンクが、体中に染み渡る。


「美味しい」


「それだけ喉が渇いていたんだね」


「うん……人混みの中だと余計暑くて……」


 美夜子は巾着袋の中からハンドタオルを取り出すと、汗を拭った。

 私はじっと美夜子を見つめていた。


「どうしたの?」


「うん、その浴衣似合ってるなって」


「陽菜も、似合ってるよ」


「ありがとう」


 時計を見遣ると、そろそろ始まる時間だった。

 何の前置きもなく始まる花火を、私達は黙って見上げていた。


「綺麗だね」


「うん」


 美夜子の方を見ると、花火の光に照らされる頬や輝く瞳に私は見惚れていた。

 すると美夜子は視線に気付くと、こちらを見て微笑むとそれを合図にしたかのように、一際大きい花火が上がる。

 大きな音が私と美夜子は体に伝わると、二人で驚いたように体をくっつけた。


「びっくりしたー」


「うん。久しぶりだから尚更」


 その後も花火を楽しんで帰路に着いた。

 家に帰った頃には、すでに二十一時を回っていた。

 浴衣を脱ぎシャワーを浴び終えると、すぐに眠たくなったので、ベッドに倒れ込むようにして寝た。

 朝になると、ついに夏休みに予定していたイベントが全部終わってしまったことに、私は落胆していた。


「このまま何もせずに終わるのは……なんかなぁ」


 私はそう呟くと、スマホが鳴ったことに気付いた。

 唯からのチャットで「今日暇?」と来たので「暇ー」と返した。

 すると次は電話が掛かってきて「今日プール行かない?」と訊かれたが、水着を持っていないことを伝えると「じゃあ買いに行こう!」と唯はノリノリだった。


「とりあえず、美夜子も誘うね」


 私はそう言うと、電話を切り、美夜子にも水着を買いに行こうと伝えた。


「ごめん、今日生理来たから……」


「あー、それは仕方ないね」


 私はそう言うと、唯にメッセージを送った。


「美夜子が無理なら、私もやめておこうかな」


 そう送ると「そっか、わかった」と返信があった。

 その代わりにと、お昼一緒に食べないかと、打診してみるとすぐに食いついたので、いつものダミアンに行こうと話をした。

 もちろん、美夜子も誘うと「それは行く」と即答だった。


「あ、陽菜ちゃん、こっちこっち」


 沙友理が手を振ってくれて場所を知らせてくれた。


「遅れてごめんね」


「ううん、とりあえずドリンクバーで時間潰してた」


「沙友理一人だけ?」


「うん。美夜子ちゃんと唯ちゃんもまだだね。二人近所なんでしょ? 一緒に来るんじゃない」


「浮気か……」


 私がそう言うと「それだけで浮気は厳しいでしょ」と、沙友理は苦笑いを浮かべながらオレンジジュースを飲んでいた。

 しばらくして先に美夜子が来た。


「おまたせ」


「私も今来たとこだよ」


「そうなの?」


 私はアイスコーヒーを隠しながら、美夜子の方を見て笑った。


「ドリンクバーだけ先に頼んだだけだから」


「そうなの? 食事とセットの方が安いんじゃなかったっけ?」


 美夜子は私の隣に座ると、メニューを見始めた。


「美夜子はハンバーグでしょ?」


「そうだけど……今日お腹空いてるからなぁ。全部盛りのやつにしようかな」


 美夜子は珍しくあれやこれやと悩んでいると、ちょうど唯が到着して、全員でご飯の注文へと入った。


「私も何食べるか悩んでるんだよね」


「私もー」


 私も沙友理もそう言っていると「じゃあ、みんなで期間限定のやつにしよう」と、唯が言うと私はそれに同意した。


「美夜子は多めのやつがいい?」


「私もそれがいい」


「足りるの?」


「たぶん……」


 美夜子はお腹を摩りながらそういうと、私は心配そうに美夜子を見た。

 料理が運ばれてきて各々食べ進めていると、やはり、私が最初に食べ終えてしまった。


「コーヒー淹れてくる」


 私はそう言ってドリンクバーカウンターに向かい、ホットコーヒーを淹れて戻ると、この後どうするかと言う話になり、どこかに行くのは疲れるから、このままおしゃべりを続けるか、カラオケでも行くかと言う話になった。


「そういえば今日、陽子ちゃん学校行ってるんだよね」


「あ、学校行く? 意味もない登校する?」


 沙友理がそう言うと「いいね!」と、唯が言った。


「じゃあ、一旦帰って制服に着替えなきゃね」


「そうだね。一応、みんなこの後の予定は大丈夫なの?」


 唯がそう言うとみんな大丈夫と言って、一旦解散となった。

 家に帰って久しぶりに制服を着て、いつものバスに乗り、学校へ向かった。





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