第十四話 お疲れ様会

 夢を見た。

 私はいつものように、撮影現場に赴き、現場スタッフと打ち合わせをしている。

 そこにマネージャーとして、美夜子がいて、私の身のまわりの世話をしてくれる。

 彼女の口癖は「陽菜、喉渇いてない?」である。

 長い黒髪をポニーテールにして、いつも現場に同行してくれる美夜子は、よくセキュリティでタレントと間違えられる。

 その度に「私が、咲洲陽菜です」と、言わなければならない。

 大きな公園の側にある撮影スタジオ。

 照明やカメラ、マイクがまるでサバンナの動物達のようだ。

 宙に浮かぶ照明はハゲワシ、首を長くしているマイクはキリン、ずっしりしたカメラはサイのようだ。

 私達はライオンのように弱肉強食で、ダメなやつから蹴落とされていく。

 私は今日も、何とか戦いに勝って帰宅する。

 帰りの車は美夜子の運転だ。

 その時に、これは夢だと実感する。美夜子はまだ、車の免許を取得できないはずだ。

 それとも美夜子は、留年していて歳上だったりするのだろうか?

 とにかく、美夜子の運転中、私は後部座席で疲労と睡魔に襲われる。

 そして次の瞬間、衝撃を受けてもしかして事故でもしたのかと、私は自分の上に乗っているものを払い除けようとするが、重くて動かない。


「ん、ううん……」


 目を覚ますと、美夜子の脚が私の乗っていた。

 美夜子って寝相悪い方だったかと、不思議に思いながら、その重みで、美夜子の存在を感じていた。

 次に、美夜子が少し声を出して寝返りを打った時、完全に私は抱き枕になってしまった。


「うっ……」


 結構な力だ。ギュッと引き寄せられ、顔は胸へと埋まってしまったが、見上げて見えた美夜子の表情がとても幸せそうで、私はそのまま笑みを浮かべて、美夜子の温もりに陥っていった。

 しかし、今は夏だ。いくら冷房が効いていても、さすがに暑い。


「んんーっ」


 私は何とか抜け出そうとしたが、びくともせず、どちらかというと諦めたように、そのまま眠りに就いた。

 また違う夢を見た気がするが、覚えておらず、目を覚ますと、相変わらず目の前にはたわわな胸があり、胸元の隙間からこっそりそれに吸い付いてみた。

 柔らかい感触が唇に当たる。そしてそれはスベスベで、ずっとそうしていたくなるような感触だった。


「すごいな……」


 私はそう言って、夢中になりながらそれをしゃぶり続けた。

 少し擽ったかったのか、美夜子は少し吐息まじりの声を出した。



「ん……ううん……陽菜、何してるの?」


「え、ええーっと……おっぱい吸ってた」


「ふうん……。もっと吸っていいよ」


 美夜子は私に胸を押し付けてきた。


「ほら、吸いたいんでしょ? そこじゃないところでもいいから」


「むぐっ……」


 私は息ができないくらいになり、美夜子に塞がれた口で謝った。


「もう……したいならしたいって言えばいいのに」


「うん……でも、寝てる時に抱きついてきたのは美夜子だよ?」


「え、そうなの?」


 美夜子は驚きながらそういうと、はだけた胸元を整えていた。


「汗かいちゃった。シャワー浴びてくる」


「あ、私も……」


「一緒に?」


「ダメかな?」


「いいよ」


 美夜子と二人、シャワーを浴びると普段着に着替えて居間へと向かった。


「おはようございます」


 玖美子さんに挨拶をして、私はソファーへ腰掛けた。


「そういえばお昼には帰るんでしょ?」


「はい。みんなでお疲れ様会やってくれるって」


「じゃあ、朝ご飯は食べてくわね」


 玖美子さんはそういうと、トーストとチーズスクランブルエッグとソーセージを出してくれた。


「ありがとうございます」


「いいのよ。こちらこそ、美夜子と仲良くしてくれてるんだし」


 美夜子は少し不服そうだが、黙ってトーストを齧っていた。

 朝食を食べ終わり、私達はまた駅前のショッピングモールへ出掛けた。


「浴衣……いいのあるかなぁ」


「正直、私あんまりデザインのことわからないから、陽菜に任せていい?」


「うん、わかった」


 美夜子は昨日買ってあげた、綺麗目なピンクベージュの半袖ロングワンピースを早速着ており、私はそれを見て「背が高いから、そっち系の方がいいよね」と、美夜子に言った。

 私は白のロングスカートに半袖のデニムシャツを着ていた。


「陽菜も可愛い系着ないよね」


「そうだねぇ……スタイリストさんが、私はどっちかというと綺麗目の方が似合うからって言ってくれて、それから、あんまり可愛いのは着なくなったなぁ」


 私は家のクローゼットの中を思い浮かべた。

 正直、モノクロの服しか持っていないので、デニムシャツも数少ない色物となる。


「でも普段はズボラだよ? 黒のスキニーにTシャツだけとか」


「私も似たような感じかな」


 美夜子はそう言うと、少し嬉しそうだった。


「美夜子は意外と顔立ち可愛い系でもあるから、服もそっちの方いけそうだけどな」


「そう?」


「うん。今度のメイド喫茶の時が楽しみだもん」


「邪な目で見ないでよね」


 浴衣売り場に着くと、結構な人集りで、大体の人が今週末の花火大会がターゲットだろう。もちろん、私達もだが。


「あ、これ可愛い」


 私は白地にパステルピンクの猫が描かれたものを見ていると「綺麗目が似合うんじゃなかったの?」と、美夜子は後ろから言った。


「浴衣で綺麗目って何?」


「あんまり柄がうるさくないやつとか?」


 私達は頭を抱えて色々な浴衣を見て行った。

 まず一つ、自分の中でビビッと来たものと、お互いに似合いそうなものを選ぼうと、別れて探索した。


「用意できた?」


「うん」


 まず私が自分に選んだのは、ハイビスカスの花柄の浴衣だ。


「じゃあ、私は陽菜にこれ着てほしいっての出すね」


 美夜子が提示したのは、白地に青紫や緑で描かれた藤の柄の浴衣だった。


「え、めっちゃくちゃいいじゃん。私、それ好きだなぁ」


「でしょ? 帯は紺でもいいし、白で合わせもいいし」


「うーん、帯は紺がいいかな。決めた、私それにする」


 私は自分が選んだものを戻しに行き、次に京都に来てもらいたい浴衣をお披露目した。


「紺ってのが美夜子のイメージに合うかなって。で、柄は少し大人っぽい柄にした。帯は白がいいかな?」


「うん、私、それがいいかも」


「そう?」


 一応、美夜子が自分で着たい物を見せてもらったが、子ども用の浴衣だった。


「それ、サイズないんじゃない? 子ども用だよ」


「嘘でしょ……本当だ」


 割とすんなり決まって、私達は下駄と巾着袋も買って帰った。


「楽しみだね」


「そうだね」


 私達は一旦、美夜子の家に戻り、私はお泊り道具を持ち、美夜子は買った浴衣を置いて、私の家へとタクシーで向かうことにした。

 家には先に唯と沙友理が来ており、飾り付けもバッチリ整っていた。


「陽菜ちゃん、撮影お疲れ様でしたー!」


 唯の音頭を合図に、グラスをぶつけ合った。


「もう疲れはないけどね」


「まあまあ、そう言わずに」


 唯はいつもの調子で私に絡んでくる。

 沙友理は久しぶりだからか、少し距離を感じたが、美夜子がそこは上手くやってくれた。


「陽菜ちゃんすごいよね。いきなり、あんな大きな作品に出られるんだから」


「あれは元々決まってたんだよ。監督が倒れちゃって保留になってた話だから、前々から約束してたんだよ」」


「でも、出るか悩んだんじゃない?」


「まあね」


 沙友理は一つ息を吐くと「私もマープロ入りたいなぁ」と言った。


「私もってどう言うこと?」


「え、美夜子ちゃんも入るんじゃないの?」


「わ、私? 私は……」


「声掛けられてるんでしょ? 折角なんだし、勿体無いよ?」


 前のめりになる沙友理を私は制して「美夜子もちゃんと考えてるからさ」と、私は言った。

 そのあと、色んな話で盛り上がりながら、飲み食いを続けていると沙友理のスマホの着信に唯が気づいた。

 沙友理は席を外し、電話に出た。しばらくして、戻ってきた時沙友理の顔色が悪くなっていた。


「事務所……倒産したんだって」


 私達は一斉に「えっ!」と声をあげた。


「ちょっと、じゃあ、さゆちゃんどうするの?」


「わからない……一応、斡旋とかの面倒は見るってことになてるけど、私なんか、どこも声掛けてくれないよ」


「そんなのわからないでしょ?」


 沙友理は私の目を見て「無理だよ!」と、声を荒げた。


「私じゃあ無理だったんだよ。陽菜ちゃんとか唯ちゃんみたいになんて、なれないんだよ!」


「でも、この世界にいたいんでしょ? だったら、足掻かないと、このままじゃあ……」


 唯がそう言うと、私は「さゆちゃん的には、例えば私がうちの事務所に紹介するとかは嫌かな?」と、沙友理に訊ねた。


「うちの事務所なら、贔屓とかもないだろうし、私からもそう言っておける。私の顔を立てようとかしなくて済むようにね」


「でも……」


「私はさゆちゃんがお芝居好きなの知ってる。見るのも演るのも。だったら、それができる事務所に行くのは自然じゃない? 元いたところ、モデル事務所だったわけだし」


 沙友理は少し悩んでみるといい、今日は先に帰るとのことだった。


「私達にはわからないよね。事務所が潰れるとか、経験ないもん」


「普通、そうだと思う」と、美夜子が言うと、私は頷いた。


「それでもしがみつきたいなら、私は助けてあげたいな」


「うん、そうだね」


「そっから先は知らないけど、それが多分この世界の理だもんね」


 美夜子は俯いたまま、私達の話を聞いていた。そんな美夜子の肩を、私はそっと抱いた。


「なんか、陽菜ちゃんイケメンムーブしてる」


「そうかな?」


「何? イケメンムーブって」


「え? そうだなぁ……さりげなく、女の子を支えてあげることかな」


 美夜子は目を丸くして私を見ると、笑い始めた。


「だったら、陽菜はイケメンかもしれない」


「ちょっと、そもそもイケメンってイケてるメンズってことじゃない。私は女子だよ?」


「イケてるウィメンズでいいんじゃない?」


「強ち過ぎるよ」


 美夜子は笑いながらそういうと、私の腰をそっと抱いていた。

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