第十三話 欲しいものは何?

 寝息を感じながら、私も目を閉じてみた。美夜子の鼓動と、私の鼓動。ズレているからこそ、それが美夜子のものだと分かった。

 起こすと悪いので、私はそのままの姿勢でスマホを開いた。

 唯達も、花火大会に誘ってみようと、グループチャットにその話を流した。すぐに既読が付いて、唯から返信があったが、その日は仕事で地方に行ってるらしく、無理とのことだった。

 ただ、陽子ちゃんはいけるよと書いてあったが、担任の先生と一緒に花火大会に行くのはなと、私は想像した上で苦笑いを浮かべた。

 同じグループに入ってる沙友理からはレスポンスはなく、私はしばらくツブヤイターを覗いていた。


「あ、健斗君。これ……地元バレしそう」


 健斗あ、私達がお昼に行ったショッピングモール内で撮った写真をあげていた。

 よくよくみると、後ろに体をくっつけている私と美夜子が映り込んでいたので、絶句していた。


「ま、まあ……ズームしなきゃバレないくらいだし、これくらいなら他人の空似と、いくらでも言えるだろうし、大丈夫かなぁ」


 少し冷えた肝を摩って、私はスマホを閉じた。

 美夜子はまだ起きる気配がない。こんな体勢でよく寝れるなと、私は感心していた。


「……んっ……んん……陽菜、好き……」


 寝言だろうか? 耳元でそう囁かれて、私は顔を真っ赤にしていた。


「私も好きだよ。美夜子」


 私の体の前に回されている、美夜子の腕をギュッと抱き締めた。美夜子は安心したように、一息ついてそのまま眠り続けていた。


「これは眠り姫のお話みたいに、キスしないといけないのかな?」


 私は独り言を言うと、美夜子はその声に気づいたのか起きてしまった。


「ごめん、起こしちゃったね」


「あれ……? 私、寝てたの?」


 寝ていたことに気付いていない美夜子を、私はクスリと笑い顔を撫でてやった。


「んん……もう、何?」


「うふふ……何でもない」


 あゝ……なんて可愛いのだろうか? 私はそう思いながら、美夜子を見つめた。


「んっ!」


 いきなりキスをして来たことに驚いて、私は変な声を上げた。


「なんか欲しそうにしてたから」


 美夜子はそう言うと、立ち上がり、ベッドに座り直した。


「こっち座って」


 ベッドをポンポンと叩きながら、私を誘う。その誘いを受けた私は、美夜子の隣に座ると、美夜子は私の太ももの上に倒れ込んだ。


「また膝枕? 自分はする方が好きって言ってなかった?」


「される方も、ちゃんと味わっておきたいから」


 膝の上に、美夜子の顔があることに、私は何かを抑えなければいけない気になっていた。

 それはそう、猫を可愛がるような欲だ。わしゃわしゃしたいという気持ちを、私はグッと堪えた。

 が、気付いたら私は、美夜子の耳に噛みついていた。もちろん、甘噛みだが、驚いた美夜子は固まってしまっていた。


「ひ、陽菜? なんで耳を」


「んー?」


 私はそのまま、頬にキスをすると、美夜子の表情が変わった。


「どうして口にしてくれないの?」


「欲しいの?」


「……うん」


 私は唇を重ねて、しばらくそのままにした。

 飽きることなく、舌を絡めあっていると、次第に美夜子の表情は蕩けていく。恐らく、私の表情も同じだろう。

 やがて、私も倒れ込んだ、そのまま体を重ねながらキスを続けた。


「はぁはぁ……」


 呼吸困難になりそうなくらい、私達はお互いを求め合っていた。美夜子も肩で息をしており、私は汗をかいていたので、来ていた寝巻きのTシャツを脱いだ。

 私の体を見た美夜子は、まるで何かに取り憑かれたように、私の体を貪る。


「美夜子、激しいよ……」


 私は美夜子を制止しようと、肩を掴むが、私の力では抑えられなかった。

 私の体を、美夜子に染められるような感覚に陥る。それはまるで、刻印を捺されるようなものだった。


「どうしたの、美夜子……」


「わからない……でもなんか急に、陽菜が欲しくなって……」


「欲求不満?」


「そうなのかもしれない」


 美夜子は突然、憑き物が取れたように冷静になった。そのまま垂れた横髪を掻き上げて、美夜子は私の上から退いた。


「体、ベタベタになったんだけど」


「ごめん」


 私はわざと誘うような仕草をしてみると、美夜子は唾を飲み込んだ。


「お預けだからね」


 私はTシャツを着直すと、美夜子はシュンとした犬のようになってしまった。確かに、美夜子に舐められていた時、大型犬と戯れるような感じだった。


「よかったらこれで拭こうか?」


 美夜子は、ボディーシートを取り出してそう訊いてきたので「じゃあお願い」と、私はさっき着たばかりのTシャツを脱いだ。


「舐めちゃ駄目だからね」


「わかってる」


 美夜子は優しい手付きで、私の体を拭く。私は時折来る擽ったさを我慢しながら、体を拭いてもらっていた。


「ねえ」


「なに?」


「私の体、どうだった?」


「どうって、なんて言えばいいのかな……好きかな?」


「好きってどういうことよ」


 私は美夜子の目を見て言った。そうすると、美夜子は首を傾げて私を見返した。


「言葉で表すのが難しいというか……なんて言えばいいのかな」


 美夜子は、少し落ち込んだように俯いた。私はそんな美夜子の手を握ると、美夜子は怯えたような様子を見せた。


「わかるよ。言葉にするのが難しいこともあるよね。私だって、そういうことあるもん」


 私は握った手の指を絡めてそう言った。

 美夜子は私の方を見て「さっきの私、変だった?」と訊いてくたが、私は首を横に振って答えた。


「多分、美夜子は我慢してるんじゃないかな。私に何か遠慮してるというか……慮ってくれるのはいいけど、それが過度なものになると嫌かな」


「……そうね。多分、我慢してた。でも、それは陽菜に対してのじゃなくて、二人の関係に対してかな。一線超えると、陽菜が引いちゃうんじゃないかなとか、今までの関係では居られなくなるんじゃないかなって」


 美夜子は絡めた手をギュッと握って、私に不安そうな顔を向けて語った。


「私だって、怖いよ。こうしてるので、関係が崩れてしまう場合もあるし。どこまでが美夜子の中でセーフなのか、そんなのずっと探り合いみたいなものじゃない?」


「そうよね……そうやって、人間関係って構築していくものよね」


 私達の関係がずっと続けばいい……それはつまり、なんの進展も無く、特別仲のいい友達のようなものだ。恋人と、友達の間の存在だ。


「このままじゃいけないって思ったの。今のままじゃ停滞で、途切れてしまうんじゃないかって」


「確かにね。その通りだと思うよ」


「だから……勇気出してみた。私がしたかったことを、陽菜に押し付けてみようって」


 私は頷いて美夜子の頭を撫でた。


「偉いなぁ、美夜子は」


 私がそう言うと、不思議そうな顔で美夜子はこちらを見る。


「勇気を持つことができないって、言ってたでしょ。まあ、何に対しては別としてさ。できなかったことを、できるようにするのが多分、成長ってことなんだよね」


「私もそう思う。私は、最初からできないって決めつけてた。私には無理だって。でも、それじゃあずっと停滞し続けてしまう。何か変えないと、先に行けないなって思ったの」


「いつそんなこと考えてたの?」


 私がそう訊くと「プリン食べながら」と、美夜子は笑いながら答えた。

 美夜子は保守的な性格で、できれば構築されている日常を乱したくない人間だと思っていた。でも、それはあくまで自分のパーソナルスペースから外に出る勇気がなかっただけで、きっかけさえあればどうにでもなったのだ。

 本当に、もしかしたら、とんでもない逸材かもしれない。


「そういえば花火大会、唯は無理だって」


「そうなの? 沙友理は?」


「まだ返事ないけど、向こうのグループで行くんじゃない? 演劇部とかの」


「ああ、そうか……」


「あ、陽子ちゃん、上坂先生はいけるって何故か唯が言ってた」


「彼氏とかと行かないのかな?」


 私は唸りながら考えてみたが、陽子ちゃんに彼氏がいる可能性は低いのではないかと結論付けた。


「どうする? 二人で行く?」


「それでもいいんだけど……」


 美夜子は、少し考えた後「二人で行こう」と、提案してきたので、私は快諾した。


「グループには流しとくから」


 私はチャットにそう書くと、唯からすぐ「了解!」と返ってきた。


「楽しみだね」


「うん」


 私と美夜子はそのまま、寝転ぶと、あっという間に夢の世界へと誘われていった。


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