第十二話 背中の温もり

 夕飯まで時間があるとのことだったので、美夜子の部屋に行き、またもダラダラしていた。


「ねえ、さっき言ってた漫画ってどれ?」


「ええっと……これだよ」


 私はスマホの画面を見せた。

 私はスマホでそれを読んだが、美夜子は「やっぱり私はアナログ派なんだよね」と、ネット通販で買ったらしい。


「よかったら貸そうか?」


 私はそう言ってスマホを差し出したが、断られた。


「因みにその……キス以外だと何がしたいの?」


「んー別に、特別な感じはないよ? 今よりもっと体を触り合うって感じかな」


「そう……」


 美夜子はそう言うと、私に近付いてくる。


「ん」


 両手を広げた美夜子の胸に飛び込むようにして、私は美夜子に抱きついた。


「正直、私はこれだけで十分なんだけど……陽菜は満足しない?」


「満足してるけど……もっと良くなるなら、色々してみたいかな?」


 美夜子は少し黙って、私の背中を摩り始めた。


「なんで背中摩るのよ」


「何となく?」


 私も同じように背中を摩る。

 少し大きい美夜子の体の輪郭を、まるでなぞるようにしてそうすると、私はどこか興奮し始める。


「いつも陽菜が甘えるから……私も甘えたいな」


「いいよ」


 美夜子はそういうと、私に膝枕を要求する。


「ほれ、来てみ」


 私は太ももを叩きながら、美夜子を誘う。


「陽菜の生足……スベスベで気持ちいい」


「美夜子のはいつももちもちで、寝心地いいよ」


「太ってるって言いたいの?」


「違う違う。肉付きいいってことだよ。私は、そっちが好きだなぁ」


「そう……」


 見下げると、美夜子の頭があることに慣れていない私は、とりあえず美夜子の頭を撫でてみた。


「おお!」


「変な声出さないでよ」


「いや、何というかこの躾けてる感じがすごくいい!」


 丁寧に頭を撫でていると、美夜子は恥ずかしくなったのか起き上がってしまい「やっぱり、交代しよう」と、私は無理矢理、美夜子の太ももに頭を乗せる形になった。


「うん、やっぱりこっちがいい」


「もう……」


「陽菜って猫っぽいから」


「猫好きなの?」


「うん……でも、お母さんが猫アレルギーだからさ、飼えないの」


「ふーん」


 私は猫の代わりか? そう思いつつも、結局、美夜子に気持ちいところを擽られて陥落してしまった。


「なんか、悔しい……」


「何が?」


「それで触られるの嫌とか、よく言うよね」


「別に……エッチなことじゃ、ないじゃない」


「だけどさ……」


 私は美夜子のお尻を触ると「何でお尻触るの!」と、美夜子に叩かれてしまった。


「だって……やっぱりエッチなことといえばこういう所を触ることじゃない?」


「だからっていきなり……」


 美夜子はそう言うと「今日、私布団敷いて寝るから」と言い、私を近付けようとしなくなった。


「だったら帰るよ?」


「え?」


 急に不安そうになる美夜子の反応を楽しんでいると、玖美子さんが呼びに来たので、夕飯を食べに向かった。

 豚の生姜焼きと千切りキャベツを口いっぱいに頬張り、私は幸せを噛み締めていた。


「陽菜ちゃんって、一口が多いわね」


「いつも先に食べ終わるもんね」


 私は口の中のものを飲み込み終えると「そうかなぁ……」と呟いた。


「撮影の合間に食べなきゃいけない時とか、時間がない時とかに早く食べなきゃで、それで癖ついちゃったのかも」


「そうかもね」


 美夜子がそう言うと、玖美子さんが週末の花火大会について訊いてきた。

 私と美夜子は完全に忘れており「どうする?」と、ハモってしまった。


「私……実はあの花火大会、ずっといけてなないんだよね」


「そうなの? じゃあ、皆んなで行こうか」


「そうだね。浴衣……買いに行かないとね」


「私、持ってるから、陽菜の選びに行こう」


 美夜子がそう言うと「美夜子、あんたもうサイズ合わないでしょ?」と、玖美子さんが呆れたように言う。

 いつ買ったものか訊ねると、中学二年の頃に買ったものらしく、そりゃ無理だろうと、私は美夜子の胸を見ていった。


「後でお金渡すから、週末までに買って来なさい」


「わかった」


 美夜子はそう言って、箸を進めた。


「そうだ陽菜ちゃん、冷蔵庫にプリンあるからデザートに食べて」


「え、いいんですか? やった!」


 私は食器を流し台へ持っていき、水に浸して冷蔵庫からプリンを取り出す。

 スプーンは食器棚の引き出しの二段目と言うのは、以前美夜子から教わっており、勝手に取ってテーブルへと戻った。

 プリンを頬張りながら、私が悦に浸っていると、美夜子は急いで食べ終えて、プリンを取りに行った。

 同じように、プリンを一口食べると、悦に浸る姿を見て私はニンマリと笑っていた。


「美夜子、昔からこれ好きなのよ」


「もうお母さん、そんなこと言わなくていいよ」


「えー、私はもっと知りたいな。美夜子の好きな物」


「他にはね、肉じゃがとかよく作ってって言うわよ」


 美夜子は恥ずかしそうに、小さくなっていた。玖美子さんから色んな美夜子の好きな物を聞き出していると「猫もね、好きなんだけど、私がアレルギーあるから飼えないし、ちょっとでも服とかに毛がついてたら、反応出ちゃうから……」と、玖美子さんは申し訳なさそうに言った。


「そのせいで、私が猫の代わりをやらされてます」


「えっ!本当? なんだか、申し訳ないわ……」


「陽菜!恥ずかしいから言わないでよ!」


 これ以上は美夜子の精神が持たなさそうなので、止めることにした。

 食べ終わり、洗い物をする玖美子さんを手伝った後、美夜子の部屋に戻った。


「花火大会かぁ……」


「いつから行ってないの?」


「劇団入った頃だから、小学生になってからは行ってないかも。美夜子は毎年行ってるの?」


「私は、ここからでもチラッと見えるから、最近は向こうまで行かないかな」


 私は「そうなんだ」と言うと、美夜子の浴衣姿を想像した。


「因みに、中学の時着てた浴衣ってどんなの?」


「朝顔の柄の、紫と白のだよ」


 私は脳内で、今の美夜子と重ねてみるが、少し子どもっぽいだろうか?


「美夜子はもっと大人っぽいのが似合いそう。まあ、背丈とかもあるし、柄物よりかは落ち着いたやつがいいだろうね」


「私もそう思う。陽菜はこの前の旅館の浴衣、着こなし似合ってたから、どんなのでも似合うと思うよ」


「旅館の浴衣とはまた違うでしょ」


 私は笑いながらそう言うと、スマホで通販アプリを開き、とりあえずどんなのがあるのか見てみることにした。


「……こればっかりは、実物見ないとわからないかもね。発色の仕方とかさ」


「そうね……」


 美夜子は私のスマホを覗き込みながら言う。

 私は美夜子の顔が、やけに近いことに何故か意識をしてしまった。

 恥ずかしくなり、顔を背けると「どうしたの?」と、無邪気に訊いてくる美夜子に、私は恥ずかしがりつつ目を向けた。


「いや、不意に近くに来てたから……」


「びっくりしたの?」


「まあ……そうだけど」


 悔しそうな私の顔を見て、美夜子はニヤニヤと笑っていた。


「もう!」


 私はそっぽむくと「陽菜はその方が可愛い」と、美夜子は笑い続けていた。

 美夜子は私を背後からハグすると「ね、こっち向いて?」とねだってくる。


「もう……なに?」


「うふふ……」


 どうも、美夜子は私が可愛いらしく、ぬいぐるみのように扱い始めた。

 頭を撫でたり、頬を撫でたりして、美夜子は私を可愛がる。


「もう、美夜子……擽ったいよ」


「もう少し、このままで」


 美夜子はそう言って、私をずっと抱き締めていた。


「美夜子……どうかしたの?」


 私は美夜子にそう訊くと、美夜子は私を抱えて座ったまま、私にもたれ掛かって寝息を立てていた。


「寝てる」


 私に掛かる美夜子の重さが、何故か嬉しかった。その重さ分、今、美夜子を体で感じれているからだ。

 しばらく、私はそのまま目を閉じて、美夜子の重みと温もりと、背中に当たる柔らかい感触を楽しんでいた。

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