第十一話 カフェで遭遇

 早速、美夜子に色んな服を着せて回る。

 背も高く、胸もあり、おまけに美人とくれば着せ替え甲斐がある。


「ちょっと、派手すぎじゃない?」


「確かに……美夜子はシックなのがいいかも。でも、差し色で赤とか、結構似合うかも」


 私は、何着か美夜子に服を買ってあげた。


「本当にいいの?」


「うん。だってさ、誕生日とかお互い祝えなかったじゃん。それに、美夜子は研けばもっと輝くってわかってるから」


「そんなことないと思うけど……」


 美夜子はそう言って恥ずかしがるが、その仕草がすでに可愛い。


「ちょっと小腹空かない? おやつがてら何か食べて行こうよ」


「うん……」


 二人でカフェに入り、私はパンケーキのセットを、美夜子はパフェを頼んだ。

 私のパンケーキを、羨ましそうに見る美夜子の口に、クリームたっぷりのパンケーキを放り込んだ。


「じゃあ、お返しね」


 美夜子はパフェのクリームを目一杯掬うと、私の口に突っ込んだ。


「んー美味しい」


 甘い口の中を、苦いコーヒーで流す。それを見て美夜子は「よくブラックで飲むよね」と、毎度同じ事を訊いてくる。


「甘いので中和されるし、平気だよ?」


「普段から飲むじゃない」


「ああ……お茶を飲むのと同じ感覚で飲めばいいんだよ。ほら、緑茶に砂糖もミルクも入れないでしょ?」


「そうだけどさ……」


 美夜子は甘いロイヤルミルクティーを啜ると、私は自分が出した例えに対して苦笑いを浮かべた。

 私はやはり先に食べ終えて、頬杖を突きながら美夜子がパフェを食べる姿を観察していた。

 ブルベの白い頬と、淡いピンクの唇。そこに掬われたパフェのクリームが入っていく。

 私は間違えなく、この中でも、世界中でも一番美夜子が好きだろう。

 そう思いながら、目を細めていると、背中を叩かれた。


「うわぁ!」


 思わず声を上げて振り返ると、そこに居たのは鯖江健斗だった。


「やあ、奇遇だね」


「健斗君? なんでこんなところに……」


「母さんの実家がこっちなんだ。撮影も終わってしばらくオフだから、顔見せに。そっか、陽菜ちゃんってこっちだったっけ?」


 私は頷くと、急いで美夜子を紹介した。


「知ってるよ。この前、一緒に見学に来てた子でしょ?」


「はい……」


 美夜子は明らかに人見知りモードだった。

 しかし、健斗は構わずズカズカと土足で入ってくるくらい、コミュ力お化けだ。


「また君の事務所に良い新人が入ったもんだね」


「いやあの……実は……」


 私はあの時のことは方便だったと、健斗に伝えると「冗談でしょ?」と、なかなか信じてもらえなかった。


「まさか……でも、勿体無いと思わないかい?」


「思うけど……本人にその気が無いなら、仕方ないです」


「ふーん……じゃあ、君は? 陽菜ちゃんはその気が無いから、今は休んでるのかい?」


「それは……」


「本音では、戻りたいって思ってるんじゃないのかな。この前の撮影の時だって、休む前より、演技に磨きが掛かってた。休んでたからこそ、見えたものがあったはずだ。その手応えを、試したいと思わないのかい?」


 私は俯いたまま、イエスもノーも言えなかった。

 だけど、決めたことだしと、私は美夜子を見た。


「陽菜……?」


 私は、どんな表情かおで美夜子を見たのだろうか。美夜子はとても、不安そうに私の名前を呼んだ。


「ま、多分、陽菜ちゃんならすぐ戻れるだろうし、折角の高校生活だからね。そっち優先でいいと思うよ。僕は……それで後悔しかないからさ。どれがいい選択かわからないけど、今居るその場所に、悔いを持たないことだ。後悔してる僕が言うのもなんだけどね」


 健斗はそう言うと「邪魔をしたね」とその場を去って行った。


「陽菜?」


「……ううん、何でもない。健斗君ってさ、昔から人の本心を見透かしてるようなこと言うんだよね……」


「本心? じゃあ、陽菜はやっぱり……」


「そうじゃないよ。今を楽しみたいってのはあるから、それが本心だよ。だけど、健斗君が言ってたのも本当。そう思ったけど、天秤に掛けたら私はこっちに居たいって思ったの」


 私は空のカップを口まで運ぶと、すぐにソーサーに戻した。

 美夜子は心配そうに私を見つめていて、残っていたパフェのアイスが溶けてしまっていた。


「そろそろ出ようか」


 私はそう言って、鞄を肩に掛けた。

 美夜子は黙ったまま立ち上がると、伝票を奪った。


「ここは、私が奢るから。服のお礼もあるし」


 私は黙って頷き、美夜子の後ろを歩く。

 外に出ると、幾分か暑さは和らいでおり、日傘を差して二人並んで歩いた。


「また悩んでる?」


「悩んでないよ……ただ、考えてるだけ」


「悩んでるのと何が違うの?」


「そうだなぁ、今は言い訳を探してる感じかな」


 私はそう言うと、美夜子の手をギュッと握った。


「私はここに居たいけど、別の私はあの場所に帰りたがってる。だから、ここに居る言い訳を探しているの」


「そう……じゃあ、私もそっちに行けばいいんじゃない?」


「え?」


 私は美夜子の言葉に、唖然としていた。

 美夜子は空を見上げて、一つ大きく息を吸った。


「私だって少しは考えてるんだから……。一応、誘ってもらってるわけだし、ああして言われて、別に嫌な気分じゃないの。陽菜と同じ、言い訳を探してるのよ。しなくて済むようにする、言い訳を」


 私は美夜子を見上げて、目を見開いていた。


「少なからず、自分を変えたいって気持ちはあるの。でも、踏ん切りがつかない。踏み出す勇気を持てない。もしかしたら、誰かに引っ張ってもらいたかった、背中を押してもらいたかったのかもしれない」


「私が……そうってこと?」


「うん。陽菜が引っ張ってくれる。だから、その道もいいかなって思い始めてる」


「美夜子……」


 美夜子の家に着いて、玖美子さんに挨拶をすると、私達は汗を流すために、お風呂に入った。

 体を洗って、湯船に二人で入ると美夜子は私にキスをせがんできた。

 舌を絡めて、キスをし終えると、美夜子は私の体をキツく抱き締めた。


「陽菜は私にできると思う?」


「どうだろう。意外と慣れればできそうな気がするけど」


「もっと気の利いた言葉、言ってほしい」


「そうだね……。正直、美夜子には向いてないと思うよ」


 私がそう言うと、美夜子は私の顔を驚いた表情をしながら見た。


「だって、私が助けられるのも限られてるし、あの世界って結局一人で頑張らないといけないからさ。だから、まだ進路の一つとして考えておけば? 文化祭で何かするのも、訓練の一つと思えばいいし」


「……それは、陽菜の本心?」


「うん。まごう事なき、本心。裸で言ってるんだよ? ここで建前言ってどうするの」


「じゃあ、陽菜は本当はどうしたいの?」


 私はそう言われて、美夜子の体を触ると「美夜子をめちゃくちゃにしたい」と囁いた。


「めちゃくちゃって……」


「私なしで生きてけないくらいに、めちゃくちゃにしたい」


「ちょっと陽菜?」


 美夜子の首筋は、ボディーソープの味がした。けど、界面活性剤の味ではなく、その香りがそのまま味になったような感じだった。


「美夜子、首筋弱いよね」


 私は美夜子の白い首筋を舐めて、その反応を楽しんでいた。


「陽菜……いい加減、怒るよ……?」


「いいよ。怒っても」


 私は美夜子の胸を揉むと、流石に突き放された。


「どうしたの……いきなり……」


「美夜子が本心を知りたがったから……」


「だからっていきなり……」


「キスはしたでしょ? 次は愛撫をする流れじゃないの?」


「あ、愛撫!?」


「うん。体触り合ったりするの」


 美夜子は、自分の体を抱き抱えながら「どこでそんなの覚えて来たのよ」と、言った。


「この前、漫画で読んだ」


「エッチな漫画じゃないでしょうね」


「普通の百合っていう女の子同士の恋愛漫画だよ?」


 私はそう言うと、また美夜子に近づく。

 お互いの体にお湯がぶつかる音と共に、肌が触れ合うと、体の奥からくる疼きに耐えられなくなる。


「美夜子……」


 そう囁いて、私は美夜子の体を抱き締める。

 美夜子はそれに呼応するように、私の背中に腕を回す。


「陽菜、胸大きくなった?」


「気づいた? 実は今日、新しい下着買ってきた」


「え、楽しみ。早く見たい」


「明日着けるね」


 入浴を終えて、私達は台所で冷たいお茶を飲んでいた。


「ねえ、二人はどこまで進んでるの?」


 玖美子さんがいきなりそう問い掛けて来たのに、私達は驚いていた。


「え、あー、ええっとですね……」


「キスくらい?」


「そうそう!キスくらいです!なかなか美夜子が恥ずかしがって、体触らせてくれないんですよね」


 私達の様子を見て笑いながら「冗談で訊いたのに」と玖美子さんは言った。


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