第九話 君が胸を焦がすから、夏は熱を帯びていく

 一旦、病院から近い美夜子の家で涼むことにした。

 美夜子の部屋で、私は靴下を脱ぎ捨てて、大の字になってベッドに横たわった。


「あー、涼しい」


「もう……だらしないよ」


「いいじゃん、だらしなくて。こんな姿見れるの、お母さん以外じゃあ美夜子くらいだよ?」


「写真撮っていい?」


「いいけど、週刊誌に売らないでね」


 シャッター音の後に、粘つきのある笑い声が聞こえた。

 美夜子は口元を緩めており、そこからその笑い声が吐き出されていた。


「ねえ美夜子、して欲しいポーズとかある?」


「ふぇっ? いいの? じゃあ、こうやって……」


 美夜子が自演してくれたのは、猫のポーズだった。というか、自演したのが何より可愛いんだが!私にはシャッターチャンスがないのか!


「私の後、美夜子がそのポーズしてよ」


「え、やだ」


「さっきの貸し、返してよ」


「……わかった」


 私は可愛らしく猫のポーズをすると、美夜子は涎を垂らすんじゃないかってくらい、口元を緩めていた。


「じゃあ、美夜子の番ね」


 ベッドを明け渡すと、美夜子は四つん這いになって、片手を額の横辺りに持ってくる。


「いいよ!美夜子!めっちゃ可愛いよ!」


 私はスマホのシャッターをかき鳴らした。それはもうけたたましい警鐘のようだった。


「もっと目線頂戴!」


 美夜子は恥ずかしそうに、カメラを向く。


「次はこう、妹がお兄ちゃんやお姉ちゃんに、おねだりするような感じで……そうそう!」


 上目遣いの美夜子が、私に何かお願いしているようで、あゝ……私、天に召されるのでしょうか?


「美夜子の顔立ちだと、お姉さん系も妹系もいけるんだよね」


「そ、そうかなぁ……」


「今のとか!しっかり者だけど、甘え上手な感じ」


 私は興奮のあまり、早口で喋っていた。そして荒くなった鼻息に、美夜子は引いていた。


「次は少し胸元開いて……」


「いい加減にして!」


 流石に、セクシーショットは断られてしまった。


「……写真、見せて」


 美夜子は恥ずかしそうに、写真を見ていた。


「結構、いいよ? 美夜子、案外向いてるのかもね」


「そ、そう?」


 頬を赤くして、美夜子は私にスマホを返した。


「陽菜は流石に、可愛い」


「そりゃ……仕事でやってるし?」


 私は少しドヤっとすると、美夜子は私をジトッとした目で見てきた。

 私は美夜子に抱きつくと「いきなりどうしたの?」と、美夜子は驚く。


「なんか……こうしたくなった」


 美夜子は、私の背中を擦ってくれた。

 私はその安心感に、身を委ねるとそのまま美夜子の胸に顔を埋めた。


「陽菜、また猫みたいになってる」


「んー、にゃあ」


「可愛い……」


 美夜子は私の顎の下を擽ったり、頭を撫でたりしてくる。

 私は、擽ったさを我慢し、押し殺したような声を出した。


「よーしよーし」


「んー」


 美夜子はベッドに腰掛け、私を膝の上に寝転がすと、お腹をワシャワシャし始めた。


「流石に、擽ったいよ……」


 私がそう言うと、まるでその反応を楽しんでいるかのように、美夜子はそれを続けた。


「スゥーッ」


「ちょっと美夜子、猫吸いじゃないんだから……」


 美夜子は、私のお腹に顔を当てて息を吸う。

 恥ずかしさとも言い難い、表現のし難い感情を載せて、美夜子を軽く叩いた。


「陽菜を感じたいから……」


「だったら、これじゃなくていいでしょ!」


 そのまま美夜子は、私をまるでお人形のように抱きかかえると、額にキスをしてくる。私はただ、されるがままで、だけど嫌ではない。寧ろ、そうされるのを望んでいるような感じだった。


「このまま首輪を付けて、独り占めしたい」


「何恥ずかしいこと言ってるのよ」


 冷房の唸る声と、衣摺れ音がこの時間の繊細さを物語る。

 外は夏の陽射しがまだ残っているが、ここは別の意味の暑さに支配されていた。


「ねえ、私のこと好き?」


 美夜子は私の顔を、手で包みながら問う。


「好きだよ」


「私も、陽菜のこと好き」


 私は美夜子の顔に手を伸ばす。が、それが触れる寸前で、美夜子の唇が私の唇に重なる。

 唾液の交換を終えると、私はそのまま美夜子に押し倒される。


「陽菜……」


 美夜子はまるで飢えた獣のように、私の首筋に食らい付く。


「あっ……」


 首筋の刺激に、私は吐息混じりの声を出す。美夜子は私の耳元で「可愛い」とずっと囁く。

 私は手を伸ばして、美夜子の背中に腕を回すと、美夜子のブラのホックを外した。


「あ、ちょっと……」


「いらないでしょ?」


 美夜子のシャツの裾っから手を突っ込み、柔らかい大玉に触れる。


「手、冷たいね」


「そうかな? 美夜子が熱すぎるんだよ」


 別にそれを触れたいだけじゃない。ただ、美夜子に触れていたいだけだ。

 その後、脇腹や腹部を触り、私は越えていいかわからない線の上に立たされた。

 ――このまま、ズボンの中に手を入れていいのか?


「陽菜……」


 美夜子がギュッと、私を抱き締めたおかげでそれには至らず、私も美夜子を抱き締め返した。


「こうしているだけで、幸せ」


「うん、そうだね」


 美夜子は抱擁を解くと、立ち上がって、ブラを外した。


「私達、もっと先に進むべきかなって思う。もう温泉とかで、お互いの裸は見慣れたし、ベッドの上でも……」


「こ、ここで裸に?」


「うん。駄目……かな?」


 駄目じゃない。けど、どこか心の覚悟というか、準備ができていない。

 でも、私はそう言い出せず、でも、ブラのホックを外したのは私だし、ズボンの手前まで手を伸ばしていたのも私。


「……わかった」


 私はそう言って、着ているものを脱ぐと、美夜子と抱き合った。


「陽菜の体温が、肌から直接伝わってくる……」


「うん。私も、美夜子のが伝わってくるよ」


 目と目が合ったら、キスのサインのように私達は目を合わせてはキスをした。

 ベッドに倒れ込んで、布団を被り、くっついて寝転んだ。


「なんか変な気分。いつものベッドに、裸で入ること無いから」


「だろうね……あ、私撮影でこの前やった」


「平岡さんと?」


「うん」


 美夜子はムスッとして、私を引き寄せた。


「全部、上書きするから」


「上書きってほどのことしてないけどな……」


 二人で、お互いの胸とお尻を揉みしだいていると、玄関から物音が聞こえたので、急いで服を着た。


「びっくりしたね」


「うん……でもお母さんが私の部屋に入ってこないと思うけど」


「なんか、恥ずかしいというか……」


「そうね」


 美夜子は笑いながら服を整えていた。


「ねえ美夜子」


「何?」


「ポニーテールが見たい」


「いいよ」


 美夜子は髪をまとめ始め、私は結うのを手伝った。


「どう?」


「うん、いいよ。いい!」


 美夜子は私が持っていないものを持っている。この黒くて綺麗な髪だとか、高い身長だったりとか、大きな胸だったり、綺麗な白い肌とか。

 私はくせ毛だし、背はちょっと高めなくらいだし、胸は普通くらいだし、肌も特別綺麗なわけじゃない。


「陽菜もやってみる?」


「できるかなぁ」


「やってあげる」


 美夜子は慣れた手付きで私の髪をまとめて、結ってくれた。


「おお!いいかも!」


 私は頭を左右に振って、その度に動くポニーテールを鏡越しに見ていた。


「うん、いいよ。可愛い」


「ありがとう」


 私達は居間へ行くと、草臥れたように玖美子さんはソファーに横になっていた。


「お帰りなさい」


 美夜子がそう言うと「うーん、ただいまー」と力無い声が返ってきた。


「お邪魔してます」


「あ、陽菜ちゃん!ごめんなさいね、だらしない姿で……」


「いえいえお構いなく。色々、疲れてるでしょうから」


 私はそう言うと「そろそろお暇しようかと思ってたんで」と、玖美子さんに言うと何故か美夜子が「もう帰るの?」と、言ってきた。


「もうって……十分いい時間だよ」


「本当だ……」


 時計を指差して、それを見た美夜子はまるで、シュンとした大型犬のようだった。


「また遊んであげるから」


 私はそう言って、美夜子の頭を撫でた。


「明日泊まりに来ていいの?」


「うん、その方が多分、お疲れ様会の準備もしやすいだろうから」


「ああ、なるほどね。じゃあ唯と沙友理がうちに来るのか」


「そうね」


 折角だから労ってもらおう。私は今まで、そんな事してもらったことがない。

 なので、少し楽しみになってきた。


「じゃ、帰るね」


 そう言って私は家へと帰った。

 家に帰ると着替えて直ぐにお風呂へと向かった。汗を流すと、涼しい部屋で体を冷まして、晩御飯を食べた。

 食事中に、絹枝さんの事をお母さんに話すと、驚いていた。

 私はその後、テレビを見たり、動画を見たりして過ごし、日付が変わる前に眠りに就いた。



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