第三話 再び会う恩人

 朝起きると、私は美夜子の胸を揉んでいた。


「うわ!」


「え、何!?」


 美夜子は飛び起きたが、私がその事を話すと「もっと揉む?」と、挑発的に言ってきた。


「顔洗ってくる」


 私はそう言って、ベッドから抜け出した。


「佐竹さん、結局向こうのベッドに行ってるじゃん」


「暑かったんじゃない?」


「そうかも」


 私と美夜子は、歯磨きをしながらそう話すと暫くしてから佐竹さんが起きてきた。


「おはよー」


「おはようございます」


 二人でそう言うと「ああ……朝イチの陽菜ちゃん可愛い」と、佐竹さんが言うので私は「まだ酔っ払ってるんですか?」と訊いた。


「待って、よくよく見ると、美夜子ちゃんも可愛い……!ねえ美夜子ちゃん、うちの事務所に来ない?」


「それはこの前、社長の誘いをお断りしましたけど……」


 美夜子は何故か真剣に考えていた。


「陽菜と一緒に仕事ができるかもしれない……」


「いや、美夜子やめときなよ。目立つの嫌なんでしょ?」


「でも、そんな自分も変えていかないといけないし……」


「あ……なんというか、冗談だからね」


 佐竹さんがそう言うと、少しだけ美夜子は残念そうにした。


「チェックアウトして、またチェックインしにいかなきゃいけないんだよね」


「今度は私抜きですから、お二人で楽しんでくださいね」


「佐竹さんはどうするんですか?」


「んー、会社からも休暇貰ってるし、女一人旅かしらね。あ、今日の送迎はやらせてもらうから」


 仕事なのか、プライベートなのか、よくわからない……。

 支度を終えて、ホテルをチェックアウトし、佐竹さんの運転するミニバンに乗り込む。


「これって会社のじゃないんですね」


「ええ、私のよ。元々社用車だったけど、譲ってもらったの。先週」


「先週? 近々の話なんですね」


「まあそうね」


 次の宿に向かう前に、朝食を摂る事にした。


「朝から海鮮……ですか?」


「美味しいらしいわよ」


「鰤とか有名なのは知ってますけど……」


 私は渋っていたが、いざメニューを見ると、食欲をそそるものしかなく、四種盛りを私は注文した。


「うわ……美味しい」


「ね、美味しいね」


 美夜子は旨みが逃げないように、喋る事なく食べていた。


「美味しかった……食べてたらあっという間だった」


「美夜子ちゃん早いわね」


「お箸止まらなくて……」


「わかる。私ももう食べ終わったよ」


 私と美夜子は、佐竹さんが食べ終わるのを待った。


「あー、お腹いっぱい。もう何もしたくないわね」


「お酒はまだダメですよ」


「わかってるわよ」


 美夜子はお茶を啜り、一息ついた。


「……美夜子ちゃんって本当、美人さんだよね。勿体無いくらい」


「またその話ですか?」


「佐竹さんも、美人じゃないですか」


「私は……売れなかったからさ。だから、こうしてお世話役に回ったのよ」


 その話は初耳だった。私は思わず「佐竹さんも、タレントだったんですか?」と、大きな声で訊ねてしまった。


「ええ……学生時代からね。それこそ、玖美子さんの英語教室に通ってた頃とか、事務所に所属してるけど仕事がなくてね、毎日学校行けちゃってて……」


「沙友理みたいな……」


「その子もそうなの? でもそのお陰で大学も普通に進学して、卒業するときに社長と話して、裏方に回るってお願いしてね。結局は、しがみ付きたかったのかもしれないわね。この世界に」


「それでも立派ですよ。私なんかが偉そうにできません」


「ううん、陽菜ちゃんにはあるのよ。輝くものが。私にはなかった。どれだけ見た目が良くても、それがなければのし上がることはない。なんかさ、そう思ってしまえば自分が可哀想って思えて楽なんだよね。いつまでも……やめた言い訳を探してるみたいよね」


 私は佐竹さんを見ながら、自分と重ねていた。

 私は逆だ。どうして私なんかが沢山仕事を頂けるのだろうか、どうして私じゃないとダメなんだろうかと考えていた。

 私以外が沢山いるのに、私でなきゃダメな理由を探していた。そうやって自己肯定をしていないと、自信を持てなかったからだ。

 自分らしさを、求めるが故に、自分らしさを見失ったこともある。

 私は多分、今それを探し続けているんだ。


「なんとなくだけど、美夜子ちゃんにも輝くものがあるように見えるのよね」


「私にも……ですか?」


「ええ。陽菜ちゃんと美夜子ちゃん、それに唯が一緒に来た時、私ハッとしたの。陽菜ちゃんの隣に立つのに相応しい子が来たって。だから、社長の目は間違えないんだって思ったわ」


「私、社長さんの腕の骨折るくらいの勢いで断っちゃいました」


「多分、美夜子ちゃんから言えば、すぐ入れると思うよ?」


「そうなんですか……」


「うん。ぼんやりでいいから考えておいて欲しい」


 美夜子は真剣な顔で考え始めたが、とりあえず店を出ないかと私は提案した。


「ここは私に払わせてくださいね」


 私はそう言って伝票を奪い取り会計へと向かった。


「持ちつ持たれつですよ」


「……なんか一回りも年下の子に奢られるのって背徳的ね」


「お金は私の方が持ってますから」


 そりゃあれだけ映画やドラマに出演したんだから、そこらの高校生よりお金はある。


「貯金してたの?」


「というか、親もあんまり使わないんだよ。価値観狂うのが嫌だってお母さん、生活水準昔のまんまだし。たまに、ちょっといいもの買ったりするけど」


 私はそう言うと「まあ父親はあれだったけど」とブラックジョークをかました。


「陽菜ちゃん、それ笑えないよ……」


 苦笑いを浮かべた佐竹さんは、車のエンジンを掛けて、病院へと向かった。

 面会時間が始まるまで少し時間があったので、車内で色んな話をしていた。

 美夜子と佐竹さんが昔遊んだ時の話とか、私の今までの仕事の話とか、美夜子をスカウトしようとした時の社長の話とか、笑いが絶えなかった。


「そろそろいい時間ね」


 佐竹さんがテキパキとアポイントを取ってくれて、阿良川監督の病室へと向かった。


「失礼します」


 私はノックをしてドアを開けた。


「あれ、陽菜ちゃん? 昨日帰ったんじゃなかったの?」


 パイプ椅子に腰掛けた、健さんが出迎えてくれた。


「なんというか……その……」


「いやでも、わざわざ来てくれて嬉しいよ。そちらの方は……」


「初めまして、立山美夜子です。咲洲さんとは高校の同級生で……」


「あ、お友達? てっきり業界の人かと思った。僕は阿良川健だ。よろしくね」


 まだ眠っている阿良川監督の側で、他愛もない会話をしていると「騒がしくておちおち寝ておれん」と、監督は目を覚ました。


「陽菜ちゃん? 昨日帰ったんじゃ……」


「さっき健さんも同じこと言ってましたよ」


「ありゃ、そうか……」


「監督の顔見たくて……来ちゃいました」


 私がそう言うと、監督はニカッと笑い「まるで孫に来てもらった気分だ」と言った。


「お孫さんって……」


「まだいないから。僕、結婚まだだし、姉さんもまだ独身だしね」


「そうでしたね」


 もしかしたら、監督はずっと孫のように接してくれていたのかと思うと、少し泣きそうだった。


「それにしても、お綺麗な方だね」


「立山美夜子って言うんですよ。あの、私が週刊誌の載った時、キスしてた子です」


 私がそう言うと、健さんも驚いて声を上げた。


「あー、あれ!びっくりしたんだよー。陽菜ちゃん、すっぱ抜かれてるーって!」


「はあ……おじいちゃん安心したー」


「勝手に孫にしないでください」


「というか、キスするってことは……そういう関係?」


「こら!タケ、そんな野暮なことは聞くな」


 なんだか昨日とは違い、元気そうな監督を見て私は安心した。


「まさか、また僕に会うためだけに、わざわざ富山まで戻ってきたわけじゃないだろう?」


「まあ……第一の目的は監督と会うことでしたけど……ついでに、旅行しようよって感じですかね」


「だったら、そちらのお嬢さんにも撮影現場見せてあげなさい」


「え、でも……」


「佐竹さん、なんかうまいこと理由作っておいて」


「え? は、はい……」


 阿良川監督は佐竹さんに無茶を振った。


「じゃあ、うちの事務所の新人ってことで見学に来たと言う設定でどうでしょう?」


「お、いいね。陽菜ちゃん、こっち側の才能もありそう」


 話は決まって、お昼まで撮影の見学をすることになった。


「なんか面倒な事になりそうだけど……興味あるから楽しみ」


「面倒なこと?」


「本当に新人って勘違いされたらどうしようって……」


「その時は……その時じゃない? 私は美夜子と一緒に活動できたら嬉しいけどな」


「……」


 その言葉に美夜子は返事をくれず、私達は監督に挨拶を済ませ、病室を後にした。

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