第二話 恩の返し方

「ごめんね。バタバタして」


「仕方ないですよ……」


「意識は戻ったって言ってたから帰りに一度、会って帰れば?」


「健さんは……いいんですか?」


「俺は……この現場を託されたからさ、ここでヘマするのを避けないと。親父が作りたかったものを、ちゃんと作らないといけないし」


 私は頭を下げると、クランクアップの花束を紗季から受け取った。


「陽菜ちゃん、お疲れ様。やっぱり陽菜ちゃんは私達の目標だよ……凄かった」


「そうかなぁ……紗季も頑張ってね」


「うん。唯ちゃんによろしくね」


「わかった」


 先輩達から拍手で見送られて私は宿舎に戻り、荷物をまとめた。


「佐竹さん、病院寄ってもらっていいですか?」


「わかりました……」


 ミニバンが病院に着いた頃、ちょうど夕日が西の空で煌々と輝いていた。

 病室に入ると、管がたくさん監督の周りにあったものの、出迎えてくれた声はとても元気そうだった。


「わざわざすまないね」


「無理しないでください!」


 私は、起き上がろうとした監督を制した。


「んっ……。陽菜ちゃんに元気でいろって言われてすぐこの有り様さ……もういくばくもないんだ」


 阿良川監督はすでに余命宣告を受けていたようで、その最後の生命を映画に賭けたいということだった。

 最初は力強かった声も、徐々に弱っていき、その様を感じ取った私は大粒の涙を流していた。


「約束、守れそうにないね……。でも、構想は健に伝えてあるから。陽菜ちゃんはとにかく、今の生活を謳歌しなさい。折角掴み取ったチャンスは、無駄にしちゃいけないよ」


 監督はそういうと、目を閉じた。


「飛行機の時間があるので……」


 後ろから佐竹さんがそう言うと、私は少し名残惜しいが阿良川監督に別れを告げて病室を後にした。

 帰りの飛行機では、ずっと憂鬱な気分だった。私の秘密を唯一知っていて、あの時私を励ましてくれた監督。私は恩を返しきれていない。このまま、旅立ったとしたら、私は不孝者だ。


「できること……あるのかなぁ」


 私はそう呟いて、窓の外をじっと眺める。

 もしかしたら、こうして公に出て活躍することがそうなのではないか?

 やはり、復帰するという道を選ぶべきなのではないか?

 私はそう考えながら、夕日が沈み切った空を見ていた。



 自宅へ帰る前に、美夜子の家に寄ることにした。連絡も入れず帰って来たので、サプライズを仕掛けようというものだ。

 恐る恐るインターホンを押し、玖美子さんの声が聞こえると、美夜子が居るかどうか訊ねた。


「美夜子なら、友達と出掛けてるけど……陽菜ちゃん、もう帰ってきたの?」


「はい。あ、美夜子には内緒にしておいてください。驚かせたいんで」


「わかったわ。任せといて」


 話し終えて、私はタクシーを捕まえて帰宅した。


「ただいまー」


「あれ、お帰りなさい」


 私は、玄関の靴の量に驚いていた。


「何してるの?」


 美夜子と唯、そして沙友理が驚いた顔でこちらを見ていた。

 飾り付けの準備だろうか、テーブルの上が散らかっている。


「陽菜……なんで連絡してくれないのよ!」


「いやぁ……驚かせようと思ってね」


「それは、こっちの台詞!サプライズで出迎えようと思ったのに!」


 怒る美夜子を宥める唯。

 そして私は、急にホッとしたのか泣いていた。


「陽菜……?」


「なんか……ごめん……色々あってさ……」


「どうしたの、陽菜ちゃん?」


 私は阿良川監督についてを三人に話した。


「体調悪いとは聞いていたけど、まさかそこまで……」


「うん……なのに私、高校卒業まで待ってなんて言っちゃってさ……」


「陽菜……」


 私は、美夜子の胸の中で泣いていた。


「私、監督にまだ恩を返せてない。どうしたらいいかな?」


「……陽菜は復帰して、活躍することが恩返しって考えてる?」


 私はそれに言い返せなかった。八割くらい、そう考えていたからだ。


「監督さんはなんて言ってたの? 陽菜に復帰しろって?」


「ううん。今を謳歌しなさいって……」


「だったら、復帰する必要はない。でも……復帰したいっていうなら、私は止めない。それが、陽菜の望むことだもん」


「そっか……」


 私はとりあえず部屋で着替えて、またリビングへ戻った。


「これは?」


「お疲れ様会の飾り付け」


「そっか。手伝うよ」


 私は飾りの準備を手伝い始めた。


「自分の為の会なんだから、手伝わなくても……」


「ごめんね。今何かしてないと、辛いんだ」


 私は沙友理にそういうと、黙々と作業を進めた。


「陽菜ちゃんのマンパワー何人分なの? もうこんなに……」


「ごめん……作りすぎたかな?」


「う、ううん!いいのよ? あればあるだけ華やかになるし……」


「そのお疲れ様会っていつやるの?」


 私が美夜子にそう訊ねると、美夜子は上の空で、なにか考え込んでいた。


「ねえ、美夜子?」


「え? ああ、何?」


「お疲れ様会っていつやるの?」


「えっと、土曜日。陽菜が帰ってくるって言ってた日だから」


「そっか……」


 それまで猶予はある。

 私は、決断をしなければならないか?

 この日常を続けたいけど、あの場所でもう一度……。

 そう考えるということは、私は戻りたいのではないだろうか?

 私は、微睡む様な意識の中、何が正しいかわからない泥濘に嵌まっていた。


「陽菜、向こうに戻りたいの?」


「……そうじゃないけど」


「嘘。そんな顔してる」


「戻りたいけど、何もできないし……。撮影だって終わってる。できるとしても、見学しておくくらいだから、行っても意味ない」


「違う。監督さんの傍にいたいんじゃないかって」


「それこそ、行ってどうなるのよ。きっと、気が休まらないだけよ」


 私はコップを手に取り、お茶を口へと運んだ。

 冷えた空気が冷房から流れてくる。

 汗のかいたコップから、雫が滴り落ちる。


「美夜子、旅行に行かない?」


「どうしたの、急に」


「一人だと辛いから……一緒に、富山に行かない? 旅費は私が出すから」


 美夜子は少し悩んだが「いいよ」と、返事をした。

 私はすぐに佐竹さんに連絡をして、泊まっていた宿に部屋がないか確認してもらった。


「部屋空いてるって。佐竹さんが、手配してくれた」


「そう……」


「えーいいなぁ、私も旅行行きたい」


「二人は自費で来てね」


「うっ……今月結構ピンチだから、私パス」


「まあ私も、お仕事あるし行けないや……。二人で楽しんできてね」


 私は話が決まると、お母さんに明日の朝出発する事を伝えた。


「もう、いきなりなんだから」


「ごめんなさい」


 その後、準備会は解散となり、私は美夜子と一緒に、玖美子さんへ説明をしに行った。


「陽菜ちゃん……それは辛いわね」


「はい。とてもお世話になった人なので」


「陽菜がそこまでいう人だから、私も会ってみたい」


 そう言うと、玖美子さんは快く送り出してくれた。

 美夜子はキャリーバッグに荷物を詰めて、私は持って帰ってきたバッグをそのまま持って行くことになった。


「まあ、元々どっか行こうって話してたもんね」


「そうだけど……まさか、こんな形で行くことになるとは思わなかった」


 なんとか取れた最終の新幹線のチケットで、富山に向かった。


「宿は明日チェックインだから、今日はどうしようか?」


「とにかく、何か食べたいな……」


 なんとか、日付を跨ぐ前に富山にたどり着いたが、チェックインの時間はとうに過ぎており、私達は二十四時間営業のファミレスに行くことにした。

 腹ごしらえを済ませてから、この後どうするか考えた。

 よくよく思えば、私達は高校生で、普通に歩き回っていたら補導される時間だった。


「カラオケとかも入れないよね」


「漫画喫茶も確かダメだったはず」


 路頭に迷っていると、一台のミニバンが駅のロータリーに入ってきた。


「二人とも、乗って」


「さ、佐竹さん!?」


 驚いた後、どこか安堵したような気分になった。

 私と美夜子はキャリーバッグを積み込んで、座席に座る。


「どうせこうなってるだろうと思って……念の為お母様に連絡したら、今さっき出たって聞いて。なんで、明日宿泊で予約入れたのに、今日に来てるんですか」


「なんか……居ても立っても居られなくなって……」


「はい……」


 佐竹さんは近くのビジネスホテルに向かい。三人相部屋で部屋を取ってくれた。


「あの、お金出します」


「いいのよ」


 部屋に荷物を置いた後、近くのコンビニでお菓子や飲み物を買い込んだ。

 さながら、女子会の準備、とでも言うのだろうか?


「今日は無礼講よ」


「はぁ……」


 ホテルの部屋に戻り、順番にシャワーを浴びた。

 私と美夜子はベッドを当て側れ、佐竹さんはソファーで寝ると言うので、私と美夜子は同じベッドで寝るといい、なんとかその場をまとめた。

 佐竹さんは、プシュッという音を立てて缶チューハイを開けると、グイッと飲む。

 私と美夜子はジュースを一口飲んだ。


「にしても……陽菜ちゃん、思い切りがすごいわね」


「だって……」


「あーもう、可愛い!帰りの飛行機でずっと悩んでたもんね」


 佐竹さんは、私を抱きしめた。


「そう言うところが好き!自分の中に確かな考えを持ってるくせに、周りに合わせようとするけど、結局陽菜ちゃんって頑固なのよね」


「流石マネージャーさん、分析すごいです!私も、そう思います!」


 美夜子は目を輝かせながら、佐竹さんに同調し私を抱きしめた。


「ちょっと、苦しい……二人とも、胸のサイズ考えて……」


 四つの柔玉に押しつぶされそうになりつつも、なかなか悪くない感触で、もうなんだかぐちゃぐちゃだ。


「私より、美夜子ちゃんのほうが大きいんだけど」


 そう言って佐竹さんは、美夜子の胸を揉んだ。


「あ、ちょっと……」


「若いから弾力もあるわね……。陽菜ちゃん、あんまり乱暴に扱っちゃダメよ?」


「わかってますよ……」


 気付いたら一缶、また一缶とチューハイを空けていく佐竹さん。


「私だってこれ、プライベートだからね」


「それは、もちろんそうですよね」


 私は苦笑いしながら、いつものしっかりしたお姉さんの佐竹さんが崩れていく様を見ていた。まるで陽子ちゃんのようだ……。

 そして宴もたけなわ、女子会はお開きとなり、寝る事になった。


「さ、陽菜ちゃん、一緒に寝ましょ?」


「陽菜は私と寝るんです!」


 私は二人に取り合いにされて、結局、三人で同じベッドで寝る事になった。


「これだったら、ツインじゃなくてダブルで取ればよかったのに」


 私は嘆きながら、二人に挟まれて眠った。

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