第24話 日常との再会
学校に着いたのは、二時間目の終わり頃。最終の検査を終え、タクシーで学校に着いた私は、いつもと違う特別感に浸っていた。
皆が授業を受けている中、私はのんびりとアプローチを歩く。
校舎を見上げ、自分の教室のある場所を見ると、美夜子がこちらを見ていた。
私は美夜子に手を振ると、美夜子も振り返してきた。
昇降口で上靴に履き替え、先に上坂先生と話しをしに、私は職員室へと向かった。
ノックをし「失礼します」と言ってから、扉を開く。入ってすぐのところが、上坂先生のデスクだ。
「咲洲さん、大丈夫だった?」
「まあ……はい。熱ももうないですし、頭も検査では異常なしと。ただ、少しの間激しい運動は避けた方がいいとのことなんで……」
私はデスク上にある、来週初めに差し迫っている体育祭のプログラムを見た言った。
「まあ、それは仕方ないでしょうね。とりあえず、中途半端だし二時間目終わってから、教室に入りなさい」
「そうですね。そのつもりです」
私は、授業が終わるまで職員室にいることになり、応接用のスペースで待機することになった。周りの教諭達は、こちらをチラチラと見てくる。
「あ、あのー」
恰幅の良い、ダブルのスーツを着た教頭先生が声を掛けてきたが、なぜかこちらに謙るような態度だった。
「申し訳ないんですが、こちらにサイン頂けますか?」
「え?」
ペンと色紙を手渡された私は、とりあえずサインを書いて「宛名はどうしますか?」と訊ねた。
「泉美でお願いします」
「娘さんですか?」
「そうなんです。昔から、髪型まで真似するくらいのファンで……」
私はそれを聞いて、サラッと書き終え「よかったら今度直接会ってみたいですね」と言って色紙を手渡した。教頭がその場を去ったところで気付いたが、他の教諭も後ろに並んでおり、職員室で簡易のサイン会が始まった。
暇つぶしになるしいいかと、私はその場にいた十数名にサインを書いて、最後は上坂先生に書いてあげた。
「陽子ちゃんへ……っと」
「あっ、そんな名前で呼ばれると照れちゃいます……」
「そういえば、先生が預かってる従姉妹って唯なんですよね? なんで教えてくれなかったんですか?」
「あれ? 本人が驚かせるから黙っててと言ってたんですけど……」
唯の奴……。
「唯と仲良くしてあげてくださいね……あの子、前の学校じゃ結構辛かったようですし」
そんな話しをしているとチャイムが鳴り、私は教室へと向かうことにした。
教室の引き戸を開けると、私に注目が集まり、皆んなから心配された。
「大丈夫だから、席に着かせて」
人混みを押し除け、私は自分の席に座った。
「何してたの?」
「職員室でサイン会」
「流石陽菜ちゃん、人気者だね。私なんてそんなサインなんて求められなかったよ」
唯は後ろの席で卑屈になっていた。
「実はここ数日のこと、覚えてないんだけど……私、二人と何かあったっけ?」
「え?」
「冗談。記憶も何もかも正常だって検査結果もらいました」
「驚かさないでよ……」
うん、今日も美夜子は可愛い。私はそれだけでいい。それだけで幸せなんだから。
「今日もバスの中で、美夜子からずっと陽菜ちゃんの話しをしてってせがまれて……私いつから陽菜ちゃんの語り部になったんだか……」
「でも、一番一緒にいるの長いのは唯でしょ?」
「まあそうだけど……」
少し嬉しそうに唯は、横髪の先を遊ばせながら言った。
そしていつものように授業を受け、昼休みには屋上で昼食を摂ろうとしていた時、沙友理声を掛けられた。
「陽菜ちゃん、ちょっといいかな?」
「ん? どうしたのさゆちゃん」
私達の様子を怪訝そうに見る美夜子を唯に任せて、私は沙友理と話しをすることにした。
「実は演劇部、無事入部できたの」
「そっか、よかったね」
「陽菜ちゃんは……あの子と仲直りしたの?」
「うん……」
沙友理はため息を少し吐く。
「さっき一緒にいたのって……」
「早川唯だよ。この前転校してきたの」
「そっちのクラス、凄いなぁ……」
唯も暫くは仕事をセーブすることになっていると沙友理に伝えてから、私は屋上へ向かった。
「何してるの……?」
卵焼きを食べさせようと、美夜子が口を開けた唯の元へお箸を運んでいた。
「ち、違う!これは……!」
「あー、お邪魔しました。お二人でごゆっくりー」
私は階段へと踵を返すと、美夜子は私を後ろから抱き締めた。
「今のは唯がどうしてもって言うから……」
「それでも、断ればいいじゃん」
「それは……」
私は唯の視界に隠れるように、壁際へ美夜子を引っ張ると、キスをした。
「この際はっきり言っておくけど、私だけを見てて……」
美夜子の唇から離れた後そう言うと「うん、わかった」と、美夜子は返事をした。
美夜子の唇は久しぶりだった気がする。
その毒のような痺れを、私の体はすぐに欲して、何度もキスを繰り返した。
「あのー、そろそろ食べないと……」
待ちかねた唯が中に入ってきてそう言うと、私達の様子を見てあんぐりしていた。
「ふ、二人とも!真昼間から発情しすぎ!」
蕩けた顔で唯を見たせいで、そう思われてしまったのだった。
お弁当を食べながら体育祭に参加できないことや今週末の予定について話し合ったが、唯は仕事が入っているらしく、美夜子と二人で……と話はまとまった。
「そういえばさっき陽菜ちゃんに話し掛けてた子って……」
「隣のクラスの白川沙友理。私が最初に入ってた、児童劇団で一緒だったの。まあ、私は数ヶ月しかいなかったけど」
「仲良かったの?」
美夜子は心配そうに訊ねてくる。
「んー、特別どうだったとかはないかな? 有象無象の内の一人くらい」
「でも、名前は覚えてたんだ」
「ちょっと美夜子、怖いよ」
私の顔を覗き込み、今にも食べてやろうかという雰囲気の美夜子に、私はたじろいだ。
「細々と芸能活動続けてるらしいけど、お芝居が一番やりたいって言ってたから、とりあえずここの演劇部入ったらって提案したの」
「確かここの演劇部って、この界隈じゃ強豪って呼ばれてるんじゃ……」
「そう。だから、叩き上げるには丁度いいんじゃないかなって」
私はお弁当箱を片付けながらそう言った。
「そりゃ私達も最初はゼロからだったし、レッスンとか現場で先輩とか演出家の人に色々教えてもらったりして、叩き上げられてはいるよね」
唯はそう言うと、私をチラッと見て「陽菜ちゃんは別として」と言った。
「私だって……ん? 確かにそこまで厳しくされた覚えがないな」
たった一度だけ、厳しいで有名な演出家の人に延々とNGを出されて泣いたことはあるが、それ以降はどうすればいいかがわかるようになり、台本を読み込んだり、他の演者の芝居をよく見たりと勉強した。
「陽菜ちゃんはある意味天才なんだよ。皆んなが嫌がるような、地味な努力も平気で、当然のようにするから……」
「職人気質はお祖父ちゃんの遺伝かな?」
祖父は大手スポーツメーカーで野球のグラブを作っていた、グラブ職人だった。
細かいところのこだわりが強く、プロの選手も愛用していたと聞いている。
そうこう話していると、予鈴が鳴り、私達は教室へと戻った。
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