第23話 reunion

 目を覚ました時には外は夕暮れ、病室には一人きりだった。

 後から夕食を運んできた島崎さんに訊ねると「一階ロビーで皆んな待ってるんじゃないかしら?」と言っていた。


「夕飯、これだけですか?」


「しょうがないでしょ。病院食なんだから」


 私は苦笑いを浮かべていた。


「先に食べてもいいし、後からでもいいからね」


「はい。ありがとうございます」


 私は思い出した。プリン以外何も食べていない。

 私ががっつくように食事を摂っていると、お母さんに連れられて美夜子と唯が病室に入ってきた。


「陽菜……」


 美夜子は真っ赤にした目で私を見た。


「美夜子、ずっと心配してたんだよ?」


 唯がそう言ったが、私は凪いだ感情を動かすことを躊躇った。


「そっか……ありがとう。心配かけたね」


「陽菜ちゃん?」


 唯は私の顔をじっと見る。


「……どうして?」


「ん?」


 唯は歯を噛み締めて、どこか悔しさを滲み出す。


「なんで!あんたの好きな人、私奪おうとしてるのに!どうしてそんな平静を保てるのよ!」


「ちょっと、唯ちゃん?」


 お母さんが止めに入り、唯はベッドから引き剥がされた。


「……平静って。そんなんじゃない。そんな立派なもんじゃないよ」


「陽菜……」


「私だってわかんないんだよ!どうしたらいいか、どうすれば自分にとって一番良いか……わからないから……悩むしかないじゃんか」


 私は涙を流し始める。それを見た美夜子は私に近づこうとするが、私は目線でそれを静止した。


「……私が悪い。私が流されて、唯のことばっかりになって、それで陽菜を追い詰めた」


「……笑わせないでよ。美夜子に何がわかるのよ。私の気持ちなんて結局美夜子にはわかんないでしょ。ねえ私、何かしたかな? 美夜子に、唯に何かした?」


「したよ……。陽菜ちゃんは私の欲しいもの、全部全部自分のものにして……」


 唯はそう言いながら自分の腕をギュッと握り締めていた。


「私はずっと悔しい思いをしてた。ずっとずっと陽菜ちゃんの後ろで、ずっと。追い抜くことも許してくれないし、いなくなって前が開けたと思ったら、とんでもないプレッシャーと仕事量とで押し潰されそうになって……結局一ヶ月も持たなかった」


 唯のその感情は妬ましさを凌駕した悔しさだった。


「結局、私は咲洲陽菜になれなかった。同い年で同じ性別だから同じ役割を求められたけど、できなかった。現場でたまに耳にする『陽菜ちゃんがいたらなー』って声が日に日に鮮明に聞こえるようになった」


 唯は肩を振るわせて大粒の涙を床に落とした。お母さんが肩を支えてソファーに座らせると、乱れた息を整えて再び口を開いた。


「転校してきたのは、少しでも報いるため。陽菜ちゃんも、何かを奪われたらショックだろうと思ったから……」


「そう……なら大成功じゃん。おまけに階段から落ちるなんてね。そっか……私、唯にも嫌われてたか……。まあ良いけどね。好かれるのも嫌われるのも、さして変わらないし」


「違う!私は……陽菜ちゃんを嫌いなわけじゃない」


「だってそうじゃん、ずっと邪魔だって感じてたんでしょ?」


 唯は勢いよく立ち上がり、私への距離を詰める。


「気づいたの。私は、ずっと憧れてたんだって。咲洲陽菜という存在に。でも、その重みを知った。最初は妬んでたかもしれない、でも、その重みを知ったから改めて憧れた。尊敬した。だから……」


 唯は私にキスをした。それを見た誰もが驚きのあまり硬直していた。無論、私も含めてだ。


「最初は苦しめようって美夜子に近づいた。でも、動じない陽菜ちゃんが憎いのと同時に流石だってなって……でもどうやったら陽菜ちゃんが動じるのかなって、考えれば考えるほど、陽菜ちゃんを想っちゃう。初期衝動はもうとっくに冷めてて……」


「もういいよ……もういい。なんとなく察した」


「察したって、何を?」


 美夜子がそう訊ねると私は「つまり、唯は私を元の私にしたかったんだよね」と答えると唯はコクリと頷いた。


「結局私は揺らいでしまっていたの。だから大成功」


「そうなのかも……でもね、これだけは言っておきたい。美夜子は、陽菜ちゃんのこと大大大好きだから……私なんて付け入る隙なかったよ」


「でも、美夜子ってチョロいでしょ? 優しいから、困ってたら放っておけないっていう」


「私が槍玉に上げられるの?」


「そりゃだって美夜子がもっと毅然たる態度を取っていたら、こうにはならなかったのも事実だし」


「陽菜が拗ねるからでしょ!」


 美夜子が私に掴み掛かったところで、島崎さんが叱りに来て、私はお母さんと唯に美夜子と二人きりにして欲しいと頼んだ。


「改めて……なんというかごめん。あ、メッセージずっと既読つかなかったんだけど」


「スマホ家に忘れちゃって……それに唯が朝寝坊してそれで」


「取りに帰る時間もなかったと?」


「うん」


 私は馬鹿らしくなって笑っていた。


「結局、私が無駄に唯の掌の上で踊ってたってわけね」


「私も、ごめんなさい。もっと陽菜のこと、考えてればわかったことなのに、先生にも唯のこと頼まれて……」


「あ、それ!いつのまに呼び捨てに?」


「これは唯が、ずっと陽菜の事呼び捨てにできないからって。下の名前で呼び捨てにするのなれてないらしくってそれで……」


「練習ってわけか……もう、ややこしいなぁ」


 私は頭を掻いたがちょうどコブができているところを触ってしまい痛みに悶絶していた。


「……陽菜、まだ怒ってる?」


「んー、怒りはなんか気づいたら無くなってた。ぶっちゃけると、もう美夜子を好きでいるのやめようとまで思った。でも、なんかできなかった。最後まで希望を捨てきれなかったんだけど……教室入ってくる時にその呼び方を聴いて『あ、終わった』って思ったの。で、気付いたら体が重くなってて……」


 美夜子は私を抱きしめながら「ごめんね、陽菜」と言ったが、私は「許さない」と意地悪そうに言ってみせた。


「もう面会時間終わりじゃない?」


「でも離れたくない……」


「もう……美夜子は甘えん坊なんだから」


 すると島崎さんが鼻息荒く「もう面会終わりだからね」と美夜子を引き剥がしてしまった。


「正直、ずっと見てたいくらいだけどルールだから」


 そう言って美夜子を病室から出そうとする。


「美夜子、また明日ね」


「うん。じゃあね」


 お母さんと唯にはメッセージを送っておいた。なんとか仲直りしたよと、気をつけて帰ってねという内容だ。


「なんかドラマ見てた気分だわ」


「どうでしたか? 私の演技」


「演技だったの?」


「冗談ですよ」


 そう言って島崎さんは食器を片付けて行った。

 消灯時間までしばらくあったので、私はずっと美夜子とメッセージのやり取りをしていた。

 そして消灯時間になり、案外すぐ私は眠ってしまったのだった。

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