第22話 無様に晒す前に PAINT IT BLACK
部屋は真っ暗のまま、私は項垂れていた。
勘違いならどれほど良いかと、何回も思いながら、私はベッドに頭を打ちつけていた。
壁にするのは痛いからもうよそうと思い、私は柔らかいベッドに何度も頭を打ちつける。
「陽菜、何やってるの?」
音を聞いて心配したお母さんが様子を見に来た。
「んー、なんでもない」
私はお母さんの顔を見上げてそう言うと、お母さんは私を見て慌てていた。
「陽菜、どうしたの!?」
お母さんは私を抱き締めると、トントンと背中を叩いた。
姿見に映る私は、なんと泣いていたのだった。
「あれ? いつのまに……」
「何かあったの?」
お母さんの問いに「まあ、なくはない」とぼんやり答えた。
「唯ちゃん、覚えてる?」
「そりゃ……」
「唯ちゃんが転校してきてさ、家が美夜子の家の近所のマンションで、ずっと二人仲良くしてるからさ……」
「あら、ヤキモチ?」
「なのかなぁ……私、わからなくなって、なんかこんな自分にイライラしてきて……」
お母さんは私の背中を摩ると優しい声で「それでいいのよ」と呟いた。
「それで、段々分かっていくのよ」
「……私は、正直嫌なの。こんな気持ちになるくらいならそもそも、こんな感情持たなければって」
「でも、それだけ陽菜は美夜子ちゃんが好きなんでしょ?」
「そう……なんだろうけど……それよりも、分かってるはずの美夜子がどうして気づいてくれないのかがなんか……」
「それは我儘よ。大人になったらずっと一緒にいるなんてできないんだから」
確かに、職場が違ったりしても愛は壊れたりしない。だから逢瀬を大事にするし、それだけ愛も深まる。
「じゃあ私は、大人になれてないのか……」
「そうね……私だっていっつも不安でしょうがないわ。まあ実際お父さんはああなっちゃったけどね」
「そう考えれば、子どもの恋愛ごっこだね」
「そこまでは言ってないけど……」
私はお母さんに少し元気をもらって夕飯を食べることにした。
美夜子に「今日はごめん。私、ヤキモチ妬いちゃってた」とだけメッセージを送っておいた。
だが、既読はついたものの返信はなかった。
だけど不思議と不安はもうなかった。単純に返信する暇がないと言うことだ。別に返信がなくても届いているなら、それでいいじゃないか。
夕飯を食べ終えて入浴も済ませ、久しぶりにストレッチをしていた。すると、すぐに眠くなり、まだ日付も越えようともしていないが、私はベッドに入り眠りに就いた。
朝のアラームで起床し、いつものように支度をして家を出た。
いつもと同じ時間のバスに乗り学校へ向かう。が、美夜子と唯はバスに乗って来なかった。
心配になった私は美夜子にメッセージを送ったが、既読もつかずで私は教室へ入り二人を待っていた。
「美夜子、早く!」
「待って!唯!」
私はその声の方を向きたくなかった。知りたくなかった。箱の中の猫がどうなってるか、知りたくなかった。
私は思わず顔を伏せて寝たふりをしていた。
ただ仲良くなって呼び捨てで呼び合う仲になっただけだ。まだ美夜子は私のことを想っているに違いない……。
私は……?
私は誰を想っているんだ?
私は……私は……。
「陽菜?」
私は美夜子の声に気づいたが、顔を上げることはなかった。
鉛のように重くなった体は動かず、そのまま昼休みまで私はほとんど、誰とも接することなく、過ごした。
そして昼休みになると、私は早々に教室を出ていき、階段を降りて昨日と同じ中庭に向かう。
未だ、体は鉛のように重い。なんだこの体はと、何度も太ももを叩いた。そして階段に差し掛かった時、体が急に軽くなり私は一気に落下して行った。
大騒ぎになっている踊り場で、横たわる私と、救急隊の担架。
救急車の中に運び込まれた時にはもう意識がなく、気付いた時には病院のベッドの上だった。
「……ん、ここは?」
「あっ、先生!咲洲さん意識戻りました!」
看護師のお姉さんの声が聞こえてから、背の高い低音のイケボな医師が私の目をじっと見る。
「名前、言えるかな?」
「咲洲陽菜です」
「何歳?」
「え、十六歳ですけど……」
意識を確認されたのちに、色々と説明を受けた。
私は三十九度台の高熱を出しており、ふらついた弾みで階段から転げ落ちてしまった。
その時に頭を打ってしまっていたのでここに運び込まれたとのことだ。
「どうりで体か重いわけだ」
「ははっ、よっぽど精神が強いんだね。普通、もっと立ち上がれないくらいフラフラになってるよ」
「でも、だから階段から落ちたんでしょ?」
不謹慎ながら病室は笑いに包まれた。
「色々検査したけど特に何か写ってたとかはないから、念のため今日は一泊して明日退院ということで、親御さんももうすぐ来られるらしいから」
「はい……ご迷惑お掛けします」
「いやいや。それが仕事だからね。それに、僕らは普段君から元気をもらってるわけだし、恩返しができて光栄だよ」
名札をチラッと見て柳井という名前を覚えた。
「柳井先生、咲洲さんの大ファンで、サイン会も行ったらしいんですよ」
看護師の島崎さんがそう言うと「そうなんですね……」と私は元気のない声で答えた。
島崎さんに肩まで掛け布団を掛けられ、私は一眠りすることにした。
「……陽菜?」
目を覚ますとお母さんが私の顔を覗き込んでいた。
「あ、お母さん。ごめんね、心配かけて」
「ううん、朝気づけなかったお母さんも悪いわ」
「もう、お母さんは悪くないよ。それに学校ついてからちょっと変だったし、朝はなんともなかったんだから」
私はチラッと時計を見ると、まだ十四時過ぎだった。学校が終わるのももう少し時間がある。
「風邪だけならまだしも、階段から落ちちゃうなんて……情けないよね」
「先生に聞くと、ずっと美夜子ちゃんが救急車まで付いていてくれたんだって」
「へぇ……美夜子が」
「昼休みの最中だったから、終わるまでに学校になんとか戻したらしいんだけど……」
「そっか……」
どうしてだろう。頭を打ったせいか、美夜子に対してなんの感情も浮かばなかった。
スマホを見ても、朝送ったメッセージに既読はついていないし、心配のメッセージも来ていない。
「どっちなの……」
「何か言った?」
「ううん、なんでもない」
美夜子に対して浮かぶ感情はただ苛立ちしかなかった。
「何か飲み物買ってこようか?」
「あ、助かる……あと甘いもの欲しい。プリンがいい。プッチンってやるやつ」
「分かった」
お母さんは病室を出て一階の売店へと向かった。
一人になった病室。慣れないリネンの香りとリノリウムの香り。大きな窓の外に広がる、慣れ親しんだ街並み。
変に非現実的な雰囲気を感じ取った私は、これが夢じゃないかと思い始める。
「痛いな……」
左手首をつねると、十分なくらい痛かった。
「はあ……」
私は黄昏ながらため息を吐いた。右手で拳を作って、右の太腿を殴ってみた。痛かった。
「何してるんだろ……」
笑いながらそうしているとお母さんが戻ってきてプリンを一緒に食べた。
「そうそう、こう言う安いのでいいんだよ」
「陽菜、昔からこれが好きだものね」
「うん。この味はこれしかないから」
あっという間に平らげると、点滴を回収しに島崎さんが入ってきた。
「あら、随分元気なったじゃない」
「ぐっすり寝たらマシになりました」
「そう……風邪って特効薬ないからね。そうやって栄養とって休むのが一番なのよね」
検温すると熱はすっかり下がっていた。
「……ストレスだったのかな」
私はボソッとそう言うと、ゆっくりとベッドに横たわった。
「お母さん、暇でしょ? もう帰っても大丈夫だよ?」
「いるわよ。お友達とか来るでしょ?」
「さあ……来ないかもよ」
「なんで、美夜子ちゃんとか唯ちゃんとか……」
「正直来られても迷惑なんだけどな……」
私がそう言うと「滅多な事言うもんじゃないわ」とお母さんは少しだけ私を叱った。
「……正直、お母さんも陽菜の事わからなくなるの。中学の時とか、あんまり家で一緒にいた事なかったじゃない?」
「確かに……どっちかというとお父さんといることが多かったかも」
「あの人が何を考えてたのかはわからないけど、私は陽菜の悩みに何も力になれなかった……」
中学生の頃の学校の悩みのことだろうか?
正直あの時は私が動いて親には承諾させるだけのような形だった。
「陽菜は自分でなんでもこなしちゃうから……お料理以外」
「一言多い」
「ふふふ……だから、私は陽菜の力になれるように、これからはそうなれるように努力しようとしたけど……ダメだったわね」
「まだ一度失敗しただけだよ」
私は少し眠くなって目でお母さんを見た。
「少し寝る?」
「うん、ちょっと眠くなってきた」
私はそう言って目を瞑った。
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