第21話 まるで泥濘んだ道のように
次の日の朝は、美夜子と唯は一緒にバスに乗り込んで来て、いつも二人で座っているシートで3人はキツく、私は席を譲った形になった。
「明日は私が立つからね」
唯は笑顔でそう言って、美夜子とお喋りを続ける。
「……」
正直、私は気持ちよくない。
美夜子が他の誰かに笑顔を向けることに苛立っていた。
言葉で軽く言ったつもりはない。美夜子は私のだ。でも、唯も大事な戦友で、彼女を傷つけるようなことはしたくない。
となれば、私は我慢してここは傍観しているのが正解……なのか?
美夜子だって私以外と仲良くなるべきだろう。まるで私が番犬のようにいるので、周りの子が近寄り難いという環境を作ってしまっている。そう言う意味では、私より社交的な唯が傍にいた方が良い。
そう自分に言い聞かせながら、学校前の停留所に私は飛び出して行った。
「陽菜!」
「何?」
先に歩く私を美夜子が引き止める。唯はその後について駆け寄ってくる。
「陽菜ちゃん、歩くの早いよ」
「そう?」
私はそう言うと、スタスタと歩き昇降口で上靴に履き替える。
「二人が遅いんじゃない?」
「ちょっと、陽菜!」
美夜子は私に向かって少し語気を強めたが、私は気にすることなく教室へと上がっていった。
今日は一日、ずっとイライラしていた。
これは自分に対してだ。
なんでこんな些細なことにムキになってるのか、なんで嫉妬なんて……。
嫉妬? そんな気持ちを私は持つようになったのか? 美夜子を取られたから?
昼休み、私は真剣にスマホを見つめていた。
何か、気を紛らわそうと、昔のスケジュール表を見ていた。
そして気づけば美夜子と唯の姿はなく、教室で一人、お弁当を食べていた。
正直、お弁当の味はしないに等しかった。
「あ、あの!」
「ん?」
「陽菜ちゃん、今日一人?」
「うん。そうだよ」
「ここ、いいいかな?」
見るからに、同じクラスではない。だがなんだろう、この子、どこかで見たことある気がする……。
「あの私、隣のクラスの白川沙友理って言います」
「白川……沙友理……」
私は脳内のライブラリを照合し、ある一つのきっかけを掴んだ。
「さゆ……あ!」
「そう!覚えててくれた?」
「さゆちゃん!昔、児童劇団で一緒だった!」
「そう!まさか覚えててくれるなんて……」
「いや、今の今まで忘れてたよ。だって面影ないもん」
本当に忘れていた。
児童劇団には少ししか在籍していなかったから、その時の劇団員なんてほんの少ししか覚えていない。
「同じ学校って知っていつか声掛けようって思ってたんだー」
「むしろ、よく私を覚えてたね」
「そりゃうちの劇団一の出世頭だからね」
「ほんの数ヶ月の在籍だったのに……」
「それでもみんな陽菜ちゃんが頑張ってるからって、めちゃくちゃモチベーションになってたよ?」
沙友理はそう言うとその整った顔をくしゃっとして笑った。
「さゆちゃんは? 結局あの後どうしてたの?」
「私は一応モデルやってる。けど、陽菜ちゃんの足元にも及ばない弱小雑誌のモデルの一人。私もお芝居とかしたいんだけどなぁ」
「するだけでいいなら、ここの演劇部とかいいんじゃない? 去年とか大会でいいところまで行ったって聞くし」
「それだ!ね、よかったら陽菜ちゃんも……ってダメだよね」
「私は構わないけど……演劇部的にはあんまり歓迎してくれないんじゃないかな?」
「演者側じゃなくて、演出側になるとかしたらいいんじゃない?」
確かに、それだと現場で仕込まれた演技のノウハウを伝えることもできるか……。
「んーでも、私はやっぱりパス。だって普通の学生生活したいからって芸能活動休止してるんだし」
「まあ……そうだよね。でも私、演劇部は真剣に考えてみる。確かに勧誘会の時のお芝居素敵だったし」
それは私も覚えている。高校生にしてはよくできた芝居だった。
だが、私はどうしても他人にも完璧を求めてしまう質らしく、粗を探したくなってしまう。私的点数をつけるならギリギリ及第点に達するかどうかくらいだった。
沙友理は時計を見てから席を立って「それじゃあ私教室戻るね。またお話ししようね」と言って去って行った。
「誰と話していたの?」
ぬっと美夜子が私の顔を覗き込んでくると、そう訊ねてきた。
「小学校の頃の劇団同じだった子」
「ふうん……」
美夜子は少しムスッとしながら着席し、私の様子を窺った。
「何?」
「どうして屋上、来なかったの?」
「ちょっと考え事してて……」
「でも他の子とは話す余裕あったんだ」
「それ、関係ないでしょ?」
私がドスの利いた声でそういうと、美夜子を含めた教室中が静まり返った。
「……ごめん」
私はお弁当を片付けて教室から出て行った。
「陽菜ちゃん?」
すれ違った唯が私の名前を呼んだが、そんなの聞こえないフリをして私は中庭まで出て行った。
「もう……苛つく」
私は誰も見ていないのを確認して、頭を壁に打ちつけた。
「……っ!」
痛みが走るが、それでもイライラは治ることがなかった。
私は……どうしてこんなにも弱くなってしまったのだろう?
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っても、私は教室に戻ることはなかった。
誰にも見つからないようにするのは簡単で、見つからなければいい。
こっそり図書室に入ったり、屋上へ場所を移したりとしていると、生徒の大半は帰路についた十七時になっていた。
教室に鞄を取りに行き、私は一人帰路に就こうとする。
「陽菜」
校門の外で、美夜子が待っていた。
「探してた?」
「ううん、待ってた」
「そう……」
私は期待していたのかも知れない。美夜子なら私を探してくれると。だが、美夜子はそうじゃなかった。しかし、待っていた……。
私は美夜子がどちらでもない、中間点を抑えてきた事に戸惑っていた。突き放すことも、寄りを戻すこともできない、ちょうど真ん中。
「先に帰ってるとばかり思ってた」
「陽菜を置いて帰るわけないじゃない」
嬉しいのかそうでないのか、私にはもうわからない。
その優しさが、今は痛い……。
「ねえ陽菜。もし、唯ちゃんとのこと何か思ってるなら、何もないから……」
「わかってる……」
いや、わかっていない。今の私は美夜子を信じきれていない。だって、私の知らないところではもしかしたら……と考えると、マイナスのことしか考えられない。
シュレーディンガーの猫。観測されていない事象は私の中で甲乙の答えがある。
その蓋を開けないと、私はわからない。美夜子が言っていることが本当か嘘か。
帰りのバスでは終始無言だった。
私は正直疲れていた。毎日こうやって感情の起伏を感じるのが青春であるのなら、正直辞めたい。
「じゃあ……私ここだから」
「うん、また明日」
美夜子がバスを降りていく姿を見届ける。反対側の歩道に唯がいて、美夜子は唯に向かって行く。
なんだ結局、そう言うことじゃないか。
私の中で一つ何かが弾き出された音がした。
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