第20話 波は穏やかでも力強い
ゴールデンウイーク明け。大型連休が終わると、今度は五月病とかいう病が流行り出す。
しかし、私達は退屈することなく、また同じ朝を迎えていた。
「おはよう」
バスに乗り込んできた美夜子に挨拶をすると、美夜子は当然のように私の横に座り、手を握ってくる。
バスに揺られて学校前で降りると、そこから3分も掛からずに校門を潜り、学舎へと私達は入っていく。
上靴に履き替えて教室に向かい、いつものように自分の席に座ると違和感に気づいた。
「私の後ろって誰かいたっけ?」
空の机がポツンと置かれている。誰かの悪戯か何かかと疑うがそうではなさそうだ。
「転校生……ってことは……」
そう、その予感は見事的中した。
「さ、席について!今日はこんな時期だけど、転校生を紹介します。入って来て」
上坂先生は皆が着席したのを見て、そう声を掛けた。
入って来たのはそう、早川唯だった。
「初めまして……なのかな? もしかしたら皆さんは一方的に知ってくれてるのかな?」
黒板に自分の名前をスラスラと書き、唯はこちらを見た。
「どうも、早川唯です。芸名では唯は平仮名だけど、漢字で書くとこう書きます。これからよろしくお願いします」
唯は深々と頭を下げ、上坂先生の指示に従い、私の後ろの席へと向かってくる。
「やった!陽菜ちゃんの後ろの席だ!」
唯は私の方を見て言うと、やはりと言っていいくらい教室中は騒めき始めた。
「陽菜ちゃん一週間ぶりだね」
「ちょっと唯、恥ずかしいから……」
唯は私の手を取り上下に振ってそう言ったので、思わず私は顔を背けた。
席に座った唯を見て、美夜子はただならぬ顔をしていた。
それは焦りにも似たようなもので、だが、どうすればいいかわからないと言ったものだ。
だが時間はお構いなしに過ぎていき、授業をこなしては休み時間に唯の周りには人集りができての繰り返し。ようやく昼休みになると、私と美夜子は唯を屋上へ連れ出した。
「ありがとう、助かった。正直、ああいうの嫌で転校して来たのに……」
「最初のうちの我慢だよ。それに、私でも最初は唯と同じだったし」
「うーん、そんなものかー」
唯はお弁当を食べながらそう言うと「てか、二人やけに近くない?」と、私と美夜子の距離について疑問を投げかけてきた。
「そうかな?」
「普通……とは違うかも?」
「そんな……二人付き合ってるわけじゃ無いでしょ?」
「ううん、私と美夜子は付き合ってるよ」
「あはは……って、ええっ!!」
唯は驚きのあまり、箸で掴んでいたウインナーを弁当箱へポロリと落とした。
「ほ、本当に?」
「うん。ちょうど連休中にそうしようって決めた」
私と美夜子は淡々とお弁当を食べ進める。
「あの冷徹で有名だった陽菜ちゃんが……でも、美夜子ちゃんなら仕方ないか」
「仕方ないって何よ」
「ほら、陽菜ちゃんってお姉さんっぽい人を割と好きになるじゃない? 千明さんとか」
確かに、胸のサイズや肉付きを除けば高身長なところは似ているだろうか?
「でもそれだけじゃないよ。美夜子と私、ずっと小さい時に会ってて、その時から運命だったんだよ」
私の言葉を聞いて唯はあんぐりと口を開けたまま硬直してしまった。
そして、美夜子はと言うと、顔を真っ赤にしてあさっての方角を見ていた。
「そ、そんな恥ずかしいこと言ったかな?」
「ううん、本当にそこまで好きなんだなってのが……なんかお腹いっぱいになっちゃった」
唯はそう言ったあと「陽菜ちゃん、変わったね……」とボソッと呟いた。
午後の授業を終えて放課後になり、唯は校内の案内をしてほしいと頼んできた。
私と美夜子は快く引き受けて、放課後の校舎内を散策していた。
「こうやって学校の中を歩くの、僕恋の撮影思い出すね」
【僕らが恋をする
深夜枠での放送だったが、コアなファンがファンを呼び、配信ではそれなりに人気の作品になった。
僕恋では私と唯が恋敵で、一人の男子を取り合う話だった。
「……美夜子ちゃん、カッコいいよね」
「だめ。美夜子は私のだから」
「……でも、美夜子ちゃんはどうかな?」
「わ、私は、陽菜のだから……」
「ふぅん……」
唯の目はあの時に役柄のようで、少しゾクっとした。
「私が本気で美夜子ちゃんを奪うって言ったら、陽菜ちゃんどうする?」
「その時は唯でも許さないよ」
私はギラっとしたオーラを出して、まるでそのオーラで唯を引き裂くように凄んだ。
「冗談だよ。陽菜ちゃん、怖いなぁ」
ケラケラ笑いながら歩く唯に、私は眉間にシワを作った。
「でもさ、私の方が美夜子ちゃんと近いんだよね。住んでるところ」
「どこなの?」
「美夜子ちゃんの家の裏のマンション。陽子ちゃんと一緒に住んでるの」
「まさか……」
そのまさか。上坂先生の従姉妹とは早川唯だった。
「だから私、美夜子ちゃんと仲良くなりたいなぁって思ってるの」
つまり、寝取るとでも言うのだろうか。私の心にザラっとした砂が伝うようだった。
この感触、好きじゃない……。
すると唯は美夜子の耳元で何かを囁くと、美夜子は何かに驚いたような素振りを見せた。
あえて、何を言われたか聞かずにいたが、それがどうしても気になって仕方がない。
「でも、これで陽菜ちゃんも安心できるんじゃない?」
「安心?」
「だって気心知れた私が同じクラスにいるんだもの」
「まあ……そうだけどさ」
私はそれどころじゃなかった。
唯のヤツ、美夜子に何か吹き込んだのか? 美夜子の知らない、私の秘密とか?
「美夜子、行くよ?」
何か考え詰めていた美夜子に声を掛ける。
「ご、ごめん」
慌てて後を追ってくる美夜子の様子は、明らかに変だった。
帰路に着いたのは随分と空も茜色に染まった頃だった。美夜子と唯は同じバス停で下車し、私は一人取り残されてもう一つ向こうのバス停を目指す。
気がきでならないという焦りが私にあった。
美夜子と唯は何を話しているんだろうか。
まさかとは思うが、美夜子が唯に乗り換えるだなんてことがあるのだろうか……。
だけど、私は自信がなかった。もし、本当に美夜子が唯の方が好きとか言い出した時、私は案外素直に送り出すんじゃないか?
私の不安は、徐々に視界を暗くし、気づいた頃には降りる筈のバス停を過ぎていた。
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