第18話 月夜、あの丘の上でキスをしよう
「美夜子?」
部屋に入ると、美夜子はベッドの中で丸くなっており、様子が伺えなかった。
「そろそろお昼にしない?」
声が聞こえているのか分からないが、私はそう声を掛けるが、返答はなかった。
「美夜子?」
何度も声を掛けるが同じことだった。私はため息を吐くと荷物をまとめ始めた。
干してある私の洗濯物を取り込んでバッグに詰める。
絹枝さんに帰るとだけ伝えて、私はキャリーバッグを手に取った。
「みゃーちゃんの様子は?」
「さあ……拗ねてるんじゃないですかね。声掛けても返事なかったし」
私はそう言い残して立山邸を出た。
ガラガラとコマが回る音と共に徐々に自宅が近づいてくる。
「あ、お腹減ったな……」
コンビニで焼きそばと野菜ジュースだけ買って、自宅へ到着した。
静まり返ったリビングで、レンジで温めた焼きそばを頬張る。
テレビから流れてくる連休中の街の様子。楽しそうな人々の顔。全てが眩しい。
真っ暗な部屋の中で、私は一人で何をしているのか、分からなくなっていく。
「流石にいきなり帰ったのは不味かったかなぁ。もしかしたら本当に寝てただけかもしれないし……」
私の一方的な解釈で行動したことが、少し子どもっぽいかとも思った。
「一応、メッセージ送るか」
私は「ごめん、今家にいる。あのままだと気まずくて、いられなかったから」とメッセージを美夜子に送った。
既読はすぐには付かなかった。もう美夜子は私に興味ないのかもしれない。そう思うと悲しくなったが、ファンの人達は移り行くもの、よく推せる時に推せというが、私の方も、推される時に推されろと思っていた。
推すモチベーションがなくなることはよくあることだ。少しの要因で、一歩引こうと思うのもわかる。
結局夜になっても美夜子からの連絡はなく、私は独りの夜を過ごしていた。
「全くの一人っていうのも久しぶりかもしれない」
お母さんすらいない夜は、泊まりでの撮影以来だと思う。
それでも、お母さんは心配して電話してきたりメッセージを送ってきたりしていたが、今日はそれもない。
私は夕食を宅配サービスで頼み、ゆっくりぬるめのお風呂に浸かって動画を見たりして過ごしていた。
暫くはその余韻に浸りながら冷えた炭酸飲料を飲んだりしてすごいしていると、スマホの着信音が鳴り響いた。
「もしもし、お母さん?」
「陽菜、今どこにいるの!?」
「え、家だけど……」
私は少し困惑しながら答えた。
「さっき玖美ちゃんに連絡あって、居なくなったって聞いたから……」
「絹枝さんには伝えてたけど……」
美夜子は私のメッセージに気づいていないのか?
とりあえず、お母さんからの電話を切り、美夜子に電話をしてみた。
「あ、美夜子?」
「陽菜……ごめん、今メッセージ見て……」
「ううん、いいよ。いきなり帰っちゃった私が悪いんだし」
「違う!悪いのは……私。私が我儘言って、陽菜を困らせたから……」
電話越しの美夜子の声は涙で湿っていた。
「そんなことない。私が……ううん、これはちゃんと会って話がしたい」
「……わかった。滑り台の公園で待ってる」
私は急いで着替え、滑り台の公園へ向かった。
ジャンボ滑り台の上に座る美夜子を見つけ、滑り台を駆け上がる。
「はぁ……はぁ……美夜子」
「陽菜……」
私は唾を飲み込み、息を整えてから美夜子を真っ直ぐに見た。
「ごめん……何というか、ムキになっちゃって……」
「私もごめん……私の気持ちを無理矢理、陽菜に押し付けちゃって」
「ううん、いいの。それはとても嬉しかったから」
私は美夜子の瞳を、奥の方まで覗き込むように真っ直ぐ見つめていた。
美夜子はこんなにも自分を曝け出してくれているのに、私は偽りの鎧を重ね着してしまっている。
私はそれを脱ぐための儀式に取り掛かることにした。そのために、美夜子に会いに来たのだった。
「正直に、ここからは何一つ、偽りのない咲洲陽菜として話すね」
美夜子は固唾を飲み込み、コクリと頷いた。
「私はずるいの。誰にでも好かれたくて、嫌われるのが怖くて、誰にでもいい顔してさ。そうしているうちに、本当の自分を見失っちゃって、色んな役の女の子をそのまま吸収して自分に置き換えてってのを繰り返して……」
美夜子は真っ直ぐ私を見つめている。私は余計な防護壁を取っ払い、美夜子に瞳の奥の方まで覗き見てもらうつもりでその瞳を見つめていた。
「だからさ、今の関係が壊れたくないって思っちゃって、このまま本当に恋人同士になって、関係が変わらないか怖かったの。だから……ちゃんと返事できなかった」
「……」
美夜子の眼差しが、私の心の奥までを捉えている。
「と、まあごたくは抜きにして、私が美夜子に伝えたいことは、あなたが好きですってことなんだけど……」
私は照れを隠しながらそう言うと、美夜子は泣き始めてしまった。
「えっ!何で泣いてるの!?」
「いやだって……もうダメだって思ったから……」
「そんなことないよ!」
私は泣きじゃくる美夜子を抱きしめると「もう大丈夫だから、泣き止んで」と耳元で囁いてから、美夜子の唇に私の唇を重ねた。
しばらくそのまま、お互いの吐息を聞きながら私達は唇を重ね続けた。
私は美夜子の頬を伝う涙を拭き取る。
「陽菜……」
「美夜子……これからは絶対離れないから……。美夜子が嫌って言ってもずっと一緒にいるから」
「嫌だなんて言わないわよ。私も陽菜が嫌って言ってもずっとついて行くから」
こうして私と美夜子は、本当の恋仲となった。
「お祖母ちゃんが心配してたから、家来て」
「うん」
私達は当たり前のように手を繋いで、美夜子の家へと向かった。
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