第16話 大好きだから、臆病になる

 私はそろそろお風呂にするか提案すると、美夜子は快諾し、着替えを取りに部屋に戻った。


「そういえば洗濯機回すから、洗濯物出して」


「え、いいの? じゃあ、これとこれと……これ」


 つまり、下着と今日来た服だ。


「こ、これが……陽菜のパンツ……」


「別に、何度見てるでしょ?」


「履いてるのは見たことあるけど、そうじゃないのは初めてだから」


「美夜子、なんかおじさん臭い」


 私は美夜子から距離を取ると、美夜子は思った以上にショックを受けたようで、シュンとなっていた。

 脱衣場に向かい、そこにある洗濯機に洗濯物を放り込んで、ネットに入れるものは入れて、洗濯機をスタートさせた。


「ほら、私の裸だよ」


「もういいから……」


 美夜子は私を置いて浴室へ入る。


「裸も昨日見たし」


「その前にも見せたもんね」


 美夜子の肌は相変わらず白くて綺麗で……まるで化粧品会社のモデルのようだ。

 その透き通る白い柔肌にシャワーのお湯が当たる。


「私は美夜子くらい肉付きいい方が好きだけどなぁ」


「陽菜も、特別痩せてるってほどじゃないよね?」


「私はね、ガリガリすぎるとなんか不健康そうに見えちゃうから、なるべく今くらいをキープしてるの。唯とかストイックに体型維持してるけど」


「陽菜はそうではないと?」


 私は頷いて美夜子の頭にシャワーを当てた。

 愛犬にシャンプーをするように、私は美夜子の大きな体に覆い被さり洗髪をする。

 そして美夜子は、愛猫にシャンプーをするように、美夜子より小さい私の体を優しく包み込んで洗髪をする。

 体も洗いっこしてから、湯船に浸かる。


「美夜子の家のお風呂、広いね。二人くらい余裕で入れる」


「お弟子さんとかも使うことあるから、少し広めの設計になってるの。最近はあんまりお弟子さんも使うことないけど」


 昔、先代の頃はよく夏休みなどには学生のお弟子さんが泊まり込みで修練を積んでいたらしい。


「今は生徒も減って、今日みたいに地方に行ったりしてるの」


「まあ、それが生業だからね……私達が地方に撮影しに行くみたいなものだよね。美夜子はついて行かなくていいの? 玖美子さんもついて行くのは旅行目的って言ってたし」


「私は……あんまり好きじゃないの。なんかよくわからないけど、この街から出て行くことがあんまり……。あ、今日のは全然平気なんだけど、泊まり込みってのが苦手で」


「そうなんだ……私となら温泉とか別にいいじゃない?」


 美夜子は少し考えてから「まあ、陽菜となら……」と答えた。

 湯船に浸かって数分すると、体は温まりきったようで、私達は浴槽を出て体の水分を拭き取った。

 ドライヤーの音が鳴り響き、私は美夜子の髪を触るたびにため息を吐く。

 なんて綺麗なんだろう……まるで売り物のようだ。そんなことを考えながら、丁寧に髪を乾かし、今度は美夜子に私の髪を乾かしてもらった。

 台所で冷たいお茶を飲み、居間のソファーで寛いでいると、絹枝さんが帰ってきた。


「お祖母ちゃん、お風呂沸いてるよ」


「そうかい。じゃあいただこうかね」


 美夜子がそういうと、絹枝さんは入浴に向かった。


「部屋戻ろっか」


「うん」


 私達は部屋に戻り、私はベッドに寝転がりながらスマホをいじり、美夜子は勉強机に向かっていた。


「宿題? あの数学の?」


「うん、もう終わらせておこうと思って」


 私が先に済ませてしまった数学の宿題。美夜子はまだやってなかったようだ。


「そういえば早川さん、どうなったんだろうね」


「さあ……連絡ないしもしかしたら撮影で忙しいのかもね。あり得るならゴールデンウイーク明けだと思うけど」


 とりあえず唯にメッセージを送ってみたが、既読にはならなかった。


「そういえば先生のマンション、この部屋から見えるんじゃないかな」


 美夜子はカーテンを開けて窓の外を見る。


「あのマンション? 結構いいところじゃない」


「うん……先月まで工事してたから新築のマンションだろうね。あんなところに住めるなんて流石公務員って感じかな」


「そうかな? あそこって単身者向けじゃないでしょ。従姉妹の親御さんの何かだったり……。というか私達、上坂先生の事あんまり知らないし」



「そうだね……」


 二人でマンションを眺めながら、顔を寄せていた。


「ん?」


 私は何か光が反射し、私達を捉えていたように思えた。


「気のせいかな……?」


 そう思いながら私はカーテンを閉めた。


「宿題終わった?」


 しばらくしてから、私は美夜子に訊くと「うん、もう少し」と答えた。


「どうしたの?」


「なんか暇だなぁって」


「そう……もう少し我慢して」


「それだとなんか、私が構ってほしいって言ってるみたいじゃん」


「そうじゃないの?」


 美夜子は私の方を見て言った。が、その瞳がすごく素直で、その愚直さに私は笑いを堪えられなかった。


「なんで笑うの」


「なんか面白かったからさ」


 美夜子は再び机に向かい、少ししたら一つ伸びをして「終わったよ」と私に言った。

 私はまるで今から飼い主が遊んでくれる犬のように美夜子の傍に寄った。


「なんかしよう」


「何するの?」


「何ができる?」


「スキンシップとか?」


 美夜子は私の腰を抱くと、瞳を閉じてキスをする。


「……ん、別にいいけどさ。なんかこればっかりだと、これ目的みたいでなんか嫌だな」


「そうね……」


「そうだ、散歩しない?」


「いいね、ずっと座ってたし」


 私達は部屋着のままサンダルを履いて外に出た。


「ちょっと冷えるね」


「うん、でも寒くはないかな」


 美夜子にそう答えると、晩春の夜風が背後から走り抜けた。


「なんかシュワっとしたの飲みたいな」


「わかる。コンビニ行く?」


「まだスーパー開いてるんじゃない? ちょうどいい距離だし行こう」


 私は美夜子の手を引きスーパーへと向かった。


「私、お財布持って来てないよ」


「私持ってるから、奢るよ。お昼奢り損ねたし」


 ランチを奢るつもりでいたが、まさか千明さんに出くわすとは思っておらず、結局、美夜子にカッコつけれなかった。

 炭酸飲料とスナック菓子を買って帰宅し、早速宴が始まった。


「なんかこの時間にコーラとポテチって背徳感あるね」


 時計はすでに10を指していた。


「でも、乾いた喉にコーラが染みるね」


「大人になったら、これがビールになるんだろうね。最近、女性でもビール飲む人増えてるし」


「確かに……でも私、苦いの苦手だからなぁ。陽菜は好きそうね」


「どうだろう……お酒自体弱いかもしれないし」


 私達は宴を終えると、歯磨きをしてからベッドに入った。


「美夜子はさ、彼氏とか作らないの?」


「野暮ね」


「野暮? 何が野暮なの?」


「陽菜がそうじゃん。私は友達というよりは恋人くらいに思ってるけど……」


「そっか……そうか、そうだね」


「陽菜は? 私のことどう思ってる?」


「もちろん好きだよ。ただなんというか、私の中ではまだ友達以上、恋人未満って感じかな」


 そういうと美夜子は少し落ち込んだ様子だったが、私はそんな美夜子の左頬に右手を添える。


「それでも……こうして一緒にいてくれる美夜子が好き。だから、もうすでに私の中では限りなく恋人に近いのかも」


「でも、まだ恋人じゃないんでしょ?」


 美夜子の言葉に、私は口を噤む。

 そして美夜子はそんな私を見て、一つ呆れたような笑みを見せてから、私に背を向けた。

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