第14話 咲洲陽菜の知名度

 神社近くの有名な蕎麦屋で昼食をとることにし、少し早いがその蕎麦屋へと向かった。

 まばらにテーブルは埋まっている状態で、混み合う前に入れてよかったと私は思った。

 美夜子は天ざる定食、私は山菜蕎麦定食を注文した。


「めちゃくちゃ雰囲気いいね」


「なんでも、県の重要文化財になってるらしいよ」


「へぇ……」


 私はそんな会話をしながら、料理を待っていた。


「あ……」


 私の顔を見て固まる一人の女性。それは、大人気女優の浅野千明さんだった。


「お久しぶりです。千明さん」


「陽菜ちゃんも元気そうでよかった。ほら、いきなりお休みするってなってたから……」


 美夜子はただ、目を丸くして私達を見ていた。


「そちらは?」


「あ、友人の立山美夜子です。高校で隣の席になって仲良くなったんですよ」


「よ、よろしくお願いします……」


「よろしく、美夜子ちゃん。私は……」


「浅野さん……浅野千明さんですよね」


 美夜子は気を遣ってか小声で言った。


「美夜子ちゃん……陽菜ちゃんと同級生なの?」


「え? はい、そうですけど」


 私はすぐに気づいた。どうせ、美夜子の背丈と胸を見ていっているんだろう。


「よく間違われるんです……」


「ああ……ごめんなさい。ルッキズムはあまり良くないって言うし」


「いえ……見た目も人を判断する材料の一つなんで、私は気にしてませんので」


「……ありがとう」


 千明さんは撮影があるからと、すぐに店を出ていった。


「すごい……やっぱり違うね」


「……何が言いたいのよ」


「陽菜ってオーラ消すの上手だよね」


 私はムカっとしてテーブルの下で美夜子の足を踏んづけてやろうと足を伸ばしたが、届かなかった。


「でも、知ってる人はすぐ気づくのね」


 美夜子は少し感心しながら言ったが、私はまださっきのを引き摺っていた。


「私が芸能人オーラ全開にしたら、美夜子なんて置いてけぼりになるけどいいの?」


「それは……嫌かな」


 そうこうしている内に、私の山菜蕎麦定食が運ばれてきた。

 温かい山菜蕎麦と、かやくご飯のセットだ。


「先食べていいよ?」


「本当? じゃあ、いただきます」


 私は手を合わせてから、割り箸を軽快な音を立てて割る。

 蕎麦と山菜を口へと運び、山菜の香りが立った後、蕎麦の香りがやって来る。


「流石……美味しいなぁ」


 美夜子は私を見ながら涎を拭いていた。


「本当に涎垂らしてる人、初めて見たかも」


 私がそう言うのとほぼ同時で、美夜子の天ざる定食が運ばれてきた。


「天ぷらも捨てがたいなって思ってたんだよね」


「私は欲望に素直だから……」


 美夜子は早速手を合わせて割り箸を割り、蕎麦猪口に山葵と葱を入れ、まだ温かい天ぷらに手を付ける。


「かやくご飯って最初なんだろって思ったけど、炊き込みご飯なんだ」


「関西ではこう言う具が入ってるのを『かやく』っていうらしいよ」


 私がそう言うと「なるほどね」と美夜子は頷いた。


「関西で仕事した時に、カップ麺食べようとした時に、葱とかの具が入った小袋にかやくって書いてて何でそう言うのか調べたんだよね」


 美夜子はサクッと音を立てて天ぷらを頬張る。


「……ねえ、今思ったこと言っていい?」


「何?」


 美夜子は少し身構えて返事をした。


「山菜の天ぷらが食べたい」


「……わかる」


「夜はそれにする?」


「うちで作るの?」


「いや、食べに行ってもいいし。絹枝さんも一緒に」


「どうだろう……お祖母ちゃん、外食好きじゃないんだよね」


「そうなんだ」


 私は蕎麦を食べ切ると、残ったかやくご飯を付いてきた沢庵と一緒に口に入れる。


「私、沢庵大好きなんだよね」


「陽菜って味覚も大人だよね」


「そう?」


「あと、見かけによらずよく食べる」


「それはよく言われる」


 私達はほぼ同じタイミングで食べ終え、私は食後の温かいお茶を、美夜子は蕎麦湯を飲んでいた。


「そういえば伝票ないね。あ、すみません!」


 私は店員さんを呼び止め、お会計について話すと、まさか、千明さんが支払いを済ませてくれていた。


「なんかかっこいいね」


「うん。千明さんって一時期集中して共演してた時があってさ、いつもさらっとかっこいいことするんだよね」


 蕎麦屋を出て、帰りの電車に乗る。


「神社巡りって言って結局まだ二つだけだね」


「お蕎麦食べに行った感じになってて、趣旨が変わっちゃたね」


 美夜子は眠いのか、少しふわっとした声で言った。

 電車に揺られる私たちはボックス席で横並び座り、うつらうつら舟を漕いでいた。

 私の肩に縋る美夜子の頭を撫でながら、私は車窓を眺めた。

 通り過ぎる景色、都会から離れたその町の様子を眺める。

 山向こうの空は暗い雲が掛かっていた。だが、この辺りまで影響するようなものではなかった。


「美夜子、着いたよ」


 美夜子を揺すって起こし、私は立ち上がる。

 まだ寝惚けていて、足元が覚束ない美夜子の腕を抱き中ら歩く。

 駅のホームのベンチに座ると、美夜子は「ちょっと目が覚めてきたかも」と私に笑みを見せた。

 私はスマホのナビアプリで、近くに神社がないか検索していた。


「うちとは逆方向に言ったら素盞嗚神社があるみたい。ちょっと大きめのところらしいよ」


 私はマップの航空写真を見ながら、そう言った。


「よし、行こう!」


「……さっきまで寝てたくせに」


 私は美夜子にそう言うと、美夜子は私の手引っ張った。

 暫く歩いて、目的地に着いた。

 午前中に行ったところほど規模は大きくないが、神聖な雰囲気と荘厳な空気は変わらず纏っている。


「結構近くだけど、いいねここ」


「うん……」


 お詣りを済ませ、近くの商店街を散策し始めた。

 するとすぐに、私は顔バレし、商店街はざわつき始めた。


「あらら……」


 私は惣菜屋のおばちゃんからコロッケを受け取ったり、和菓子屋のおじさんから豆大福を手渡されたりと、両手に持ちきれないご好意を受け取っていた。

 美夜子はまるでマネージャーみたいに、それらを受け取りお礼を言うのを繰り返していた。


「濡れ手に粟ってこのことか……」


 私はコロッケを齧りながら言う。


「でも、陽菜がこれまで頑張ってきたからよくしてもらえるんじゃない?」


「そう、なのかな……」


 美夜子も同じようにコロッケを齧っていた。

 公園の藤棚の足元にあるベンチで、人集りを背に座っている。

 すると一人の老人が私に声を掛けてくる。


「すみませんね……なに分あまり日の目を見ない商店街なもんで……。有名人なんて来たことないので」


「いえいえ、何というか嬉しいです。私だってこんなに良くしてもらったの初めてなので」


「それはよかった……よければまたお越しください」


「はい。その時はちゃんとお代受け取ってくださいね」


 どうやらこの商店街の振興会長さんだったようで、人集りは彼の一言で解けていった。


「何よ」


 美夜子は私の顔を見てそう言った。なぜなら、私は美夜子にドヤ顔をしていたからだ。


「別に威張ることじゃないけど私、ちゃんと有名人だったんだね」


「もう少し威張っていいかも」


 美夜子は荷物を持って立ち上がった。


「もういい時間だし、ゆっくり歩きながら帰ろっか」


 私がそう提案すると「そうね」と美夜子は答えた。


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