第13話 スロウ・ザ・コイン

 夜更け過ぎに一度目を覚ました私は、お手洗いへと向かった。

 戻って来る途中、廊下で美夜子と鉢合わせたが、どうやら私がいなくなったと思ったらしい。


「そんなに心配なら、紐で繋いでおくしかないんじゃない?」


 私が冗談っぽく言うと「それもあり……」と、少し寝惚けた目で美夜子は言った。

 部屋に戻ると、直ぐに布団に入り美夜子は同じように私を抱き抱えると寝息を立て始めた。

 誘われるように私も眠りにつき、目を覚ました頃にはみんなが出掛けようかという時間だった。


「行ってらっしゃい」


「陽菜、美夜子ちゃんと仲良くするのよ?」


「わかってるよ」


「それじゃ、行って来るわね」


 私と美夜子の二人きりになったので、とりあえず朝食を摂ることにした。


「パンがいい?」


「どっちでもいいけど……美夜子、いつもはどっちなの?」


「うちは和食。でも、いつもお母さんが作るから、いない時は面倒だしパンにすることが多いかな?」


 私は少し悩んでパンと味噌汁という和洋折衷な要望をすると「わかった」と美夜子はあっさりと承諾した。

 美夜子はポップアップタイプのトースターに5枚切りの食パンを突っ込み、手際よく味噌汁の準備をする。


「パンに味噌汁って、美夜子的にあり?」


「ありなんじゃない? だって陽菜が食べたいっていうんだから」


「なんでそんなにイエスマンなのよ……」


「え? もしかしてボケたの?」


「当たり前じゃん!まあ、いいけど」


 しかし、美夜子の台所姿はまるで新妻のようで、私は思わず涎を垂らしてしまいそうだった。


「あら? みゃーちゃんが作ってるのかい?」


「お祖母ちゃん、おはよう」


「おはようございます」


 絹枝さんが朝の散歩から帰ってきたようで、どうやら六時前から今まで歩いていたらしい。


「お元気ですね……」


「そりゃ、それくらいしか楽しみないからねぇ。歩けなくなったら終わりだもん」


 高笑いを上げながら絹枝さんは椅子に腰掛けた。


「トーストとお味噌汁?」


「陽菜がそれがいいって言ったの」


「言ったのは確かだけど、私の渾身のボケだったんだけどなぁ」


「みゃーちゃんは昔から冗談通じないからねぇ」


 私は「そうなんですね」と絹枝さんと笑いながら美夜子を見た。

 美夜子は今にも、私をとってかからんと言わんばかりに殺気立っていた。


「陽菜の分、なしね」


「えー!ごめん美夜子」


 私は美夜子にバックハグをすると「ちょっと邪魔しないで」とあしらわれた。

 味噌汁の鍋を覗き込むと、私のお腹がダイニングに響くくらい鳴った。


「座ってて、もう少しでできるから」


「はーい」


 私は大人しく椅子に腰掛け、完成を待つことにした。


「陽菜ちゃんは今日何するんだい?」


「美夜子と近所の神社巡りしようかって話してます」


「へぇ、好きなのかい?」


「そうですね……割と街の中にある小ぢんまりした所が好きなんです。街の喧騒が遮られるような雰囲気が」


 絹枝さんは「偉く年甲斐に無いことを言うねぇ。流石は陽菜ちゃん」と私を褒めてくれた。


「やっぱり色んな役を演じていると、自分が何者かわからなくなるんです。そう言う時にリセットする為に神社とか行くんですよね」


 感心した様子の絹枝さんの前にトーストと味噌汁。それに玉子焼きにほうれん草のお浸しの小鉢が置かれる。


「和洋折衷というより、90%和だね……」


「でも食パンって日本独自らしいので、和食といえば和食ですね……」


 私と絹枝さんはテーブル上の料理を見てそう言った。


「というか、美夜子上手だね」


「そう? 簡単なのしか作ってないからなぁ……小鉢とかは昨日の残りだし」


「ふうん……」


 いただきますの合図で私は早速トーストを齧る。


「私もトーストは厚切り派なんだよね。関西で仕事した時に思った」


「うちは昔からそうだから……みんな6枚切りなんだよね?」


「うん、お母さんいつも6枚切り買って来るから」


 絹枝さんは黙々と食事をし、私と美夜子は言葉を交わしながら食べていた。

 コーヒーメーカーがいい香りを漂わせており、私達は食後のコーヒーまで楽しんだ。


「さて……支度して出かけるか」


「お祖母ちゃん一人で大丈夫?」


「大丈夫だよ」


 絹枝さんは、セキュリティ会社の呼び出しリモコンを自慢げに掲げて言った。

 私と美夜子は部屋に戻り、着替えを済ませて髪を整え合った。


「美夜子の髪、やっぱり綺麗だなぁ」


「陽菜も十分綺麗でしょ」


「でも、綺麗な黒髪……羨ましい。私、天然パーマだからなぁ」


「陽菜の方が上流階級感あっていいと思うけど……」


「あら、そう?」


 私は昔に演じたセレブ役を思い出しながらそう言うと、美夜子はお辞儀をして「お嬢様」と答えた。


「……美夜子がやると、メイドより執事が似合うね」


「メイド服は恥ずかしいけど、執事の服なら……」


「今度、コスプレとかしてみる?」


「えーでも……恥ずかしい」


 髪を整え終わり、絹枝さんに挨拶をして家を出た。駅までのんびり歩いて行く道中に、小さな神社があり、早速神社巡りが始まった。


「やっぱりお賽銭って、五円玉がいいのかな?」


「穴の開いたお金がいいとは聞くけど……手頃さで言えば、五円玉になるのかな」


 美夜子はショルダーバッグから小袋を取り出した。


「これ、昔からやってる五円玉貯金」


「五円玉? そう言うのって五百円玉でするんじゃないの?」


「だって五百円って貴重じゃない……」


「確かに、小学生であれば五百円あればなんだってできる気持ちになったけど……」


 とりあえず美夜子の五円玉貯金から支出し、参拝を済ませた。


「願い事とかした?」


「ううん、とりあえず神様に自己紹介と挨拶だけ」


「そうなんだ……」


「美夜子は? 何かお願い事したの?」


「陽菜とずっと一緒にいられますようにって」


「それは、私に願わないと」


 胸を逸らし、少し威張った私を美夜子はスルーして歩いて行った。

 もちろんだが、私は変装も兼ねて、普段かけない伊達メガネを掛けている。これは、美夜子が掛けていたものだが、流石に目立つかもしれないとのことで、借りたものだ。


「ほら、行くよ」


 美夜子は緋色のロングスカートの裾を翻して振り向いた。


「あれ……どこかで見たことあるきがする……」


 中学生の頃、駅前を歩いてた時、段差に躓いた拍子で靴が壊れてしまった時、助けてくれたお姉さんがいた。

 確か、同じような赤いスカートと、紺色のカットソー。


「ねえ、美夜子さ二年前くらいに駅前で私と会わなかった?」


 そう訊ねると、美夜子は驚いたようにこちらを見つめて、首を縦に振った。


「忘れられてると思った……」


「今の今まで忘れてた。てか今日、その時と同じ服装じゃない?」


「スカートは少し違うけど、そうね」


 私は美夜子の左腕に抱きつくと「あの時はありがとうね」とお礼を言った。


「あの時は偶々だったの。転けた人がいて、声掛けたら陽菜だった。正直、ドキドキしてたんだから」


「その割には大人な対応してたけどなぁ」


 私はてっきり、社会人か大学生くらいの人に助けられたと思っていた。


「てかあの時のお金!私普通に手持ちあったのに、美夜子が出したでしょ」


「あーそんなこともあったなぁ」


「今日はその分、全部出してあげるからね!」


「いや、悪いよ……」


 私達は駅に向かい電車に乗り込んだ。

 もちろん、切符代は私が払った。美夜子はずっと遠慮していたが、お構いなしに私が払った。

 目的地に着いた頃はすでにお昼時も迫ろうとする十一時前。


「美夜子?」


「ちょっとお腹空いたなって……」


 お土産コーナーにある蕎麦饅頭を物欲しそうな顔で見ている美夜子。


「すみません、二つください」


「はーい、二つで三百二十円ね」


 私は小銭を手渡し、饅頭を受け取った。


「はい、美夜子」


「……ありがとう」


 私達は自動販売機でお茶を買い、ベンチに座り蕎麦饅頭を食べた。


「美味しいね。皮の蕎麦の味がしっかりしてるから、餡の甘ったるさを消してくれる」


「流石芸能人、食レポ上手」


 美夜子はあっという間に蕎麦饅頭を平らげてしまっており、お茶をすすっていた。


「おかわり、欲しい?」


「欲しいけど、お昼まで我慢する」


 私達はあたりを散策しながら、目的の神社まで向かうことにした。

 もう少し早い時期に来れば、桜並木が綺麗だったのだろうと思いを馳せながら歩く。秋に紅葉もいいかもしれない。

 やがて大きな鳥居が見えてきて、鳥居の脇を潜り、境内へと私達は歩みを進める。


「なんか、空気変わったね」


「うん、なんか違う。急にしんとしたというか……」


 掃き清められてた参道。苔生した石垣。どうしてだろうか、こういったものを見るとやけに穏やかになる。

 やがて木々の深いエリアへと進んでいくと、完全に神聖な空気に身を包まれた。

 ご神木を目の前に立っているだけで、心が浄化されるようだ。


「すごいね……」


「うん……語彙力失う」


 これがパワースポットに触れるということかと、私は思っていた。全ての雑念が消え失せ、素直な裸の心をむき出しにする。


「陽菜?」


 美夜子の声で私ははっとする。


「なんか一瞬寝てたかも」


「大丈夫?」


「うん」


 私達は本殿に向かいお賽銭を入れ礼拝を済ませると、しばらく境内を散策した。





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